試作。
皆様恋愛をしたことはおありだろうか?そう、あの男女が手を繋いだり、抱き合ったり、家族にはそうやることのない接触行為を繰り返す行為。違う?男女2人が気持ちを通じあわせた関係だって?はは、それ俺の恋人に言ってやってくれよ。別に愛がなくても、男女じゃなくても成立するみたいだぜ。
つまり、何が言いたいのかと言うと現在進行形で俺と、俺の義兄との結婚式が準備されていて俺は便器と抱き合ってるってことだな。これはタチの悪い夢なんかじゃなくって、実際に起きている現実ってところが傑作だ。
コンコン
扉がノックされる。別に鍵なんてお前が壊しちまってるのに、態々毎度ノックするなんてお行儀がいいことで。
「ガイア、大丈夫か?タキシードがあとはサイズ調整だけなんだが、一度着てみて欲しい。僕は同じものでいいと言ったのに、アデリンがどうしてもと言っているんだ。」
同じものでいいわけないだろ、身長も体格も違うのに。嗚呼まるで昔に戻ったようだ、過去を羨んで切望するのは結構だが戻りたくても今と昔が違うこと、そのあたりの理解ができていないわけでもなかろうて。そう信じたいという希望でないことを祈るオーバー。
「おい…………開けるからな。」
扉が開かれる。はいはい、仕方がないだろう、返事をしようにも食道は胃液に常駐されており音が奪われているし、比較的正気な時間は正気故に全て吐き気に費やされており体力なんて微塵もない。繰り返される嘔吐と涙でミネラル不足が深刻化しており、気絶している間が1番正常だとかいう情けなさ。だって、ありえないだろこんなコト…………ディルックが元義弟を愛しているなんて、俺の都合がいいことが。正気じゃない、出鱈目な机上論でもこんな結果は出さない。
「連れていくけど、触っても問題ないか?」
首を緩く振る。触られる方が余っ程問題がある、既にその両手は血に塗れているのかもしれないが俺から見ればそれはタチの悪い幸せ。そんなもので触れられてみろ、罪人は気が狂ってしまう。オエッ。
愛しの便器から離れ、フラフラと移動し洗面所で口を濯ぎ己の顔を見る。酷い顔。ひし形の瞳孔は拡大されて、副交感神経の異常を訴えているわかってるよ俺が正気では無いことは。然し正気に戻るようパックリ割った左腕を見たディルックにこっぴどく怒られ、屋敷の刃物は全て隠された。だって、だっておかしくなる。痛みという正常で最もわかり易い生きる行為が薄い正気と分厚い狂気に挟まれた心を助けてくれるのに!
狂う狂う狂う!頬の痩けた狂人。
なんで、どうして、何が悪かった、生きているから悪い?悪いってなに。悪。アク。あく?
そうだ!悪があるから人が生まれてるんだ、皆悪をもっているから慈善活動に悦びを見いだせるんだ!じゃあ、じゃあ悦べない自分はなんだ?はぁ?
