蘇生師たちに捧ぐ祈り
「今日は三人が限度か」
赤い炎をふっと吐き出して、男は呟いた。
「ん、私は二人だった」
「オウ」
大きく伸びをして、凝った肩をほぐす女に、お疲れ、とでもいうかのように男は手をひらひらと振ると、地面にどっかりと胡座をかいた。
手慣れた手つきで小瓶を取り出し、口から吐いた炎を詰めていく。
目を瞑り意識を集中して、燃やした命を削り取って。
この瓶一つ一つが、死者を蘇らせるエネルギー源となる。
人類が子孫を残せなくなって久しく、人々は死者を生き返らせることで人口を保っている。
人の心は命そのものであり、心が弱れば簡単に死に至る。その代わり、心を燃やし、具現化し、命のカケラとして扱うこともできる。
そんな世界の片隅に、心を燃やし、命のカケラを作り出して、死者を蘇らせるために日夜活動する蘇生師達がいた。
「レーナ、オメェ大丈夫か。顔色悪いぞ」
ぶっきらぼうに、しかし気遣いの篭った調子で男がぼそぼそと語りかけると、女は苦笑した。
「無理して倒れても仕方ないから言うけど、最近きついね。やっぱり」
「休むか」
当たり前のように言われた返事。それが、簡単に言える言葉ではないことをレーナは知っている。
彼女が休めばそれだけ、男の負担が増えるのだから。
「いや、大丈夫。むしろ私よりゼンの方が無理してるんじゃないの」
「ここのところ死ぬやつが多いからなあ」
世界はより残酷に、人々はより孤独に。この世界は谷底へ向けて、螺旋階段をゆっくりと、確実に降りている。
「本当は死ぬ前に助けてあげられるのが一番いいんだけどね。その方がエネルギー効率もいいし」
「ああ」
だけど、とレーナは思う。死に至る人は、助けてとは言わないのだ。助ける必要がある人ほど、影に隠れて出てこない。
それに、死んだ人を生き返らせても、根本的に環境を変えなければ、またすぐに死んでしまうこともある。
時間と労力を割かなければ人は救えず、一人に拘っていれば、その間にも死者は増える。
「気をつけろよ。噂じゃ、西区の蘇生師はこないだ死んだらしいぜ」
「うそっ、蘇生師が!?」
人を生き返らせる能力を持っている者は、それだけ強い精神力を持っている。
何より、蘇生師にとっては、人々に頼られることが心の拠り所にもなる。
疲れ果てる時はあっても、余程のことがなければ死なないはずなのに、とレーナは眉を寄せた。
「西区は今蘇生師が居ないってこと?」
「そうなるな。明日様子を見に行ってみるか?」
「うん、何があったのかはわからないけど。生き返らせられるならそうしてあげたいし」
「仕方ねェさ、他に手もない。明日は朝から出るぞ。今日はもう寝ろ」
男の握りしめた小瓶の中に揺らぐ炎が、灰色の壁に暗い影を作っている。見るともなしにそれを見ながら、レーナは静かに身を横たえた。
早朝、ガス灯の照らす道を、大小のシルエットが進んでいく。
西区の薄汚れた治療院には、がらんとした待合の中、かつて蘇生師だったものらしき死体が転がっていた。その体は黒い靄に覆われている。
「こりゃあひでぇな。瓶3本は必要だぞ」
瓶を取り出し、炎を注ぎ靄を濯ぐ。黒い靄が晴れると、そこには美しい女がいた。
女の頬には赤みが差し、ゆっくりと起き上がる。
ここからが蘇生師の本領発揮だ。あくまでも心を燃やし生命エネルギーである炎を与えるのは、蘇生における最初の最初の段階。
その後こそが重要なのである。
「で、何があったんだ? ネェちゃんよ」
どっかりと床に胡座をかいたゼンが尋ねる。
「別に、ただ蘇生した相手にどうして生き返らせたんだって責められただけよ。こんな世界で生き残っても苦しいだけなのに、苦しみを与えるのがお前の仕事なのか、ってね。蘇生師の癖に情けない話だけど、あたしはたったそれだけで死んでしまった」
「たったそれだけ、なんてものでもないと思うよ」
レーナは思わず口を挟む。
「私たち蘇生師は、誰かのため、で生きている。自分以外の誰かのため、は強くて弱い。どんな悲劇だって、どんな悲しみだって誰かの幸せのためなら乗り越えられるけれど、それが無意味になってしまえば私たちはあっという間に虚無に堕ちてしまう」
レーナだって、同じ苦しみを味わったことは一度や二度ではないのだ。
「だから、見知らぬ誰かのため、自分のため、仲間のための全部が必要なんだよ」
ふぅ、と口から橙色の炎を吐き出し、ゼンはわずかに残っていた黒い靄を祓った。
「なぁ、あんたさえよけりゃぁ俺たちの仲間にならないか。俺たちも少しばかり疲れていてな、人手が増えるんならありがたい」
感謝が、人の心を救うなら。ゼンとレーナはその感謝をこの女に溢れんばかりに与えることができるだろう。実際問題、二人だって疲れているのは本当なのだから。
「仲間……仲間かぁ。悪くない響きね」
先の見えない世界を生きるより、死を望むものは多い。
大昔の言葉に、お互いの方を向いているより同じ未来を見て並び立てるパートナーが望ましいなんて言葉があったという。
けれど、この未来のない閉塞した世界にそんな言葉は必要ない。
先なんて別に見る必要はないのだ。向かい合った仲間の顔さえ笑っていれば。