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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

朝に紅顔あって世路に誇れども、ゆうべに白骨となって郊原に朽ちぬ(仮)

 むかしむかし、ある国にたいへん美しい王子様と地味な男爵家の娘がおりました。

 ふたりはある雪の日に出会い、まるで隣り合った雪玉と雪玉がくっついてしまうかのように結びつき、心と心が離れられなくなってしまいました。


 しかし、それは身分違いの恋。

 周囲は猛反発。


 けれど、王子はあきらめ切れず、頑なに意地を通し続けたため。結局、王と王妃が条件付きで折れるより他ありませんでした。

 その条件とは公爵家の娘を正妻とし迎え入れ、男爵家の娘を伯爵家の養子にして、身分差を埋め、一年間礼儀作法の特訓をした後に側室として結婚させるというものでした。


 ふたりは条件を飲み、結婚できると大喜び。しかし世間はそれほど甘くなかった。


 王子と公爵家の娘が結婚して間もなく、男爵家の娘は顔が崩れる奇病にかかった。


 王子は男爵家に出向き「娘さんに会わせてください。どんな姿になっても必ず結婚すると伝えてほしい」と必死に頼みました。

 しかし男爵は暗い顔で「娘が可哀想で会わせられない。お願いします娘を憐れむ気持ちがおありなら、婚約を破棄して、そっとしておいてください」と消え入りそうな声で言うばかり。


 王子はあきらめず、何日も男爵家に通った。しかし、娘は会うことを拒み、王子と出会った想い出の湖に身を投げた。


 王子は自分が娘を追い詰めてしまったと亡骸にすがりつき号泣しました。


 それからの王子はことあるごとに湖に通い「幽霊でもいいから会いたい、化けて祟ってもいいから出てきておくれ」「きっと結婚に反対する何者かが毒を盛ったに違いない。僕がもっとしっかりしていたらこんなことにはならなかったはずだ」と人目はばからず自分を責め泣き腫らしました。


 その様子を湖の妖精が、深い湖の底からじっと見つめていた。


 妖精は、亡くなった男爵家の娘の一途な恋心と、愛に生き愛に死ぬ決意に心を打たれ、娘の魂を冥府まで見送ったのでした。

 妖精は、王子のことをこころよく思わず、どうせ直ぐに飽きるだろうと、湖の底の雪解け水よりも冷めた視線で見つめ続けました。


 しかし、王子は娘のことをいつまでも忘れず。何年も湖に訪れ、謝罪の言葉と湖が塩っぱくなる程の涙をこぼし続けました。

 妖精はいつしか王子を可哀想に思うようになり、やがてその気持ちが恋に変わり、次訪れる日を指折り数え待つようになってしまいました。


 王子は日に日にやつれ、幽鬼(ゆうき)のような姿になり、それでも湖に通い、目玉が流れ出す程の涙を流し続けた。誰の目にも、王子があまり長くは生きられないことはあきらかでした。


 王子を憐れんだ湖の妖精は、危険を承知で冥府の王に面会を求めました。

 冥府の王には、気に入らない者を草花や化け物に変えてしまうという恐ろしい逸話があるにもかかわらず。


 妖精は、冥府の王に事情を話し、娘を一日だけでも地上に戻してほしいと頼みました。


 しかし冥府の王は、生ある者を憎み、浅はかな望みをあざ笑うのが性分。薄っぺらい覚悟を暴き、それに相応しい草花に変えてやろうと、妖精が飲めるはずもない条件を提示しました。

「お前が一番大切にしている、その背中の羽根をくれるのなら考えてやってもよい」冥府の王はニヤリと笑いました。


 妖精は、直ぐさま自分の羽根を背中から引きちぎり、痛みに堪えながら冥府の王に「お受け取りください」と差し出しました。


「なんてことをするんだ!!羽根など最初から欲しくもない、わかっていながらどうしてこんなバカげたことを…」

 冥府の王は頭を抱え、言葉を続けました。

「ええい!!答えずともよい、ただのひとり言だ。これでは()が道化のようではないか…」

 冥府の王は眉間を指で押さえながら思案し「羽根は返す。本人の了承の上でなら、お前の生がある内は自由に冥府の住人を連れ出してよい」と言い、取れた羽根に自らの魔力を込め妖精の背中に付けました。

 透明だった羽根は、底なしの奈落のような漆黒に変わり、金髪だった髪も、アクアマリンのような瞳も、新緑のような色のドレスも漆黒に変わりました。

「その色なら、冥府の者は誰も手出ししない、安心して出入りしろ。ついでにお前の血には毒や呪いを身体から追い出し持ち主に返す力と病や怪我を追い出す力を与えた。だからもう二度と余よの前に現れるな」そう言うと帰りを促す身振りをしました。


