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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
1章
8/189

1-6

 次の日。

 朝早く起きて、朝食をとった後、山小屋へ向かう。

「これを、持って行きなさい」

 旦那さんがそう言って、使い込まれた古い山刀を渡してくれた。

「爺さんが使ってたものだ。何かの役に立てばいいんだが」

 私が今まで持っていた短剣は雑貨屋で買った長い木の棒に括り付けて、簡易的な槍にしてしまっているので、予備の武器としてこれは有難い。

 剝き身のまま渡されたので、腰の短剣の鞘に入れる。

 形が違うので、うまく入らないが、無理矢理入れる。

「ありがとうございます」

 そう言って、私は歩き出した。


 周囲を警戒しながらゆっくりと山道を進んだが、山小屋に着くまでモンスターの襲撃は無かった。

 それでも、森の奥に入っていくほど、遠くからこちらを監視しているような気配が濃くなる。

 モンスターと言っているが、ほぼ野生の熊と同じようなものなのだろう。

 昨日、私が山を下りるときに襲ってこなかったのは、自分の縄張りから出て行くものはあえて追ってはこない慎重さが有るからだろう。

 だが、私は戻ってきた。

 これで完全に相手はこちらを敵と認識したはずだ。

 それでもまだ襲ってこず、こちらを警戒している。

 こちらから見える所には居ないが、匂いや気配などでこちらの様子をうかがっているのは確かだろう。

 襲ってくるときは、確実に私を倒せると確信を持った時だけだ。

 だが、その時間が、こちらが準備する時間にもなる。

 野生の熊が相手なら、素手では人間はほぼ勝てない。でも人間には道具と知恵がある。それとこの世界には魔法も。


 準備が終わると、私は小屋から少し離れた、開けた場所に陣取った。

 片手に槍を持ち、静かに待ち構える。

 短剣の柄の部分をロープで木の棒に括り付けただけの簡易的な槍だが、木工スキルで木の棒に溝を掘りロープがずれない様に工夫してある。

 弓矢も持ってきたが、今は背負わず、足元に置いてある。

 少しして、後ろからガサガサと藪を掻き分ける音が近づいてきた。

 余裕があるのか、それとも慎重なのか、スピードはそんなに速くない。

 私も、ゆっくりと振り向く。

 そこに居たのは黒い毛並みの熊だった。

 見た感じ本当にタダの熊のように見える。

 体高は先日取った鹿ほどだが、横幅は倍ほどもあり、みっしりと筋肉質で、その前足で殴られたら私なんてひとたまりも無いだろうと思われた。

 森の茂みと少し開けた草地との境界くらいで、立ち止まりこちらをうかがっている。

 だが、その目は何の迷いもなく完全に覚悟完了している目だ。

 多分、私も同じ目をしていたと思う。

 ごふっ!

 一声唸り、そいつは駆け出した。

 さっきまでとは違い、完全に全速力だ。

 

