第十三話
青嶋さんを通して、レイという男性と接触を試みた。
「――彼女とは、友人を介した映画鑑賞会の集まりで出会いました」
思いのほかすんなり取材に協力してくれた彼は、カフェの一角で語り始める。
「あいつは……悪魔みたいな女ですよ」
白目は血のような赤に染まり、膝の上で拳を握った表情は般若そのもので、そういえば般若は旦那の浮気に怒り狂った女の表情を段階的に表したものだと、何かの資料で見たことを呑気にも思い出す。
男でも、同じ顔になるようだ。レイ曰く、田村はとんだ浮気性の男好きだったという。
――田村雪乃が、男好き?
少なくとも、一度だけとはいえDJを任されるくらいには二丁目に入り浸っていたという彼女が。信じられない気持ちで、耳を傾ける。
「出会いたての頃は、イイ女だったんです。おしとやかで、静かすぎない明るさで、気も使えて控えめで……」
絶妙に友達の距離感から恋人未満へ踏み込む隙の多さもあり、惹かれるのはあっという間だったと話す。
当初は惚れた弱みで、なんでも頷いては従い、とにかく尽くした。金も、糸目をつけずおうばん振舞。好かれたくて仕方がなかったという。
「けど、あいつは裏で俺のことを嘲笑ってたんです」
「……裏?」
「はい。ある時、どうしても気になってスマホを覗いたら、友達相手に散々言ってましたよ」
勝手に人のプライバシーを侵害するのはどうかと意見したくなったが、グッと堪える。
レイが言うには、友人とのメッセージのやり取りにて。
『なんか、知らない間に付き合ってるっぽいんだよね』
『告白された記憶ない。あいつの前で、そこまで酔ったこともない。不思議』
『キスされそうになったから断ったら、泣かれた。私はどうするべきだったのかな』
『よく飲みに行くバーで、勝手に彼氏面されて困ってる』
『私達、付き合ってたの?って聞いたら、泣いちゃった。すぐ泣かれるの、苦手。どうしたらいいか分かんなくなっちゃう。話し合わせておいた方が吉?』
『めっちゃお金出してくれるけど、これってパパ活とかじゃないよね?』
『無自覚パパ活だったらどうしよう。返金した方がいいかな。金ないけど』
当時のスクショには、田村の等身大の困惑と不安が詰まっていた。
文面だけ見るとやばいのはレイの方で、田村は被害者にも思える。少なくとも、彼女は意図して誘惑していたわけではないことは確実だ。
「これ全部、嘘なんですよ」
船崎が返答に困っていると、レイが不満げに付け加えた。
「俺には「彼氏になってくれる?」とか「好きだよ」って言ってたんです。だから俺、付き合ってるつもりで……というか、そんなん付き合ってると思うじゃないですか」
「そう、ですね……」
「この相手の女…………メッセージを送ってる女が本命なんすよ。だからこいつ、彼氏いないフリをしてるんだよ。許せねえ…」
説明されても、主観による恨みが濃すぎて信じるに信じられない。
仮にレイの言っていることが本当なら、田村は平気な顔で二股をかけていたことになる。しかし、現時点では判断が難しい。
レイが真のストーカーで、交際していると本気で思い込んでいた可能性も、捨てきれないからだ。
「この、相手の女性とは……知り合いですか?」
「いや……俺はまったく。青嶋さんなら、知ってるんじゃないですかね」
彼女にも話を聞けるなら、聞きたい。青嶋の元へ、もう一度尋ねよう。
その前に。
「別れ際……お金で揉めたって聞いたんですけど」
「あぁ、はい。あいつ、俺の金を盗んだんです。財布から根こそぎ」
「いくらくらい……?」
「多分、七万とか?」
「常にそのくらい持ってるんですか?」
「や、どうかな。たまたま。別れ話の時に、ほんと、たまたま」
深掘りした結果、だんだんとたどたどしくなり、つい疑ってしまう。嘘をついているのは、目の前にいるこいつなのではないか、と。
どうやって解決したのか、お金は返ってきたのか確認したところ。
「それが……警察に通報されてて」
ストーカー被害を訴え、警察から厳重注意の電話が入ったことにより諦めたという。
その際に「俺は金を盗まれた」と主張したものの、民事不介入なのでの一点張りで聞く耳を持ってもらえなかったことも、彼の不満に繋がっているようだ。
次に接触したら注意では済まされないと言われ、泣く泣く断念。
「あいつは、自分の利益のためならなんでもするんだ。俺は愛してたのに……俺は、俺は……」
後半はもう、虚空を見つめてぶつぶつと呟き始め、危機感を抱いた船崎は程々のところで切り上げ、席を立った。
今回の話は、記事にはできない。あまりに偏りすぎていて、鵜呑みにするのは危険だ。
実際、レイはありとあらゆる手段を使って、無断で田村の住む家だけでなく実家や、通っていた学校までをも突き止めている。そのことを田村本人が後に把握し、警察に相談したのはあくまでも危険を悟っての対抗手段だろう。陥れる目的があったとは思えない。
田村には彼氏という自覚がなかったのも、これまでに集めた情報と一致する。齟齬がなくなるのが、一番の判断材料かもしれない。
――次は、本命だったという女。
そこを探れば、本格的に田村雪乃の輪郭を切り取れるかもしれない。




