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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第一話






 調書によると、「なぜ人を殺したのか」という質問に対し、彼女はこう答えた。


「人類は皆、平等だからです」


 聴取を担当した者含め、関係者は口を揃えて「訳が分からない」と困惑した。

 “平等”という、一見すると関係のない価値観がどうしてここまで事を大きくしてしまったのか。どこで道をたがえたのか。

 なぜ、十二人もの人間を刺し殺すことになったのか。

 全てを知るにはまず、彼女の半生から知る必要があるだろう。


















「分からないよ、ほんとにさ」


 うだる暑さの中、インタビューに答えた近隣住民たちは口々に吐き捨てた。知らないよ、と。

 ニュースにしようにも、あまりに情報が少ない。人間関係の希薄さにほとほと困り果てたのは警察だけでなく、記者もだ。

 そのうちのひとり――駆け出しのフリー記者である船崎由美もまた、頭を抱えていた。


「こんなんじゃ、記事にならないよー……」


 ここが正念場、これを勝ち取れば記者としての実績になり、今後も安泰だというのに。利己的な思考が、彼女を突き動かそうとしていた。

 船崎が追うのは――今、世間が大注目している事件。


 “成田山通り魔殺人”――その名の通り、成田山で起きた凄惨な無差別殺人だ。

 

 時期は、成田祇園祭が行われていた七月上旬。人だかりの中で、突如として発生した。

 重傷、死亡含め被害人数は十二人。大規模な被害数もさることながら、注目すべき点は犯人が身長150センチ程度の小柄な女性であったことだ。

 静かに、淡々と。次々、後ろから刺しては何食わぬ顔で過ぎ去る犯行のせいで発見は遅れ、気が付いた時には包丁は血液と脂でほとんど切れ味を失っていたらしい。想像するだけで、恐ろしい話だ。


 犯人の名は、


『昨日、現行犯逮捕された田村雪乃被告は――』


 テレビから流れる映像には、一台の車。後部座席の中央に乗り込んだ端正な顔立ちの女は、生気の抜けた瞳でカメラを捉える。

 そして、小さくほくそ笑んだ。

 まるで計画通り。捕まることさえも恐怖していない姿は反響を呼び、外見の良さからも話題性が高くネット社会も大いに盛り上がりを見せた。

 船崎自身も、強く興味を惹かれた。何か、天命的なものが脳天を貫いたとさえ。

 彼女はそれだけ、魅力に満ち溢れた存在として世間に名を轟かせた。


 田村雪乃。


 二十九歳、女。


 無職。


 容疑に関しては、「私がやりました」と素直に認めている。


「――何が、目的だったの?」


 本来ならば、本人から聞き出したい。しかし、今は規制がかかっているため面会はできない。そうでなくとも、接見禁止だという噂も聞く。

 一介の記者、それもフリーで肩身の狭い船崎はもどかしくも、諦めず思考を巡らせた。

 幸い、自分には特殊能力にも似た才能がある。強い感受性と想像力により、犯人の体験をこの身で体感しているような感覚に陥らせることができるのだ。

 

 証言さえ、集まれば。

 

 まずは足で情報収集。と、近隣住民を訪ねたものの、先述したように取り付く島もなし。近所付き合いは浅いどころか皆無だったのか、たまに見かけるくらいで何も知らない人間がほとんどのようだった。スマホも犯行前に破棄。本体は未だ発見されていない。

 田村雪乃はひとり暮らし。四年前――二十五歳の時から生活保護を受給。障害年金と合わせて月十四万で生活していた。

 これは、大手新聞記者からお情けで貰った情報だ。


「はぁー……あっつ」


 真夏の昼間に歩き回るのは、気が滅入る。

 額に手を置いて日除けとして使用しても、空を見上げるとあまりの眩しさに瞼を上げていられない。

 蝉時雨は容赦なく降り注ぎ、鼓膜に騒音をもたらす。唯一の癒やしは風に揺れる木の葉の音や木漏れ日の美しさだが、猛暑の前ではちっぽけに感じた。


「……夜まで待つか」


 船崎はふと、考え方を改めた。


 田村雪乃は引きこもり。人目を避けたいとなれば、日中ではなく夜中に行動するはず。

 昨今はデリバリーサービスも豊かになっているとはいえ、食料確保のため最低限は外出しなければならない。そう考えたら、狙い目は深夜のコンビニか。

 地図アプリで調べたところ、田村が住んでいたアパートから、徒歩五分のところにひとつ。夜、取材に訪れよう。


「――あぁ、来てたっすよ」


 ビンゴだ。


 深夜のバイト――黒と金が疎らな短髪をしたピアスだらけの店員、安井は気だるげに答えた。


「週に一回……多い時で二回とか?水、大量に買ってましたね」

「水?」

「めっちゃいっぱい。売り場の在庫めっちゃ減るから、まじ勘弁だったんすよ」


 他にも、菓子パンやおにぎり、カップ麺を少し。


 船崎は店内を見回し、自分が田村になった気分で歩いてみた。

 店員が言うには、他には目もくれず真っ先に水を手に取っていたという。つまり、目的は水だけ。それほど、彼女は喉が渇いて仕方がなかったのだ。

 一週間という期間からも、蓄えた水が無くなり、限界を迎えてから来店していたことが伺える。相当、外に出たくなかったんだろう。

 試しに500mLの水を10本と2Lを3本。おそらく、田村が買っていたのはこの倍以上であるが、買ってみた。


「……あざしたー」


 ずっしりとした重さを感じながら、店を出る。向かうは、彼女が住んでいたアパートだ。

 ほんの五分。たったその程度の距離なのに、ビニール袋の持ち手部分が重さによって皮膚に沈み、引っ張られて痛い。

 苦痛に足を止めながらも、進む。


 途中で、小さな公園の入り口に差し掛かった。


「……あ。」


 そうか。


 田村雪乃は毎週、大量の水を買う。


 運ぶのに疲弊した彼女は、一度この公園へ立ち寄っていたんじゃないか。深夜なら、人も滅多に通らない。休憩するにはもってこいの場所だ。

 彼女はタバコを嗜んでいたという。お金がないことから、三日に一箱。大事に大事に吸っていたタバコは、おそらく公園のベンチでも吹かしていたに違いない。

 冷えた木製のベンチに腰を下ろし、タバコはないので一服と称してペットボトルの蓋を開ける。

 喉を通った水が、じんわりと食道に涼しさを運んだ。気持ちのいい温度だ。


 夜空を見上げると、公園を囲む木々が複雑な形の円を生み出し、隙間からは星が瞬いていた。


 満月。あるいは、欠けた月を、田村はどんな気持ちで眺めていたんだろうか。船崎はひとり、思い馳せた。

 極力外出を拒むほどの引きこもり。そんな彼女が、殺人。それも、十二人もの人間を切りつけ、一部殺傷させるほどの大事件を起こした。

 

 何か、理由があるはずだ。


 世間を恨んでいた?自分の存在を誇示したかった?どうせ死ぬなら、ひとりは嫌だった?全て、含まれているかもしれない。含まれていないかもしれない。

 真意は不明だ。しかし、解明するのが自分の仕事だと奮起し、立ち上がろうと重い腰を上げた。

 

「雪乃さん……?」


 そこへ、現れる。


 まだ年端もいかないであろう、ひとりの少女が。


 田村雪乃を知るためには、欠かせなかった人物が。




 



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