衝撃、鏡越しに赤い男と目が合う。顔を掴まれ逸らせない、逃げられない。
「ぁ、あ っ ごめんなさ、ごめんなさい」
「僕はまだ何も言ってないよ。また、僕に怒られるようなこと考えてたの?」
「ちがっ、ぁあ゛あ゛ごめんなさい」
ふぅん。興味のない声色。掻き立てられる罪悪感。不健全な思考をする度に与えられたお仕置に躾られた心が体を凍らせる。おいおい、凍らせるのは俺の専売特許じゃなかったのかよ。
「何に対して謝っているんだ?」
質疑。応答しなければ、アレはもう嫌なので必死に言葉をかき集めて言い訳の構築を試みる。
鏡に映った赤い男が動く、俺の耳元に口が触れる。なに、なに、やめて。
嫌なのに掴まれた顔は動かない、唯一自由を与えられた口はひっひっと可笑しな呼吸音を鳴らしている。はやく、はやく謝らなきゃ。
くちっ
鼓膜に響く水音。
「ぁっ ああぁあああ゛!」
悲鳴。ただ耳を舐められているだけなのにガイアの頭はその程度の情報量すら処理することが出来ずに体を強ばらせる。
「っひ、あ゛やっやめ ぁア」
ボロボロと眦から溢れ出す液体。まだ流すことが出来たらしい、巫山戯るな。
「んぅそれで、何を考えてたの。言わないと終わらないよ。」
なに?なに?なんていったの。わからない。音の羅列を聞いている間に取り戻した僅かな休息は直ぐに終わってしまい、再開される罰。
「ぁぁぁああああ゛あ゛あ゛...」
今にして思えば、これは精神チェックだったのだろう。俺が2つの物事を処理出来ないのはオカシイし、拘束も対していていないにも関わらず動けないのもオカシイ。あはは。
「ぁごめんなさい、ごめんなっさい」
「…はぁ。すっかり謝り癖が染み付いちゃったね。」
「んぶっ」
湿った布で顔を拭われる。タオルを濡らす音も、顔から手が離れるのにも気が付かなかった。
ゴシゴシと荒っぽく拭われても、染み出す涙。直ぐに拭われる。止め方を忘れた涙腺。
暫く繰り返した後目にタオルを乗せられた儘抱き上げられる。
膝裏に腕を回し座らせ、俺の頭を肩に固定する。体重が落ちたとはいえ187cmある大男を片腕で。ふぅーん……まだ闇夜の英雄(笑)続けてるのかな。まぁ続けてるよな、もうきっと手伝わせてもらえないんだろうな。元々俺なんて必要なかったしな。
すっかり肉の落ちた己の手を見てバカになった自律神経が視界を滲ませる。死にたい……。
情報を流すことも、戦闘の手助けをすることも出来なくて、ただコイツの手を煩わせて足でまといになっている有様。
「なぁ…その辺に捨てでくれたら勝手にくたばるからさぁ、絶対迷惑かげないから……追い出しでくれよ…。」
鼻をすする。泣きたいのはディルックの方なのに。
ここに居るとまた、拾ってもらえるんじゃないかと勝手に期待する愚かな脳も殺してどこか遠くで死ぬから。お願い。お願い。
「迷惑なんかじゃないよ、君は僕の弟だ。ずっとここに居ていい。弟が嫌なら結婚しようとそう言っただろ。」
違う、俺が嫌なのはお前と居ることなんだよ。
繰り返した逃走をその数だけ阻んで、与えられた罰に心は屈しておりもう自分じゃこの館の出口に近寄れないんだ。どこを見渡しても目に映る赤い小瓶。掻き立てられる神経。
風切羽を失った孔雀がどんな結末を辿るか傲慢なお前は知らないんだろうさ。
トントントン
階段を降りる音、振れる体に思考を止められると男女の会話が耳に入ってくるのに気がつく。
アデリンと、誰だ?あ、仕立て屋の老爺か。
玄関ホールで会話をしているようで、顔を傾けると2人の様子が見れ手には色違いのブートニアを2つ持っている。
花の形は昔みた同僚の結婚式で付けていたものとは随分と違っており、人生で1度しか使うことがないであろうことに熱意が凄いなと素直に思う。
図書館にいる魔女が見たのなら花の種類を当てられたのだろうな、彼女の知識量は歩く図書館とまで言われていたのだから。
「あっ旦那様にガイア様!どうぞ此方にお座り下さい。」
ニコリ。彼女はとても嬉しそうに手を合わせる。狂っている。
主人が主人ならそのメイドもメイドだ、ありえないだろ長年連れ添った名家の主人が弟と呼ぶものと結婚するのを嬉々として見守るなんて。
みんなみんな、なにもかも狂っているんだ
お前も、俺も!
思わず顔が歪む。そんなこと気にもとめずにお茶を入れ直しにいくメイド長は流石と言わざるおえない、30年近く務めててもああはなりやしない。
バスン
沢山の服に囲まれた上質なソファに落とされる
「うおっ」
うーん赤いな、このソファも赤い。この屋敷の家具は赤で統一されている。
趣味が悪いのはそっちだろ。
「そっち詰めろ。」
赤い男が言う。うるせぇな。
ディルックが右端に座ったので、左端まで移動する間に2人くらい座れそうだ