 さて、器用さ:レベル5による、各スキルに対するプラス補正は、戦闘に関するものには付与されない。

 それは狩猟スキルの中に含まれる弓や槍のスキルに対しても同じである。

 だが、一口に狩猟と言っても、直接弓や槍で獲物を狩るだけではない。

 獣の通り道に罠を仕掛けて、待ち伏せるのも狩猟である。

 そして、罠の作成、設置は直接戦闘ではないので、器用さの適用を受けることが出来る。

 春日部天呼の狩猟スキルはレベル5から6に成っており、罠に関してだけは+2の補正を受け、合計で8に成っている。

 レベル10が最大とすれば、8は既にかなりの上級者と言っていいだろう。


 駆け出した熊は、しかし突然、足を取られて地面に転んだ。

 踏むとロープが足に締まる罠だ。

 相手が来るであろう場所に、幾つか枯葉でカモフラージュして目立たないように設置しておいた。

 熊の後ろ足に、しっかりかかっている。

「よし!」

 ロープの反対側は近くの木に結んである。

 しかし、ロープは元の世界の金属ワイヤーなんかじゃなく、この世界の雑貨屋で買った植物繊維を編んだものなので、熊相手ではすぐに嚙み切られてしまうだろう。

 その暇を与えなかったとしても、結んだ木を中心にある程度自由に動くこともできる。

 それはつまり、こちらの攻撃をかわしたり、反撃もできるという事だ。

「だから、こうする!水球魔法ウォーターボール!」

 生活魔法:レベル3で、攻撃魔法:レベル1相当が使える。 

 洗面器一杯分くらいの水の球を空中に作り出し、相手にぶつける魔法だ。

 どうせなら火魔法の方がいいと思うかもしれないが、レベル1では人間相手でも軽い火傷を負わせる程度の威力しかない。

 ましてや、分厚い毛皮を持つ相手では、ほとんどダメージなんか無いだろう。

 もちろん、水魔法でも、洗面器の水を顔にぶっかけられたくらいにしかならない。

 でも、これは牽制。

 続けて、

地縛魔法アースバインド!」

 相手の足元の地面を操り、絡みつかせて、拘束する土魔法だ。

 水魔法で周囲の地面を濡らしたことにより土が柔らかくなり、操りやすくなる。

 昨日、何度もこのコンボを練習してきた。

 おかげで、熊の前足をうまく拘束できた。

 罠で後ろ足一本、土魔法で前足二本を拘束しているので、これでもう自由に動くことは出来ない。

 それでも、低レベルの魔法と弱い素材の罠だから、時間が有ればすぐに抜け出すだろう。

 動けない間にトドメを刺す。

 私は、慎重にそれでいて素早く熊の横側に回り込んだ。

 大きな獲物を相手にするときは、真正面から挑んではいけない。

 卑怯なんかじゃない。

 自分の持つ体力も知恵も全てを使って、獲物を狩る。

 それが狩猟スキルで得た知識だ。

「やあ!」

 槍を相手の脇腹に突き刺す。

 穂先の短剣が毛皮を突き破り、肉に喰い込む感触が両手に伝わってきた。

 一瞬気持ち悪いと思ったが、力は緩めない。

 これまで二匹も獲物を仕留めて解体までしているから今更だし、何より自分の命が掛かっている。

 グゥオォ!!

 痛みに熊が叫び、体を捩る。

 火事場の馬鹿力が出たのだろう、土魔法で拘束していた前足がくびきから解かれた。

 遮二無二振り回した爪が槍の柄を叩いた。

 結構丈夫な木だったのに、へし折れて吹っ飛ばされる。

 突き刺さっていた穂先の短剣も抜け落ちた。

 私はとっさに手を放していたので手が痺れることもなく無傷だ。

 いったん距離を取り、予備の武器である山刀を抜いた。

 熊が再び襲い掛かってくるが、私の手前でつんのめって転ぶ。

 前足の拘束は解けたが、まだ後ろ足のロープはほどけてはいないからだ。

 お互い、睨みあう。

 槍はかなり深く刺さったと思ったのだが、その一撃で倒せないとなると、二回目の攻撃をしなければいけない。

 それも間合いの短い山刀では、反撃にあう可能性が高い。

 もう一度、地縛魔法を使って、弓矢で攻撃するか?

 そう考えていると、今まで低いうなり声をあげていた熊の息が次第に荒くなってきた。

 そのうち、地面にへたり込む。

「ようやく、効いてきた」 


 毒術師:レベル1は弱い毒の対処と、毒草の判別が出来る。

 毒草とそれ以外の判別は出来るが、毒の種類、強弱は分からない。

 野草採取と組み合わせることにより、毒抜きすれば食べられる野草は分かるが、食用でない物の毒性は不明なままだ。

 傷口から入ったら死に至るもの、肌に触れたらかぶれるだけのもの、食べたら下痢になるもの、どれかは分からない。

 なので、天呼は昨日の内に村の周りの目に付く毒草を全種類集め、混ぜてすり潰したものを槍の穂先に塗り付けておいたのだ。

 毒の種類は分からないが、どれかは効くだろうという判断だ。


 やがて、熊は目を閉じ、動かなくなった。

 槍で刺したところから流れ出た血が、地面に血だまりを作っていた。

「やったか?」

 それでも、私はまだ油断しない。 

 地縛魔法をもう一度かけ、ゆっくりと弓矢を置いておいた場所まで戻り、拾い上げる。

 慎重に狙いを定め、動かなくなった熊を射る。

 ドスッと言う音が響き、熊の身体に矢が突き刺さる。

 槍を突き立てた時は無我夢中で音など気にしていなかったが、冷静になると、静かな森の中にその音が大きく響き渡る気がする。

 熊はピクリとも動かなかった。

 もちろん矢尻にも毒を塗ってある。

 私は、念のためもう二本打ち込んで動かないことを確認し、近寄って、首の動脈を山刀で切った。

 地面に落ちていた槍の穂先にしていた短剣を拾う。

 血まみれの刃物を二本、両手に持って近くの木の根元に座り込んだ。

 ようやく緊張の糸が切れて、大きく息を吐いた。

「勝った・・・」

 狩猟スキルだけでは勝てなかっただろう。

 他の小さなスキルを幾つも使って、その全部で勝てた。 

 

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― 新着の感想 ―
Lv1の拘束魔法さすがに強過ぎw 世の強盗や盗賊やりたい放題じゃん どんな強い奴でも熊よりも力強いはないでしょうし、蹴たぐり倒してアースバインドするだけの簡単なお仕事ですね
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