第十八話
被害人数を聞いた時、確かに田村は衝撃を受けていた。
「思ってたより……死んでなかったなぁ」
正式に発表されたのは、軽傷者三名、重傷者二名、重症者四名、死亡者三名。
亡くなったのは三人とされているが、現在も意識が戻らず生死を彷徨っている被害者もいる。そのため、今後死亡者が増える可能性も高い。
しかし田村にとっては満足のいく数字ではなかったようで、独房で深々ため息をついた。
「三人……三人かぁ。三人だって。どう思う?ねぇ」
監視員に声を掛けるも、無視。以前の男性は話し込んでいることがバレ、異動させられたか。現在は女性に変わっている。
「まぁ、ギリ死刑確定になる人数と思えば、万々歳かな?たしか、三人以上殺せば死刑になるんだよね?ねぇねぇ」
煽るように声を掛けても、無視。まるで自分の声は届いていないようだ、と肩透かしを食らう。
視線は時折、監視のためかチラリと向けられた。しかしそれも、目が合う前には逸らされる。彼女には、プロとしての自覚があるんだろう。感情らしい感情は一切見えない。
「やっぱり、男は無能だなぁ」
本心か、挑発か、否か。
「すぐに私情を挟んでさ。前の人は、あなたみたいに仕事ができる感じじゃなかったよ。これだから男は。バカだと思わない?」
無視。
「……お姉さん、えろいね」
ほとんど体のラインが分からないようになっている制服を、なめ回すように見つめた。
足先から、頭上まで。ねちっこい視線に耐え兼ねて、さすがの監視員も眉をひそめた。“気持ち悪い”という感情が、氷山の一角だけ現れる。
表情の変化に気が付いた田村は、嬉しそうに笑う。
「まさか、女からそんな目で見られるなんて思わなかった?」
しかし、無視は継続。これには「さすがだなぁ」と感心した声が漏れる。
「知ってる?常識と人間って、案外簡単に壊れるんだよ」
今日はやけに、お喋りだ。口を聞かない時は、一日中部屋の隅で蹲っているというのに。
裁判が刺激になったのか、ご機嫌な気配を漂わせて田村は黄昏れる。
「お姉さんは、仕事楽しい?凛としてて、かっこいいね。いいなぁ、私もそうなりたかった。普通で、安定してて、動じない。私と違って、打たれ弱くもないんだろうね。メンタル強い人、羨ましいなぁ」
後半は、独り言だった。
檻の前で膝を丸め、できるだけ小さくなる。打って変わってか弱くなった相手に、監視員は一瞥だけを返した。
なんだかんだ優しく、畏怖しつつも寄り添おうとしていた男は、もういない。田村の心には、一抹の寂しさが宿る。
そこへ、弁護士が面会に訪れたと知らせが入る。今回の裁判を振り返り、今後の方針を話し合うためだ。
「まずは……お疲れさまです」
「……お疲れさまです」
面会室にて、ガラスを隔ててお互いに軽く頭を下げる。
「謝罪してくれたおかげで、心象は良くなったかなと思います」
噛み砕いた口調で話しながら、弁護士は資料の数々を広げた。目指すは、死刑を免れ無期懲役に持っていくこと。
田村自身が望んでいるかは置いといて、罪は少しでも軽くなるなら軽くなった方がいいという価値観を話すと、田村も真剣に頷いた。
「一緒に、頑張っていきましょう」
「……はい」
力強い言葉に胸を打たれたか、瞳が僅かに瞬いた。
「でも……死刑になる確率の方が、高いですよね?」
「まぁ、はい。そうですね」
「それなら……頑張る意味ありますか?」
しかし、すぐに澱む。
「どうせ死ぬのに、必死になる必要なくないですか?」
「いえ。それは……」
「殺すなら、早く殺されたいんですけど。こんなとこ、そんなに長く居たくないんです。かと言って自殺もさせてくれないし……死刑が決まっても実刑は何年も先ですよね?なんですぐに殺さないんですか?国民の税金で犯罪者を生かし続けていることに罪悪感はないんですか?国は何をしてるんですか?さっさと次々殺して殺して殺せばいいじゃないですか。死刑囚に人権なんてないんですよ。なんで犯罪者だっていうのに人権剥奪できないんですか?おかしいですよね?加害者ばかりが権利を守られて、被害者は蔑ろにされる。加害者の権利なんていらねえんだよ、ふざけんなよ。守られるべきは被害者だろ。いい加減にしろ。人権人権うるせえんだよ、殺人鬼はもう人間じゃねえんだよ。鬼ってついてるじゃないですか。そうなんですよ、鬼なんですよ。殺人鬼は。鬼だから簡単に人を殺せるんです。人間やめてるんですよ。人間じゃないんで、人間に与えられる権利も発生しないはずですよね?早く駆逐してもらっていいですか?鬼なんで。首切り落として殺してください」
一点を見つめ、ぶつぶつと長々続いた主張の大半を、突然のことに聞き逃してしまう。
かろうじて聞き取れた箇所のみ、メモに残す。残すが、あまり意味がない気もした。
――こいつは、狂ってる。
次の精神鑑定を、カウンセリングの手配をと、弁護士は焦った様子で訴えかけた。そして、その訴え通り当日中にカウンセリングが行われる。
「……私は、正常です」
結果、田村は一貫していた。異常なまでに。




