表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/45

第十六話






「私は、おかしくありません」


 声高々に、主張した。


 担当医は、眉間のシワを濃くした。


「私の精神は正常です。たしかにちょっと、病んではいるかもしれません。躁鬱の傾向はあるでしょう。しかし、長らく診断されていた統合失調症はお門違い。いつもいつも、なぜその診断が下るんだと疑問でした」


 精神鑑定のため、行われたカウンセリングの最中。

 田村は、必死に自分は正常だ、何も狂ってなんかいないと訴えかけた。

 どうしてか逆に、おかしく見えてしまう。

 ここは、今後の判決にも影響を及ぼすかもしれない局面。大抵の犯罪者は、無罪に近付けるため精神の異常性をこれでもかと訴える。

 ある者は狂人のフリをし、ある者は暗い表情であたかも心を病んでいるフリをする。自分は病気であると、暗にアピールするのが常套句だ。


「自分で判断もできるし、責任能力がないとかもないです。ほら、今までの通院してた病院の、カルテとかあるでしょ?それ見たら分かるでしょ?意志薄弱じゃないでしょ?」


 開き直って健常者だと言い張る人間は、滅多にいない。少なくとも担当医にとっては、初めての経験だった。

 判断に、迷う――ことはない。彼女は、明らかに正常じゃない。

 簡易鑑定を終え下されたのは、生活保護の時と同じく“統合失調症疑い”。判断・責任能力の有無は本鑑定にて行われる。

 家族への聞き取りも行い、過去の環境も含めて最終的な精神状態が決定される予定だ。


「医者って、ほんと信じてくんない」


 自室に戻った田村は、不貞腐れて膝を丸めていた。


「ねぇ」


 檻の向こう、声を掛けたところで反応はない。相変わらず、監視員には会話禁止の命が下されている。

 拘置所にいるのも、残り僅か。と、信じたい。


「あなたから見て……私はおかしかった?」


 最後に感想が欲しいと、乞い願う。


「私って、おかしい?」


 ――どう考えたって、おかしいだろ。監視員は、心の中だけで悪態をついた。

 言わずとも空気感で察したんだろう。しょんぼりと落ち込み、檻を掴んでいた手をそっと離した。


「やっぱり、おかしいんだ……」


 いつも、いつもだ。


 どこに行っても、馴染めない。説明のつかない疎外感や、“自分は他人にとっての異物である”感覚が拭えない。


 傷付いた心で、涙を流した。突然の涙に、監視員はギョッと目を見開く。


「なっ……お前、なんで泣いてるんだ」


 声を、掛けてしまった。

 まずい。――失態を無かったことにしようと取り繕うよりも先に、田村の口元がニンマリと弧を描いた。頬にはまだ、涙の跡が残っている。

 不気味にも、無邪気にも映る気味の悪さに、背筋には冷たい汗が伝う。


「優しいね、お兄さん」


 乾いた口から溢れたのは、予想外に嬉しそうな幼い声だった。

 

 監視員の頭に、ひとつの憶測が過ぎる。

 

 彼女は――本当に、正常なんじゃないか?


 異常でもなんでもない、ただ必死にもがいているだけの女性。あるいは、少女にも見えて、言葉を詰まらせる。良心が、ズクズクと痛んだ。

 人を人とも思わない殺人鬼を前に、何を絆されかけているんだ。いや、だけど……理性と感情はぶつかり合い、なんだか途端に田村が可哀想な子だと同情する気持ちが湧いた。


「なんで……人を殺した?」


 今なら、答えてくれるんじゃないか。


 彼女もまた、絆されているんじゃないか。俺の優しさに、人の温かさに。飢えているんじゃないか。


 希望を持って手を伸ばした監視員に、田村は小さく首を傾げ、潤んだ瞳で彼を見上げた。


「なんでだと、思う?」


 質問に質問を返され、届きそうだった真実は遠ざかる。

 持ちうる知識で、その場で簡単に推理した。目の前の女が、なぜ多くの人間を――それも、男を標的に殺して歩いたのか。


「男が、嫌いなのか?」

「ううん」


 男性嫌悪の可能性は、消える。……嘘でなければ。


「憎い相手がいた?」

「……」


 沈黙は、どっちだ?


「男の方が、殺しやすかった?」

「うん」

「性別は関係あったのか?」

「うん」

「男じゃなきゃ、だめだったってことか?」

「うーん……うん」

「俺も、男だけど……今、俺を殺したいと思うか?」


 彼女にとって、自分も対象かもしれない。恐れ慄くも、確認せずにはいられなかった。

 返答次第で、田村は脅威にも安心材料にも変わる。重要な質問だ。

 それまでほとんど即答していた田村だったが、ここに来て長く口を閉ざした。ただじっと、監視員に視線を送る。


 嫌な緊張が、走る。


「今は、思わない」


 糸が途切れたのは、あっさりとした回答のおかげだ。

 ホッと胸を撫で下ろした監視員の中で、田村は敵ではない認識になった。なってしまった。


「でも……あの場にいたら、殺してたかも」


 しかし、すぐに姿勢を正す。躊躇いなく、殺意を向けられたからだ。


「どう、して?」


 なぜ殺す?——裏切られた気分で聞けば、

 

「あなたが男で、私が女だから」


 はっきりしているようで曖昧な言葉で返す。


「人類は、平等だから」


 そうして、全ての始まりである思想へ、還った。



 



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