第一話 家族の夕食
この世界に転生して早くも9年、俺は魔法学の勉強をしていた。
「ふぅ」
長々しい『施錠解除』の魔法式の転写と暗記を終えた俺は一息つく、ふと魔導式時計の時間を確認すると夕刻だった。つまり、魔法学の勉強を開始してから地球の方の時間では1時間程度経ったということだ。(道理で少し疲れているわけだな。)と思いつつ少しぼんやりとしているとドアがノックされ開く。開けられた部分から少し青の混ざっさ白色の髪が覗く。
「お兄ちゃん。お母さんがご飯できたってさ。早く食べよう?」
「もうそんな時間か。じゃあ、一緒に行こうか。」
ドアを開けたのは弟のルクスだった。ルクスはニコニコと微笑みながら夕食の時間であることを知らせる。その言葉に頷き、立ち上がってルクスのいるドアの方へと歩いていく。
「今日の夕飯はシチューだってさ!楽しみ!」
「それは、楽しみだな。」
廊下を歩きながら俺とルクスは少し言葉を交わす。また、シチューは俺と弟の好物だ。
「パンはついてるのか?」
「うんとね、わからないけど、机の上に載ってるのは見たよ。」
少し、くだらない。けれど平穏なこの時間が俺にとっては何よりもおもしろい。
「あら、ルクス、ウィルを連れてきてくれたのね。」
「うん、呼んできたよ。」
そうこうしている間にダイニング到着した。母さんはちょうどシチューを皿に盛っているところだった。
「あっ、母さん、手伝うよ。」
「待って!僕も」
俺はこの場にいる以上手伝うべきだと思い、手伝いを買って出る。ルクスもほぼ同時に買って出る。
「ありがとう。助かるわ。じゃあ、シチューを注いだお皿をテーブルに運んでくれる?」
「わかった」
母さんは俺とルクスによる手伝いを歓迎する。言われた通りに俺とルクスはとても熱い美味しそうなシチューが注がれた皿をテーブルに運ぶ。そうやってあらかた夕食準備が終わった時に魔法の研究が一段落したらしい父さんが顔を出してきた。
「おっ、夕食の時間か?」
「あなた、研究は終わったの?」
「ああ、終わったのではなくて一段落したんだ。」
父さんはダイニングの椅子に腰掛けながら質問に答える。そして、シチューの皿とパンの配膳の手伝いを終えた俺たちと家事を終えた母さんも椅子に腰掛ける。
「そろったことだし、食べましょうか。」
母さんがそう言うと俺たちはそれぞれ女神教における食前の祈りの言葉を述べ食べ始める。最初に全員が手を付けたのはパンだった、ルクスは口を大きく開けパンを頬張る。そして、俺と父さんと母さんはパンを千切って少しずつ口に運ぶ。
「そういえば、ウィル…」
「ん?」
「勉学の方はどうだ?」
「結構、いい感じ。」
「そうか、それはよかった。」
父さんはシチューを食べながら俺に対して勉学の方はどうかと聞いてくる。俺の答えを聞くと父さんは安心したようだった。
「ねえ、お父さん、お母さん、明日のお祭りも一緒に回れるの?」
ルクスは口に含んでいたシチューを飲み込み、期待に満ちた表情で今年の祭りも家族全員で回れるのかと父さんと母さんに対して聞く。それに対して父さんと母さんは少し暗い表情をしつつ口を開く。
「それなんだがな、申し訳ないんだが…」
「今年はお父さんもお母さんも王様からお祭りの運営を任されて忙しくてね。行けそうにないのよ。」
父さんと母さんは心の底から残念そうに答える。
「そっか、お仕事が忙しいなら仕方がないよね…大丈夫、我慢できるよ。」
ルクスはそう言うが目に見えて落ち込んでいる。
「そうか、じゃあ、今年は2人きりだな、ルゥ。2人で父さんと母さんの分も思いっきり楽しもう。それに、祭りが終わった後は全員で過ごせるだろうし…」
「えっ、うん、そうだね。」
俺は口に含んでいたパンの最後の欠片を飲み込み、ルクスを元気づけようと言葉をかける、少しは元気になったが、依然として顔には少し暗いところを残しつつ既にかなり量の減ったシチューを掬って口に運ぶ。
その後も、俺たちは会話をしながら夕食を食べ続け、全員が食べ終えたのは10分程経ってからだった。