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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第二十三話






 ネットの反応は――言わずもがな。


「あーあ。大炎上だねぇ、こりゃ」


 立野は咥えたタバコを落とす勢いで、ケタケタと苦笑した。

 裁判での田村雪乃の発言により、テレビネット問わずあらゆる媒体で田村叩きが始まった。

 便乗して女叩きや差別主義者が現れるのは、もはや定番の流れで、今さら驚きもしない。今回、特に男性が憤っているようだ。

 

馬鹿にされたのだから、当たり前といえば当たり前だが。

 意外なことに擁護派もおり、田村の発言を切り取って男女平等を目指そうという動きも活発化していた。

 その多くが、いわゆる活動家。裏で、金銭の動きやビジネスの色が垣間見えるのは気のせいではない。


「しっかし……初めてだな」

「何がですか?」

「いや、男性嫌悪による通り魔殺人が、起きたのはさ。それも、犯人は女」


 言われてみれば、確かに。

 こういった事件は、日本では滅多に聞かない。海外でも少ない気はするが、詳しいことは調べていない船崎は体感だけで納得した。


「知ってるか?通り魔殺人は、男が圧倒的多数なんだよ」

「まぁ……そのイメージはあります」

「過去日本で起きた100件のうち、男女比どのくらいだと思う?女は、何人いたと思う」


 質問されて、青い空を仰ぐ。具体的な数字なんて、浮かびもしない。


「1人だ」


 想像を遥かに超える少なさに、息を止めた。


「今回の田村雪乃を合わせると、ふたり。100件中だぞ?つまり、50人にひとりしかいない」

「どうして……」

「さぁな。色々と説はあるだろうが……そもそも、暴力や殺人は圧倒的に男性加害者が多い。身近なとこで言うと、DVの加害者も男ばっかだ」


 一番は、肉体的な力の差が挙げられる。どんなにひ弱な男でも、屈強な女と互角か、それ以上の筋力を保有していると船崎自身もどこかで聞いたことがあった。

 最初から太刀打ちできない相手に力勝負を挑むのは、得策ではない。圧倒的な筋力さにより一種の防衛本能が働き、女性の暴力性が抑えられているという側面もあるだろう。

 それから、女性の暴力性は親しい人間相手に現れるというデータもある。そのため、無差別殺人にはなりにくい。知人・友人に対する加害がほとんどである。


「男の拳は、守るためにあるのにな。情けない奴らばっかで、嫌になるぜ」


 今の時代、人によっては古臭いと揶揄される発言ではあるんだろうが、立野は信念を持って暴力男達を非難する。

 女子供を守るのが、男の務め。かっこいいようで、そのじつ、「女は弱い」と見下す価値観でもある。

 良いか悪いかは、社会性によって変わる。常識というものは普遍的でなく、移ろいゆくものだ。故に、正しいとされる時代もあれば間違ったとする時代も生まれる。

 現代では、どちらも入り混じった、正解のあやふやな状態だろう。

 

 故に、意見が割れる。


 はたして、女は“守られてばかり”の存在なのだろうか?


 女は、“弱い”のだろうか。


 考える時点でじわじわと、船崎自身も侵されていた。


「これは……記者の勘なんだが、な」

「はい」

「今後、女の犯罪率が増えるかもしれん」

「え?」


 突拍子もない危惧に、眉をひそめる。

 考えすぎじゃないかと笑おうとしたら、どうやら立野は本気だった。


「なぜ……そう、思うんですか?」

「ミサンドリーのネット民達が、焚き付けられるんじゃないかと思ってな」


 田村雪乃という、女にして十人の男に怪我を負わせた存在。

 そいつが、「男が嫌いだから殺した」と公に意思表明をした。すなわち、言い換えれば「女でも殺せるぞ」という暗黙の誇示である。

 そして不幸なことに、田村の手口は明かされている。

 人混みの中、自然とぶつかっただけのように見せかけた無駄のない犯行。使用したのは誰でも手に入れることのできる、包丁のみ。特別なことは、何もない。

 

 ただ歩き、刺しただけ。


 おまけに多くの人間は仕返し――自分の身が危険に晒されることを恐れるが、田村は無傷で連行されている。

 痛い思いをせず、一方的に憎き男を傷付けられる術を、鬱憤を溜め込んでいる一部の女が知ってしまったら――?


「ま、さか。そんな」


 ばかな。


 と、船崎が言い放った翌日。


「昨日、男性三名が刺される通り魔事件が――」


 1件目は、大阪府の秋祭りにて。


 男性を狙った刺殺事件が発生。犯人と思われる人物は逃走したが、数十分後に警備員によって確保された。


 三十代後半の、女だった。


「嘘でしょ……」


 立野の、見立て通りのことが起こった。


 全国各地で。


「イベント会場にて、列に並んだ男性一名を刺し、女が逃走――」

「ライブに来ていた男性数名が切りつけられ、軽症を負い――」

「犯人の女は、「私も男が嫌いだから」と供述しており――」


 犯行手口は全員、田村と同じ。


 模倣犯が、現れ始めたのだ。


「おいおい……今月だけで、もう五件目だぞ?」


 日本国内に、危機が訪れようとしていた。


 通り魔殺人の男性比率は、日に日に傾いていく。


 まるで田村の意見に賛同するように、女達の怒りの反撃が始まった。多くが引きこもりであったり、障害年金、生活保護暮らし。“無敵の人”と呼ばれる女達だ。


「女だって、殺せるんだ」


 バカげた主張だ。ネット上だけの、机上の空論。――の、はずだった。


 常識が、覆った。“覆された”。


 田村雪乃という、ひとりの通り魔殺人鬼によって。


「まさか……これが、あなたの狙いだったの?」


 通り魔殺人を増やすこと?女が、男を陵辱する世界を作ることが、目的だった?最初から、これを狙っていた?


 だけど、なんで?どうして?


 動機は、未だ闇の中。


 この世界のどこか、薄暗い室内で、ひとりの女が口の端をつり上げた気がした。




 

 


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