第二十八話
子供が好きだ。
丸い輪郭のフォルムも、皮膚の薄い出来たてほやほやの肌も、人間の形をそのままミニチュア化したような見た目も、少し力を入れたら折れちゃいそうな繊細さも、煩わしい泣き声だって。大好きだ。
無条件でかわいい。
かわいがられるために、生まれてきた存在。それが赤子であり、私達の始まりでもある。
始まりを愛せなければ、人類は滅亡してしまう。
最も原始的で、合理的な愛。だから、私は子供を愛している。人として、当然の仕組みだ。
子供嫌いの人間はいわば、欠陥品。かわいいと脳が認識するよう遺伝子由来で組み込まれているというのに、かわいくないなんて何事か。
あいつらは、本能さえも欠如した、言ってしまえば人間ですらない。人として終わってる。鬼だ。だからみんな、死刑でいい。子供を嫌いなやつは死ねばいいんだ。
「……子供を殺すなんて、最低だな」
罪も罪。神も見捨てるほどの大罪人。
毎日、届く新聞。目を通しながら、自分の模倣犯だという藤原についての記事を、侮蔑する。
彼女は逮捕後、こう証言している。“田村雪乃に背中を押された”と。“田村雪乃のため、使命を授かり動いただけ”と。
「私のため?何言ってんだか」
まるで理解していない。
そもそも、私は子供を殺そうだなんて一度たりとも言ってなければ、思ってもいないわけだ。それなのに勝手な解釈で正当化して犯罪を犯すなんて、愚かすぎる。
中身がない人間は、自分の行動原理さえも他人任せにするらしい。
「自分のやったことなんだから。自分で責任取れよ」
他人にケツを拭かせるな。悪態をつく。
「そう思いませんか。監視員のお姉さん」
意見が欲しくなり問うても、返事はない。以前の男は感情的でからかいがあって面白かったが、交代後の女は無口で好かん。顔とスタイルは好ましい。
いったい誰が、女は感情的だと言い始めたんだ。あそこにいる女は、感情なんて微塵も見せてくれない。とんだお門違いだ。
私も私で、同性が好きな“人類の不良品”。
子孫繁栄のため、人間は異性――自分とは異なる遺伝子を持った相手を好きになるよう、出来ている。これは少しでも性能や性質をバラけさせることで、生き残る確率を上げるためとも言われている。詳しいことは知らんが。
遺伝子が近いと、交わらないよう拒絶反応が出るとも聞く。よく、娘が父親を臭いと感じるのは近親相姦を避けるため、というのは有名な話だ。
つまり、異性を愛せない私も本能に逆らった鬼。
今は、人を殺した鬼でもある。
「……殺人“鬼”か」
人は人をやめると、異形のものとして扱われる。
私の見た目はどこからどう見ても人間をしているのに、不思議だ。彼らには、角が見えているのだろうか。般若のような形相に映っているのだろうか。
「おなかすいたなぁ」
何もすることがないと、考え事ばかりで嫌になる。頭を使ったせいか、胃が脳が糖分を要求している。
夜ご飯のパンだけは、いつまで経っても許せない。あれはもう、パンとは呼べない。
けど、見た目はパンだ。中身は、パンの形をしただけのプラスチック。とても食えたもんじゃないが、誰がどう見ても目の前に置かれたら「パン」と答えるだろう。
どんなにまずくても、見かけ次第でパンはパンと名乗れるのなら、私も私で人間と名乗ったっていいじゃないか。
薄汚れた血が流れている。凝り固まった価値観は固く、咀嚼できたもんじゃない。
ほぐそう。
温かなスープの中、沈ませて溶かそう。
そうして生まれた新たな価値観は、どれほど甘美でおいしいんだろうか。新鮮な出来たてスープの塩味を染み込ませた思考回路に、喉が動く。
私の考えは、多くの人間に理解されない。
多くの人間は、思考すら放棄しているからだ。でなければ、殺害動機を他人には預けない。空っぽ。
生きるため、考えたことはあるか。
死なないため、藻掻いたことはあるか。
楽しむため、泣いたことはあるか。
涙のため、笑ったことはあるか。
明日の自分に託すため、昨日の自分を殺したことはあるか。
十二人の人間を、切り刻んだことはあるか。
「ふっ……はは!」
あるわけねえか。
きっと、君らは自分のことを“まともだ”と思い込んでいるだろう。
だけど、お前も人を殺したことがある。
何気ない発言、何気ない態度、何気ない行動全てで。
悪意を持って、他人を避けたことだってあるはずだ。相手からしたら、避けられて悲しかっただろうなぁ。可哀想。人の気持ち、考えたことないの?
自分は傷付いたと、傷付けられたと言いながら、他人の痛みには鈍感だ。
他人から悪く思われたくないと頑張るくせに、他人のことは悪く言う。指摘する。影で笑う。仲間内でネタにする。
心の殺人だと訴えていた、あの男。
あいつだって、殺してるよ。誰かを。
自覚してないだけ。まさか自分がと、目を向けることもしないだけ。
人は傷付き、傷付けられて生きている。よく聞くじゃん。そういう格言。
ってことは、ちゃんと傷付けてるんだよ。殺してるよ。魂の殺人だ。善人ぶるのは、神への冒涜だ。お前らも悪人。禁断の果実を食べたことで生まれた罪の子、悪魔の子。
なら、刺したって問題なくない?何が悪いの?
だって、私の心はもうズタボロだよ。切り裂かれて、血が止まらないんだ。
でも、私を傷付けた誰一人として逮捕されてないじゃないか。あいつらも、悪魔なのに。
奴らを逮捕できないなら、私だって許されるべきでしょ?
「そうだよね?船崎さん」
まだ見ぬ相手に、話しかける。
私のことを知り尽くした彼女なら、本当の動機だって理解して、共感してくれるかもしれない。
「楽しみだなぁ」




