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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第二十一話






「おいしい?雪乃」

「うん!」

「いっぱい食べろよ〜。まだまだあるから」


 雪乃を連れ、当時付き合っていた彼氏の家へ転がり込んだ沙穂は、バイトを続けながら仲睦まじく身を寄せていた。

 彼氏は彼氏で仕事があり、日中は雪乃ひとり。学校へ行ってしまうと、あのふたりに連れ去られる気がして怖かったので、家から一切出ないようにと毎朝約束を交わした。

 平和で閉鎖的な環境での生活はその後10ヶ月――


「10ヶ月、ですか?」

「?……はい」

「それは、中学2年生の時のお話ですよね?」


 改めて確認しても、沙穂は怪訝に眉をひそめながらはっきりと頷く。

 ――田村雪乃に、出産経験はなかった?

 沙穂とその彼氏、三人で暮らしている間に男と関係を持っていないのは明白。合意のない性行為も視野に入れたが、ほぼ軟禁状態。そもそも男性と関わっていない。

 当時の彼に関しては仕事が忙しく、家を空けることも多かったことに加え、日頃から一途であったために雪乃を女としては見ていないだろう。そうでなくとも、恋人の妹。その気になって手を出す方がおかしい。


 彼女は、妊娠なんかしていなかった。


 ひとつ、仮説が崩れ去る。


 つまり“男に恨みがある”と思っていた根源の動機は、捏造により生み出されたものだったのだ。

 期間が重なったのは、偶然。この偶然の一致が、ありもしない噂を作り出した。

 火の立たないところに煙はないとはよく聞くが、今回に限っては周囲が焚き付け、無理やり火を付けただけ。最初から、中学生で妊娠・出産した少女なんて存在していなかった。


 人間の無責任さに、ゾッとする。


 勝手に憶測を立て、勝手に仕立て上げ、勝手に広め、勝手に同情し、勝手に理解者になったと、その人の全てを把握した気分で無自覚に陥れていた。

 この噂を本人が知っているかどうかは不明だが、狭い田舎町。住んでいたら、嫌でも耳にしそうだ。

 そのたび、雪乃は何を思い、どんな感情を抱いていたんだろう。考えても考えても、それさえ一種の押し付け、レッテル貼りや偏見なんじゃないかと思考にノイズが混じる。


 ――私は、どこまで知っても真相には辿り着けない。


 本人の口から聞かない限り、もう何も信じられない。動機の考察なんて、各々が好きに偶像化しただけの都合のいい妄想だ。

 探るのが、怖くなった。


「続けていいですか?」

「あ……は、はい」


 しかし、一度足を突っ込んだ泥舟。最後まで乗り切らなければ、後悔する。

 気を取り直して、沙穂からその後の話を聞いた。

 一年しないほどで共同生活が終わりを告げたのは、竜司が警察に捜索願を出したせいだ。沙穂と、沙穂の彼氏は、一時的に“誘拐犯”として捕まることになる。沙穂が家族であったために民事不介入で不起訴となったが。

 保護された雪乃は、有無を言わさず実家へと連れ戻された。


 そして、学校に行きなさいと。


 数カ月ぶりに登校したのが、百咲が話しかけた日だ。


 自分を唯一守ろうとしてくれた、慕っていた姉と離れ離れになったことが、幼い雪乃の心にダメージを与えたことは想像に難くない。

 変わり果て、闇落ちしたような雰囲気だったのは、それが原因か。

 妊娠・出産の疲弊ではなかった。

 人生自体に、疲れ果ててしまったんだろう。だから、その後も不登校に。


「私と元カレは接触を禁じられて……雪乃と、会えなくなっちゃったんです」


 助けに行こうにも、助けられなかったと。沙穂は相当、悔やんでいるようだ。

 今も、接触禁止は解かれていない。効力はもう失っているかもしれないが、万が一のことを考えて会いには行けないらしい。


「……守る存在も、できましたから」


 心底愛おしく、赤子を撫でる。母親の顔をした沙穂と会いたいのは、きっと誰より雪乃だろう。

 子供好きで、仲良くはなかった同級生のおめでたい報告にまで喜ぶ純真さを持つ彼女だ。この場にいたら、泣いて祝福していたかもしれない。

 壊したのは、母・兄・義父の三人。

 竜司に関しては死去しているが、残りふたりは無視をすることで取材拒否。裁判にも顔を出さない。


 本当に薄情なのは、誰なのか。


 つい共感しすぎて脳みその温度を上げた船崎だったが、記者として失格だと思い改め、ドリンクバーの紅茶を飲むことでなんとか怒りを落ち着けた。


「お子さん……名前、なんていうんですか?」


 そして、かわいらしい存在へ意識を向ける。


「……六花です」

「りっか?」

「六に花で。……雪の、別名なんです」


 由来は、雪の結晶は六角形であるためだという。

 最愛の我が子に、もう会えない妹の名を借りて名付けた沙穂の愛情深さに、感銘を受ける。

 このことを、雪乃本人に伝えたい。

 殺人鬼について追求するだけだった取材はいつしか、共有へと目的を変えていた。


「まぁ……うち、そんな感じだったんで」


 冷めた目で、沙穂は吐き捨てるように言葉を続ける。


「あんな環境で育ったら、そりゃ……男のひとりやふたり、殺したくもなりますよ」


 私だって。そう言わないまでも、まとう全てが同調を示していた。

 強烈な男尊女卑家庭で育ったことによる、反発。もしくは弊害?だからこそ、彼女は男女平等を目指している?

 形はうっすらと輪郭を縁取るものの、まだまだぼやけたまま。

 姉・沙穂への取材は幕を閉じた。




 



 

 


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