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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第十話






 悪夢だ。


 また、いつもの夢を見る。


 朦朧とした意識の中で、訳の分からない物語が繰り広げられては、目が覚めた時にどっと疲れを運んでくるだけの、生産性のない夢。


 夢は、パラレルワールドの自分だと聞いたことがある。


 違う世界線の自分、違う選択の連続を繰り返してきた人生を見させられていると聞く。


 時に魔法使い、時に専業主婦、時にゾンビ映画の中の主人公として大活躍する私は、その人生に満足しているのだろうか。甚だ疑問だ。


 この世界の私は、今の人生に満足しているか?


 そう問われたら、私は――


 バチン。


 光が弾ける。


 朝を告げる点灯の眩しさに、目が覚めてなお田村は瞼を上げなかった。正確には、上げられなかった。

 乱れた生活習慣が、体を重くさせる。早朝に起きるなんて何年ぶりか。思い返しても、ここ数年の自分がいつ寝ていつ起きていたかなんて思い出せやしない。


「田村雪乃」

「はーい…」


 点呼に応じ、気だるげに声を出す。あくびを噛み殺すのに精一杯で、後半は呼吸が抜け声にもなっていなかった。

 朝食は冷や飯に、味噌汁。たくあんが数枚。

 ポリポリとした食感を楽しみながら、味のしない白米を口に含む。そして、薄い味付けの味噌汁を入れ、口の中で混ぜ合わせた。


「う〜ん……健康的」


 なんと優雅な時間だろう。規則正しい時間に起き、質素だがしっかりとした朝食を頬張る。人によっては惨めに感じるのだろうが、田村にとっては幸福にも近い時間だ。

 小腹を満たした後は、少しの待機時間を経て事情聴取が始まる。


「なぜ、殺したんだ」


 お決まりの台詞に、あたかも“苛立っている”表情。余裕のない刑事を見るたび、笑いをこらえるのが大変だ。


「ニヤニヤするな!」

「あーあ。やだなぁ」


 わざとらしくため息をつき、


「すぐ感情的になる。これだから男は……」


 挑発する。

 カッとなった刑事に、ケラケラと喉を鳴らす。おちょくるのが、退屈なこの時間の唯一の楽しみだと嬉しそうに話した。

 終始ナメた態度で、取り調べは進まない。あえてそういているようにも思える、不可解な言動が目立つ。

 人類は平等だというわりに、男性蔑視な発言の数々。試しに一度、女刑事を充てがったが、その際にも「これだから女は」と似たようなことを言って小馬鹿にしていた。


「お前は、何がしたいんだ」


 気まぐれなのか、意図があるのか。この手の質問には、黙秘。


「なぜ……どうして罪のない人間を刺し殺したんだ!答えろ!」

「……熱くなりすぎです、谷口さん」


 谷口の声量がビリビリと響いた辺りで、聴取は中断。

 また、長い長い待機時間が幕を上げる。

 その間に昼食を済ませた田村は、献立が鮭弁当だったことにご満悦のようだ。食感はパサパサ、味はしないも同然だったが、彼女には最高の食事だったんだろう。


「一生ここにいたいなぁ」


 畳の上に敷かれた薄い布団の上、両腕を開いて寝転がる。

 午後は、本来ならば面会の時間が設けられている。しかし、現在彼女は接見禁止中。誰ひとりとして訪れないため、束の間の休息。


「来い。取り調べの続きだ」


 ――と、思われたが、残念ながら呼び出されてしまった。

 しぶしぶ起き上がり、移動した後は午前と変わらず。沈黙を貫き通す。

 怒り狂う男を、薄ら笑って見上げては、だるくなって視線を逸らした。尋問のような質問攻めは、嫌でも続く。

 あと何分、何時間、何日。無駄にすれば気が済むんだろう。内心では、呆れ返っていた。


「家族に、合わせる顔がないだろう」


 戦法を変えてきたか、打って変わって情けのある声で話しかける。


「家族…」


 そこでようやく、田村は反応らしい反応を見せた。からかう以外で返事をしたのは、初めてのことだった。

 これはいける。確信めいた感情で、詰める。


「お前だって人間だ。会いたいだろう?母親に、兄弟に!」


 戸籍の登録によると、義父である田村竜司は他界している。そのため、あえて生きている家族を餌に、少しでも供述させようと企んだ。

 田村の眉が、分かりやすく垂れる。困惑にも、悲しみにも思える形に、谷口はこれだ!とさらに説得を試みた。

 しかし、希望に開いた口は徐々に閉じる。

 じわじわと相手の口元がつり上がっていき、最後には嘲笑が完成されたからだ。


「そんなん、血の繋がっただけの他人でしょ?会いたくなるわけないじゃん。バーカ」


 薄情にも、程がある。

 煮え滾る激情を拳に宿らせ、谷口は瞳を血走らせた。これまで様々な殺人鬼と対峙してきたが、大多数は情に脆い。家族への、最低限の愛情なんかは捨てていなかった。

 無論、冷たい人間もいた。

 しかし、それにしても田村はひどい。平然と“他人”と言ってのける根腐れした根性も、悪びれもしない態度も。


「お前……お前のせいで、犯罪者の家族として苦しむことになるんだぞ!」


 賠償請求も、母親である利子にいく可能性が高い。借金苦に巻き込まれることに、罪悪感を微塵も感じていない様子で肩を上げる。


「家族だから〜……って、叩く方が悪いんじゃない?」

「なっ……」

「だって、そうでしょ?人を殺したのは、私。家族は何も関係ない。それなのに、たかだか同じ屋根の下で暮らしたことがあるってだけでいっしょくたにして教育がどうの、母親として失格がどうの。仮に私があの母親に育てられなくても人を殺してたかもしれないってのに、結び付けては騒ぎ立てる。真に悪いのは誰?母親?私?」


 それとも、と。乾いた唇は容赦なく動く。


「自他の境界が曖昧な民衆?」


 家族だからなんだ、親子だからなんだ。田村の主張は止まらない。母親を庇うでもなく、淡々と事実だけを述べているようだ。

 結果的には家族を守る発言だが、そこに温度はない。人としての優しさも、温情もない。


「私を産んだ時点で罪なら、母親も逮捕してよ」

「そんなこと、できるわけ……」

「じゃあ、母親はなーんにもわるくないじゃん。責められるべきなのは、私。もしくは、愚かにも母親を責めようとする世間の声ね。そこ、履き違えないでもらえる?責めるだけ責め立てて、自分らはお咎め無し?ほんとバカげてるよ、この世の中。」


 故に、親に対する申し訳なさは一切ない。そう断言して、その日の聴取は終了した。

 戻る頃にはもう、空は暗く、月が点となり輝いていた。消灯後、小窓の向こうに視線を当て、田村は小さく呟いた。


「夜ご飯のパン……まずかったな」


 水分の少ない、硬いパンの味がお気に召さなかったらしい。

 今日一日の不満は、それのみ。

 毛布に入るも、眠れない夜。閉じた瞼の奥で、彼女はひとり願うのだ。


 どうか、明日こそは質の良いふわふわのパンが食べられますように。

   


 


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