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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第二十二話






 ひと通り、取材を終えた。


 ついに踏み込めた家庭事情は、想像以上に悲惨で救いのない過去だった。

 味方を失い、心の支えもない状態で生きてきた田村が歪んでしまうのも、ある種必然的だったのではと同情してしまう。

 田村雪乃は、最初から壊れていたわけではなかった。

 むしろひどい扱いを受けてもなお姉を慕い、暴力にも逆らわず、助けを求めることなく必死に健気に耐えたひとりの少女だった。


 ――私は、勘違いをしていた。


 大量殺人を犯した人間なんだから、さぞ元からひどい人格なんだろう。心無い人間なんだろうと。

 実際は、心があり、感情豊かで良心も痛める、子供好きのただの女性だった。特別なことは何もない、自分と同じ血の通った人間だった。

 だとしても、殺しは到底許されるべきことじゃない。被害者遺族の気持ちを思うと、とてもじゃないけど報われない。


「意識不明の状態だった○○さんが、昨日未明に息を引き取りました。これにより、死者数は三名から四名に、変更になります」


 またひとり、命を落とした。


 田村雪乃という、殺人鬼によって。


「犯行当時、彼女はコートのポケットの中に折りたたみナイフを二本、仕込んでいました。手にしていた包丁とは別に、です。予備を用意していたことから明らかな計画性があり、悪質と判断します」


 事実ベースで語られる彼女は、ひどく血も涙もない殺人鬼にしか過ぎなかった。

 包丁が使えなかった時のため二本もナイフを用意する周到さ。殺意の高さが露呈し、傍聴席の一部がザワついた。


「さらに、彼女の犯行は極めて自然で、ぶつかるフリをして意図的に刺しています。「ごめんなさい」という声が聞こえた後、振り返った時にはもう被害者の背中から腹部にかけてを刃物が通っていました」


 あらかじめ計画され狙った犯行であることを、検察側はひたすらに主張する。とにかく、突発的でない。謝罪の声掛けをする余裕もあることから、前後不覚でもなかったことを示唆した。

 田村は自分の犯した罪の重さが淡々と紹介される状況に、何を思うのか。俯いて一点を見下ろしたまま、動かない。

 今日の服装は、白のTシャツに白のズボン。前回とは対になる色を選んだのは、わざとだろうか。


「えー……次に、精神鑑定の結果ですが」


 そして、注目の精神鑑定へ進む。

 責任能力の有無によっては、死刑ではなく無期懲役。どちらにせよ罪は免れないが、軽くはなる。


「ふたりの医師によって鑑定をおこなかった結果、意見が分かれました。まず、簡易鑑定の診断結果から――」


 これまた、難しい結果が出た。

 一回目の鑑定では、判断能力や制御能力の低下が認められず、よって責任能力はあるものとされた。

 しかし、その後に行われた鑑定結果では、真逆の“責任能力があったかは怪しい”と判断されたのだ。心神喪失とまではいかないが、限定責任能力あり。つまりは、完全に責任能力があるとは言えないという意味だ。

 重罪で、なおかつ田村は殺人前から精神科に通っていた。意見が別れることは、特別珍しいことではない。

 ないが、非常に厄介な状態ではある。弁護士からすれば、チャンスでもありピンチだろう。


「被告人の家庭環境は、再婚相手からの虐待容疑があったことからも、過酷なものであったと――」


 データ上の、家庭環境についても触れられた。一度、沙穂が呼んだ児童相談所の記録が、ここに来て役立っているようだ。

 不思議なことに、元恋人・白木の存在は浮かんでこない。住民票に載っていない故に警察も突き止められていないのなら、田村は白木の家に仮住まいしていたことになる。

 住所を移さなかったのは、何が理由があるのだろうか。――後で、白木本人に確認しよう。


 とりあえず、今は集中。


「まどろっこしいなぁ!」


 意識を現実へ戻したところで、ガタンと椅子が揺れる音と不機嫌な声が響いた。

 田村雪乃が地面を蹴り、体をバウンドさせるようにして立ち上がったのだ。


「はーい!私は、悪意を持って人を殺しました!」


 初回の謝罪は、どこへ行ってしまったのか。

 拘束された状態で、上げられない手の代わりに肩を使って挙手の素振りを一所懸命にしながら、田村は叫ぶ。「静粛に」の静止も、無視して。


「殺したかったから、殺しました!鬱陶しかったんだよ!動機はそれだけでーす」

「被告人、発言を控えなさい」

「つーか。祭りだからって、浮かれて出歩いてんじゃねえぞ!こっちは、りんご飴買うのにわざわざ行ったんだよ。したら人だかりがうざくてうざくて……列に並ぶのが嫌で殺しました!男を狙ったのは、たまたまでーす!あいつら図体でかくて邪魔くさかったんで、率先して刺しちゃいました、ごめんなさーい!」

「被告人、着席を!発言を控えてください」


 警備員が止めに入るも、笑い声が混じった田村の口は塞がらない。


「聞いてるか、おい!お前らの想像する通りだよ。男が嫌いだから刺し殺したんだよ!あんなきもいだけの存在、殺して何が悪いんだよ!ちょっと力が強いからって調子乗ってんじゃねえぞ!女は力が弱いからってナメんな。てか、下に見てた女に殺されて、どんな気持ち?ねぇ、どんな気持ちー?男なんてみんな死ねばいいんだ!そうでしょ?なぁ!好き勝手やられっぱなしでいいの?ねぇ、女さん!雑魚はどっちだ!教えてやれよ、お前らの力で!なぁ!」

「っ、退廷を命じます。被告人を控室へ」


 数秒前の動機を覆す支離滅裂な発言の数々に、ついに田村は複数の職員や警備員に連れられていった。

 あのままおとなしくしていれば、良い方向に進めば無期懲役の線も濃かったというのに。今ので、全てが台無し。水の泡だ。

 おそらく、死刑は確定になってしまった。


 ――いったい、何を考えているの?


 男を狙ったのはたまたまと言ったすぐ後に、男性嫌悪を笑いながら並べた彼女の狂気的な一面に、背筋が凍った。

 そのせいで、せっかく宿っていた同情の欠片は、溶けて消えそうになってしまう。

 船崎だけでなく、全国民が同じ思いを抱えたことだろう。



 

 



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