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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第二十七話






「お前が言うな!お前が」


 法廷にて、男の怒声が響き渡った。


「お前が殺した被害者の中にだって……子供を持つ父親がいたんだぞ!間接的に、お前は子供を殺したも同義だ!」


 今回行われたのは、被害者答弁。


 痛烈な批判に、田村は眉ひとつ動かさない。

 被害者の男性は息子を亡くし、涙ながらに何ヶ月経った今もいつか帰ってくるんじゃないか。また会えるんじゃないかと夢見ては毎朝、起きて遺影を見るたび絶望に落とされると話した。

 傍聴席の数人は、胸を打たれ目元をハンカチで拭う。彼女らもまた、田村の犯行によって家族を失った者達だ。


「彼女が行ったのは、ただの殺人じゃない。心の殺人でもあると考えます。そのため、極刑を強く求めます」


 最後に求刑し、被害者は壇上を降りた。

 次に、悲痛な叫びも踏まえた上での見解を問われた田村が壇上に上がり、一言。


「ほんとーに。その通りだと思います」


 どこか他人事のように同調した。


「っその態度だよ!本当に反省してるのか」

「静粛に。……他には何か、言うことはありませんか?」

「ありません。私は、許されないことをしました。以上です」


 開き直って認め、所定の位置に戻ってからは無表情を貫く。

 反省しているようにも、していないようにも見えるのが彼女の厄介なところだ。抱える感情によって、見え方は180度変わるだろう。

 船崎には、心からの言葉に聞こえた。

 人間というものは本来、そういうものなのか。好きな時はよく見え、嫌いな時には悪く見える。田村は、あえて意見が分かれるよう仕向けているかもしれない。

 考えすぎる。船崎は手紙を送ったあの日から、どうにも好意的に捉えてしまい、平等性を失いつつあった。


 公平性を保つため、一度離れよう。


 裁判の傍聴を、取材をやめようと決意したその日。


 船崎の元に、一通の手紙が届く。


「……田村、雪乃からだ」


 とても達筆とは言えない、汚い文字で書かれた名前に、驚いて思考を止める。

 帰宅後すぐポストから取り出し、気が付いた彼女は、ひとまず薄手のコートを脱いで玄関先のコート掛けに雑に投げた。

 リビングへ移動し、仕事机の椅子に腰を落ち着ける。


 意を決して、封を開けた。


『船崎由美さんへ』


 文字の大きさも、筆圧もバラバラ。典型的な、文字を書き慣れていない人の字だった。

 ただ、何度も書き直したんだろう。消しゴムで消された後があり、紙もくしゃりと折れてシワが出来ていた。見なくても、田村がこの手紙を丁寧に完成させようとしたことが伺える。

 これだけだと、誠実な人間に思えてしまうから、怖い。

 引っ張られないように。決して、のめり込んで贔屓することがないように。続きを読んだ。


『まずは、お礼を言わせてください。ありがとう。


 あなたのおかげで、お姉ちゃんの近況を知ることができて、赤ちゃんの存在も知れて、本当にかんしゃしてます』


 意外にも感謝から始まった手紙を、読み進めていく。漢字が分からなかったのか、ところどころひらがなだった。


『記者さんということで、取材とかしてるから知ってるかもしれませんが、私と姉は十数年もの長い期間、会えませんでした。


 私は、お姉ちゃんが大好きでした。いつだってやさしく、守ってくれたからです。


 ずっとずっと、おん返しがしたかったです。まぁ、殺人鬼になって、めいわくかけることになっちゃったけど。


 あなたのおかげで、久しぶりにかかわりを持てた気がして、本当にうれしかった。


 六花ちゃんの、お姉ちゃんの赤ちゃんの名前も、自分から取ったときいて、うれしくてなきました。いつか、会ってみたいです。面会、来てくれるかなぁ』


 もう、二度と太陽の下では会えない姪っ子に思い馳せる、田村の嘘偽りない願望が記されていた。共鳴してしまい、苦しさで目を閉じる。

 彼女は、どんな気持ちでこれを書いたのだろう。少なくとも、明るい感情ではない。

 後悔が、頭を過ぎったのかもしれない。


『会えたら、こんなおばでごめんねって、謝りたいです』


 生まれながらに、殺人鬼の親族としてしまったことを、反省しているようだ。

 姪っ子のためを思えば、関わりを断つのが一番と分かっていながら、どうしても人目顔を見てみたい葛藤も滲み出ていた。


『そうだ。船崎さん、ひとつ、お願いがあります』

「お願い……?なん、だろう」


 田村雪乃からの、お願い。


 気になって、二枚目の紙を見る。


『六花ちゃんの写真が、欲しいです』


 さらに、記者なんだから、簡単でしょ?と。挑発的な冗談が書かれ、思わず微笑む。

 ――ほんとにこの人は。

 呆れ半分、慈しみ半分に了承して、読み終わったら写真を添えた手紙を返そうと、今のうちからレターパックを机の上に準備しておいた。


 しかし、無駄に終わる。


『もし、写真を撮れたら』


 続きには、こう書かれていたからだ。


『会いに来て』


 瞬間、船崎の体は、強烈な引力に惹き付けられたという。


 田村雪乃の判決は、もうすぐ。とはいえ、数カ月は先だろうが。


 裁判が終われば、おそらく接見禁止はなくなる。そのことも、田村は理解した上で最後の言葉は、


『初めて面会するなら、あなたがいいです』


 特大の特別で、締め括られていた。


 船崎は、自分が田村の魅力に飲み込まれているのを、この時ようやく自覚した。


 なぜなら彼女の心は、歓喜に満ちていた。私も会いたいと、願ってしまったのだ。


 史上最悪、最低の、殺人鬼相手に。






 

 


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