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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第二十五話






 テレビから流れるニュース番組の音声に耳を傾けながら、田村は冷えた白米を咀嚼していた。彼女は他人との接触を禁じられているため、孤食である。

 相変わらずおいしい、質素だが健康的な食事に大満足な上、


『巷を騒がせた、通り魔殺人事件の犯人、田村雪乃の発言により模倣犯と見られる犯行が各地で広まっています。警察は捜査を開始すると共に警戒を強め――』


 自分の名前が数多く取り上げられていて、気分が良い。


「ふ。はは。いいねぇ。女さん、頑張ってるねぇ」


 せいぜい身を滅ぼしてでも頑張れ、と心の中だけで応援する。


「ほーんと、これだから女は。単純バカでかわいいなぁ。すぐ感情的になって、ヒステリックになる。話にならないからって暴力に走るなんて。最高だね」


 誰に言うわけでもなく、ひとり呟く。

 本人は褒めているつもりなのかもしれないが、誰が聞いても嫌味な言い方をしていた。あるいは、あえてそういった言い回しを心がけている節もある。

 彼女がネットで見かけるような用語や、差別発言を多用するのは、なぜなのか。本人以外は、知る由もない。


「しっかし……男さんは何してるんだよ〜」


 指と指の間に挟んだフォークを揺らし、テーブルに肘をつく。


「情けない。女より力強いっていつも偉そうにしてんのに、ちょーっと刃物向けられただけでビビリ散らかして……生きてて恥ずかしくないんかな」


 どれだけ屈強な男でも、武器を持つ相手には怯む。田村は、そのことをよく理解していた。

 人間は誰しも、自分の体が傷付くことを恐れる。生存戦略的に、生命の危機に繋がることを避けるのは至極当然の話だ。

 その性質を利用した、通り魔殺人の数々。概ね、田村の狙い通りであった。

 

「か弱い女の武器は、涙じゃなくて包丁……ってね。ふはは。ちょうどいいんじゃない。台所で使い慣れてるでしょ。どうせ。女の仕事は家事炊事なんだからさ」


 今日はやけに独り言が多い。独房に戻ってからもご機嫌で、鼻歌混じりにステレオタイプな価値観を吐き出していた。

 ただ、本心とは限らない。

 監視員への、一種のアピールという側面も含まれるからだ。彼女は常に、他人への茶化しやひやかしを楽しんでいる節がある。


「君もさ、こんなところで働いてないで……子供産んだら?女の仕事は、育児!女は子供を産む機械!だよ。男に股開いてナンボでしょ?もしかして、処女?売れ残っちゃうよ〜」


 この先の人生、獄中生活が確定している――生涯独身だろうお前に言われたくない。

 と、監視員の女は僅かに嫌悪を滲ませてしまった。

 些細な表情の機微を逃さず捉えた田村は、満足げにピタリと口を開かなくなる。そうして、暇つぶしの一環だろう。全国各地の“信者”から送られるようになった本の一冊を手に取る。

 検問を経て手に渡るのは、どれも退屈な物語ばかりだ。しかし、長い退屈しのぎにはもってこい。

 ペラペラと、たいして読み込みもせずページを捲っていると、弁護士の面会希望が耳に届いた。


「今回も、本が何冊か……それから、手紙が」

「……手紙?」

「はい。船崎由美という、記者からです。念のため中身を確認しましたが、問題がなさそうだったので通しました」


 金や衣服、それから娯楽となる本の差し入れはここ数週間で数え切れないほど届いたが、手紙は初めてのことだった。

 弁護士の確認をすり抜けて届いた一通の封を受け取り、開くまでに少しの準備を必要とした。

 人との関わりが断たれていた田村にとって、生きた価値観に触れるのが、随分と久しぶりのことだったからだ。

 検問で問題なしと判断されたということは、過度な非難でも好意でもない。おそらくは、当たり障りない内容だろうと結論づけて、たった一枚に込められた思いを見下ろす。


「田村、雪乃さま……」


 どうしてか、声に出して読みたくなった。


 船崎からの手紙は、短いものであった。


『拝啓


 田村雪乃様。


 初めまして、私はフリー記者の船崎由美と申します。突然の手紙、驚かせてすみません。


 何を書こうか、大変迷ったのですが……今回は、ひとつだけ。あなたに、どうしても聞いてほしいお知らせがあります。


 事件をきっかけに、あなたのことを追う過程で、沙穂さんに会いました。


 その時に、知ったのですが。


 沙穂さんは現在、結婚して第一子を出産しています』


 姉の結婚と出産の報告に、田村は息を呑んだ。


「赤ちゃん……」


 産まれたんだ。産んだんだ。


 きっと可愛いだろうと、見なくても分かる。赤子を抱く沙穂の姿を想像し、自然と口元は緩んだ。涙腺は熱くなり、視界もぼやける。


『名前は、六花ちゃん』


 涙を拭った先、愛らしい名前が目に飛び込んでいた。


『あなたの名前を借りたと、沙穂さんが幸せそうに話してくれました』


 追い打ちをかけるように、嬉しい言葉が続く。


「はは。そっかぁ……」


 中学二年の終わり。引き裂かれる形で離れ離れになった姉の心境を知れて、暖かい温度が胸に宿る。

 船崎からの手紙を抱き締めるようにして、灰色の天井を仰いだ。内容は、本当にそれだけ。無駄のない報告もまた、好感を抱いた要因のひとつだ。


「おめでとう、お姉ちゃん」


 よかった。


 本当に。


 家族の幸せを噛み締め、その日は穏やかな眠りについた。


 悪夢は、幸福の前では息を潜めた。






 

 



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