失うなら君がいい
どうせ失うなら、
君がいい。
この世界には魔力が存在していて、
その器が大きければ生きていくのに有利だと
ここまで生きてきて実感したことだ。
私はその魔力の器は持っているはずなのに、
生まれた頃から持っている魔力量が少ないために
周りに馬鹿にされて生きてきた。
そんな中、唯一、
私を救ってくれたのが彼だった。
「やぁ、僕のお姫様。ご機嫌いかが?」
こうしてふざけては、
私の低い自己肯定感を満たしてくれた。
「そうね、悪くないわ」
だけど、それももうすぐ終わる。
−−−−−−−−−−
「え…?」
遡ること1週間前。
ここのところ目眩と立ち眩みが酷いので、時々診てくれる医者のドゥーラ先生に相談した。
ドゥーラ先生は街の人達から信頼が厚く、優しくて穏やかな人だ。
魔力が少ないことを馬鹿にしてくる他の人達とは違う。
「…ミフ、君の寿命はあとひと月ほどだろう。元々少ない魔力が枯渇し始めている。…魔力がない人間ならまだしも、君は十分な魔力の器を持っていながら、その器が満たされるほど魔力がなかっただろう…?」
「そ、それがどうして…」
「魔力の器を持つ者は、魔力が枯渇するとき、共に命を失うのがこの世界だ…。通常であれば、長い時間をかけて少しずつ失われていく。一般的には知られていないことなんだがね…。君には酷なことかもしれないが…それは紛れもない事実なんだ」
「そう…ですか…」
そこからドゥーラ先生が何か説明してくれたのに、ほとんど頭に入らなかった。
あとひと月で死ぬんだ、それだけが変わらない事実で。
週に一度、貴方に会えるのだけが唯一の救いだったのに。
−−−−−−−−−−
「ねぇ、ひとつだけ私のわがままを聞いてくれない?」
「何?僕に出来ること?」
「ええ、貴方にしか頼めないの」
そんなことはないんだけど。
でもどうせなら、貴方がいいの。
嫌われても、構わないから。
「何かな?」
「私とキスしてほしいの」
「なんだ、そんなことか…………え?今なんて?」
いつもならにこにこしている彼から笑顔が消えた。
まあそうよね、突然だもの。
「私と、キスをしてほしいの。ダメかしら?」
彼はどうか知らない。知りたくない。
噂のあの子と、もう済んでいるかもしれない。
弱虫な私は、彼の事情は聞いてあげない。
だけど、本音を言えば貴方の初めてのキスなら、嬉しい。
「どうして?からかってるなら…」
「お願い、これが最後だから」
いつもならふざけて話す私が、真剣な顔をしているから、彼も居直す。
「ミフ、何かあった?なんだか元気がないみたいだし…あ、君の好きなアップルパイでも作ってこようか?」
「…やっぱり駄目よね、ごめんなさい。忘れて」
こんな事を頼むような私とは、きっともう会ってくれないだろう。
そっと会釈をして、その場を立ち去ろうと思った。
思った…のに。
「待ってミフ…僕しか…出来ないことなんだよね…?それ…あの…僕の事が…その…」
私の手をとった彼が、珍しくしどろもどろになって話している。
なんだか可笑しくなってきた。
「ふふっ、やだユーイったら。照れちゃったの?ごめんね、変なことをお願いして。いいの、もう、忘れて」
「ミフ…?ねぇ、何か隠してるでしょ?」
「何も隠してないわ。ほんとに…ありがとう」
振り返れば、きっと溢れてしまうから。
震えている声が、伝わらなければいい。
「ミフ、こっちを向いて。教えて?何があったの?」
「今夜はもう帰らなきゃ…さよなら」
これ以上一緒にいたら、苦しくて潰れてしまうような気がした。
貴方の前では、笑顔の私でいたかった。
「待って、待ってよミフ。なんだかもう会えないみたいで嫌だ。…行かないで」
ユーイの手は離れようとする私の手をぐっと掴んで、離してくれない。
「どうして泣いてるの?僕にあんなことを頼んでおいて忘れてなんて…どうしたの?僕じゃなきゃ駄目なんだよね?」
「ユーイ、ごめんなさい。本当に…何でもないの…」
「ミフ…?こっち向いてよ」
