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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第三十二話






「はははっ!」


 接見室にて。


「死刑!死刑ですって、弁護士さん!」


 田村雪乃の笑い声が響いた。

 ガラス越しに難しい顔をした弁護士の平内は、俯き加減に下唇を噛む。


「私が力不足なばかりに……」

「ほんとだよ〜。これだから男さんは。良い大学出て、バカみたいに勉強してきたんじゃないの〜?その無駄にデカい脳みそ、なんのためについてんの?女より論理的で頭が良いのが、男の特徴なんじゃないの?」


 おちょくるための一方的な会話にも、慣れてきた頃だ。こいつの相手をするのは大変だった、と密かにうんざりしながら、決して表には出さない。

 裁判が全ての終わりではない。むしろ、ここからまた忙しくなる。

 長い付き合いとなる相手だ、少しでも円滑かつ好意的に接していたい。理性と温情の中間で、どれだけ挑発されても平静を努めた。


「まぁー……私の希望は死刑でしたから。弁護、ありがとうございました」


 かと思えば、途端に冷静なトーンで話す。情緒が安定しないのは、精神の病気故か。わざとか。

 読めなくてやりにくい相手だとしつつも、そもそも深くまで繋がるつもりはない。読めなくても、なんら問題もなかった。

 必要なことのみ話し、早々に立ち去ろうと試みる。


「あ。」


 しかし、思い出した声に引き止められた。


「どうかしましたか」

「もう判決決まったから、面会できるようになってます?」

「いえ……あなたの場合は、当面禁止なままかと」

「え〜!なんで?」


 当たり前だろ。思わず動きそうになった口を、噤む。

 田村は数多くの模倣犯を生み出した思想的犯罪者であり、全国各地に信者が存在する。今も、彼女への差し入れが止むことはない。

 手紙も届くが、そのほとんどが彼女の手には渡らない。規制に引っかかる言葉だらけなのだ。

 思想共有を避けるため、それから被害者遺族の強い希望。社会への影響。諸々を考慮に入れると、接見禁止は妥当だった。

 しかし、当の本人は不服そうだ。今も、不貞腐れて足元の壁を蹴った。時折、子供じみたところがある。これもまた危険人物とされる要因だ。


 いつ、癇癪を起こすか。


「面会したい相手が、いるのですか?」

「うん」


 機嫌を損ねないよう、顔色を窺う。


「親族であれば、可能ですよ」

「えー、家族はいいよ。どうせ来ないし」

「では、他に誰が……」


 彼女には、交流らしい交流はなかった。逮捕前も、今も。身を案じる親しい友人は皆無だ。

 現に、信者以外からの手紙は届かない。普通、だいたいは友人・知人が訪れ服などの生活必需品を置いていったりもするのだが、それすらなかった。

 ――孤独な女だ。

 平内はどこか、田村を見下していた。世間は恐れ慄いているかもしれないが、実際のこいつは誰にも相手にされない寂しい人間。おまけに学もなく、取ってつけたような思想を饒舌に煽って、あたかも中身があるように見せているだけ。

 空虚だ。空っぽ。何もない。

 こんな女、恐れるほどの価値もない。


「船崎さん」


 人懐っこい性格であることも、平内の油断に繋がっていた。


「彼女に会いたいの。連れてきてほしい」

「……理由を窺っても?」


 限りなく無理に等しいが、蔑ろにはしない。仕事だからと割り切って確認する。


「ただ、お礼を言いたいの。六花ちゃんのこと、教えてくれてありがとうって」


 珍しくしおらしく微笑み、肘をつく。

 両手のひらに顎を乗せ、眉を垂らした姿はどこにでもいる女性そのもので、場所が場所だったら殺人鬼とはかけ離れた雰囲気だろう。

 ――こんな女に、殺されるなんて。

 被害者が報われない。平内は見下すと同時に、嫌悪もしていた。一部の人間が持ち上げるほどの特別はことはない、むしろ社会的に見たら底辺。

 惨めなもんだな。救いようのない女だと、心の中だけで嘲笑う。


「そんな理由では、呼べませんよ」


 無意識に、鼻で笑った内心が、態度として僅かばかり漏れてしまったのだろう。観察眼の鋭い彼女でなければ、気が付かなかった程度のものだが。


「……ふぅん」


 ピクリ、と。田村の眉が持ち上がる。

 カサついた唇は不敵な笑みを作り出し、どこか楽しそうに口を開いた。


「彼女になら、動機を話そうかなぁ……って、思ってたんだけど」

「……なに?」

「だって、君も警察も裁判官もみーんな、男じゃん。男なんて信用できないよ〜。理性的とか偉ぶって、ちんこ基準で行動する本能の塊になんてさ、私の崇高な思想なんて理解できないと思う。だって動物的じゃん、お前ら」


 また始まった。

 男性蔑視、差別的発言の多さに辟易する。一部の男がやらかした失態ばかりを切り取って、全体に反映させ、まとめて非難する。ネットのやり方と同じ。

 もしかしたら、あえて意識しているのかもしれない。


「船崎さんは女な上、男と違って優しさもある。君ら、共感性に欠けた、人として終わってる生物でしょ?だから、彼女にしか話せないんだよね〜」

「……男だって、共感する時はしますよ」

「心の底では“女のくせに……”って、見下してるくせに?」


 図星をつかれて、一瞬。ほんの数秒だけ、動揺を見せてしまった。

 心を覗かれたと、焦ってしまった。

 それが悪手だった。田村は目を細くし、ニンマリと笑う。見透かしたことが、狙い通りで満足したんだろう。


「バカにされても平気なのは、女は下で自分の立場が上だから?小さい子に何言われても、ニコニコしてられるもんね。土俵が違いすぎて」

「……そんなことより」


 こうなったら、話を逸らすのが得策だ。


「船崎を呼んだら動機を話すというのは、本当ですか」

「うん。彼女は信用できそうだから」


 実を言うと、判決に至った後も田村の事情聴取は行われている。精神科医によるカウンセリングを通しての、動機を探る目的である。

 これまで、彼女は奥に潜ませている真の意図を隠し続けてきた。

 明かされるとなれば、例外的に面会を認められる可能性はある。弁護士の平内がそれらしい理由に言い換えれば、ほぼ確実だろう。


「……分かりました」


 特例の取材協力。


 こうして、田村は船崎を招き入れることに成功した。


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