 妖精は王座から退出し、冥府を何日も彷徨い、果てなく広い冥府から奇跡的に男爵家の娘を捜しだしました。

 妖精はこれまでの事情を説明しました。しかし娘は崩れた顔を気にして地上に帰ることを渋りました。


 妖精は、湖のほとりに引き上げらればかりの崩れかけた土左衛門に王子がすがりつき大泣きしていたことを思い出しました。ですので今の姿なら全然大丈夫だと思いましたが、そこは乙女心を考慮して自らの手のひらに短剣を突き立て、妖精の生き血を娘に飲ませました。

 すると娘の顔面がもぞもぞと動き出し、娘は顔を押さえ悲鳴を上げ気を失いました。顔からはおびただしい数のムカデのような黒い影が這いずり出し、地上の主を目指して走り去りました。


 娘の顔は、骸骨がむき出しになりましたが、少しずつ肉が戻り、半時ばかりで元の素朴な顔に戻りました。

 妖精が手のひらに水を集め水鏡を作り、目を覚ました娘に見せると娘は安堵し、水鏡に映った顔がにっこりと笑いました。


 ふたりが湖に戻ると、王子は絶望のあまり夢遊病者のようにふらふらと動き、短剣を胸に突き刺す寸前でした。

 妖精は突風を起こし、短剣を吹き飛ばしました。

 そして娘が駆け寄り王子に抱きつくと、王子ははっと我に返り「長く悪い夢を見ていた。キミを失うはずなんてないのに…」と泣き出しました。


 しかしその声に妖精は無慈悲に答えました。

「残念だけど、その娘はもう亡くなっているわ。私が冥府の王から許可を得て地上に連れ出したの」

「君は?」王子は驚き顔を上げ、思わずそう訊ねた。


「私は、この湖の妖精。ふたりの愛を尊く感じ奇跡を起こした。でも奇跡は奇跡、短いからこそ価値がある。年に一度だけふたりを会わせてあげます。今日は日が暮れる前に帰りなさい」妖精はきびしくふたりに告げた。


「待ってください、奇跡には感謝します。ですがそれを見せておいて取り上げるなんてあまりにも酷くないですか? 妖精様、何でも差し上げます。ですのでどうか私から彼女を取り上げないで下さい」と王子は食い下がり懇願した。

 しかし妖精は言いました。

「私が奇跡を起こせたのは、あなたたちふたりにその価値があると信じたからです。それがただただ奇跡にすがるようではガッカリです。あなたは王族なのですから王族としての責務を果たしなさい。そして弱い者、不運に見舞われ嘆く者を助けなさい。もし、この国の滅びを望む怨嗟の声が大きくなり私が失望した時、奇跡はその輝きを失うでしょう」そう言うと妖精は姿を消した。


 王子はしばらく何やら考えてから妖精が消えた空間に向かい決意を述べました。

「いまの言葉を胸に刻み、生涯その意味について考えます。あなたが起こしてくれた奇跡を国民の皆が感謝するような、皆に慕われ尊敬される王を目指します。妖精様、どうかこの国を見守ってください」


 ひとときの逢瀬を楽しんだふたりは夕暮れ時に別れました。王子は帰り際に「キミをこんなさみしい場所に置いて行きたくない」とつい漏らしました。しかし娘は「妖精さんと湖で暮らすから心配しないで、来年を楽しみに待っている」と王子を見送りました。


 王子が去ると娘の隣に妖精が現れ、これでよかったのか訊ねました。

「死者と生者が一緒に暮らすのは無理があるもの。それにあの方には大事なお役目もある。待つのも恋、あの方の活躍を夢見、愛を育みながら一年待ちます」と娘は涙を浮かべ答えました。


 王子は、やがて王になった。国の舵取りは最初は空回りの連続で失敗ばかり続きます。

 しかし王は自分が無能な事を認め、出来る側近を登用し、人の話をよく聞くようになり、聞きすぎることもまた間違いだと知り、聡明な王になりました。


 そこで王は気づいたのです。王族としての務めを放棄して悲嘆に暮れていた自分がすんなり王になれたのは、今まで自分が無視し続けてきた正妻のお陰なのだと。正妻が社交界を切り回し、どれほど自分に献身してくれたことかと。


 王は王妃に謝罪しました。王妃は報われることがないと思っていた自分の献身に王が思いがけず応えたので泣き出してしまいました。

 そうしてふたりは本物の夫婦になり、たくさんの子供をもうけました。


 王と王妃と側近達の活躍によって、国はめざましく発展し、誰もが暮らしたがる平和で穏やかな国になりました。

 国民は妖精に感謝して、女の子が黒い羽根を背中に飾る祭りをするようになりました。


 誰の愛も尊いことに気づくこと、それが本当の奇跡。妖精も男爵の娘も多くの人が奇跡を起こすことを湖で願い続けました。おしまい

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