これが最後なら、意地を張る必要もないか…。
不意にそう思った。
そうだ、これが最後。
「ミフ…っ!?」
ごめんなさい、ユーイ。
どうせ渡すなら、貴方が良かったの。
「何これ…、何をしたの…?!ねぇ、ミフ!!」
−−−−−−−−−−
僕の初恋の女の子は、ミフ・アジェントリィという。
魔力量で人をみるようなくだらないこの世界で、
彼女は特異な存在だった。
魔力の器は大きいのに、魔力量は少なくて。
それを周りは馬鹿にする。
せっかく魔力があるのにそれっぽっちしかないのかと。
僕からしたら、魔力を持たない人がいる中で、少しでも魔力があるだけでも十分だと思う。
だけど彼女の両親はそれを良しとはしなかった。
母親はミフが十分な魔力量を持って産まれなかったことに絶望して命を絶ち、父親は酒に溺れる始末。
僕がミフなら耐えられないだろう。
だけど彼女はそれでもここまで耐えてきた。
尊敬しかない。
どんなに馬鹿にされてもめげずに笑って頑張る彼女は、僕にとってお姫様のようだった。
もうじき、彼女は成人を迎える。
やっと…やっと僕は彼女に結婚の申し入れを出来る。
そう…思っていた。
週に一度、僕たちはこの丘のベンチで会うことにしていた。
他愛もない話をして、笑って話す彼女が好きで。
この時間は何よりも大切な時間だった。
それなのに、今夜の彼女はどこかおかしい。
いつもより表情が硬いし、
突然、キスしてほしいなんて言う。
情けないことに、好きな女の子にこんなことを言われて動揺して、理由すら聞けない。
だって…ミフが?僕と?
からかっているんだろうか。
それとも本心?僕のことが…好きなの?
とりあえず、落ち着かなきゃ、そう思って話を聞こうとすると、彼女は僕の動揺ぶりがおかしかったのか
笑って忘れてほしいと言い出した。
どうしたんだ…?おかしい。
立ち去ろうとする彼女の声は震えているし、
こちらを見ようとしない。
いつもなら顔を見合わせて笑っているはずなのに。
何があったんだ…?
もしかして、あの飲んだくれの父親に何か言われたのか…?
何度聞いても何でもないと言う彼女は、
ふと何か思い出したかのようにこちらを向いた。
やっぱり泣いてる…。
月明かりが照らした彼女の目から、ボロボロと涙が溢れた。
思わず見惚れてしまうほど、綺麗だった。
そんな呆けた僕に、ミフはキスをしてきた。
何がなんだか分からないうちに、少しずつ温かさを感じた。
夢…かな。
混乱と夢のような出来事に、思わず目を閉じてしまっていた。
だから…気づかなかったんだ。
ふと、唇から温かさが消えていて。
目を開くと、彼女はどこにもいなかった。
彼女がいたはずの場所には、小さな赤い石の欠片が転がっているだけ。
一晩中あたりを探しても、彼女は見つからなかった。
−−−−−−−−−−
翌日、彼女の家を訪ねると彼女の父親もミフを探していた。
「こんな…こんな書き置きをして…あの子は何処へ…」
彼女が残した書き置きには一言。
"さようなら"
嫌な予感がして、昨日の欠片を父親に見せた。
「これを…どこで…」
説明しようと口を開いた時、医者のドゥーラ先生が訪ねてきた。
「…あの子は君に託したんだな…」
ドゥーラ先生が話してくれたのは、
ミフは枯渇しようとしていた魔力を、僕に注いだのだということ。
この欠片は、ミフの魔力の器の欠片だということ。
「どう…して…」
「…あの子は君のことを大切に想っていたからね。どうせ失うなら…君に渡したかったのだろう…」
魔力を持つ者が、他者に魔力を渡せるのはたった2回だけ。
命が宿る時と、命を失う時。
それを聞いて、僕と彼女の父親は声を上げて泣いた。
彼女の魔力が少なかったのは、彼女のせいではなかった。
両親の魔力が彼女に渡される量が少なかっただけだった。
それを知っていたからこそ、彼女の母親はその責に耐えられなかったのだろう。
受け取った僕は、どうすればよかったんだ…
今でも僕は、あの丘で考え続けている。




