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三日目。
今日は狩りには行かないことにした。
リュックに解体した鹿のもも肉を一本詰め込んで、山小屋を出る。
お金も全部ではないが一部だけ持って、山を下る方に進む。
やっぱり、ちゃんとした生活をしようと思ったら、買い物をしないとダメそうだ。
色々器用に出来るスキルは取ったが、生活必需品全部を一人で作れるわけではない。
木工も金属加工も低レベルだから、簡単な物はともかく、実用に耐えるものは難しい。
時間をかけて練習すれば、レベルアップもするだろうが、そうすると狩りの時間が無くなる。
やっぱり分業って大事。
お金を使うことで時間を節約して、その時間を自分の得意なことに充てて、お金を稼ぐ。
トータルで見るとその方がお得なんだ。
そういう観点で見ると、スキル極振りも悪い選択ではなかったのかもしれない。
そんな訳で、鹿肉が売れるかどうかも確かめないといけないので、それも持っていく。
革はまだ鞣しが終わっていないので、後日にする。
肉も燻製とかにした方がいいのだろうけど、その暇は無いので、今は生で持っていく。
「問題はどれくらいで人里まで行けるかなんだけど」
途中で野営しなければいけないことも考えて、鍋も背負っている。
もしもの為に短剣は持ったが、弓矢は置いて来た。
少し歩いたところで、ふと、何かの視線を感じた。ような気がした。
「?」
後ろを振り返るが、誰もいない。
「気のせいかな?」
呟いて、また歩き出した。
割と早く、体感で3時間くらいで森を抜けた。
お昼にもまだ早い。
視界が開け、けもの道のような細い道から、ある程度踏み固められた道になり、その先に畑らしき土地と幾つかの民家が見えてきた。
畑の中で数人の人影が、農作業しているのが見える。
春先だからか、何かの苗を植えているようだ。
「あ、あー、あの、こんにちは」
コミュ障だから、初対面の人と話すのは緊張するが、意を決して第一村人に声を掛ける。
「おや、こんにちは。見ない顔だね、どこから来たんだい?」
夫婦らしい男女のうち、奥さんの方が返事をした。
どうやら、『神様?』が脳内にインストールしてくれたこの世界の言葉はちゃんと通じるようだ。
夫婦の他に、兄と妹らしい子供がいる。
農作業を手伝っていると言うより、まだ小さい妹が仕事の邪魔をしないように兄が構ってやっている感じだ。
「え、えーと、ちょっと遠くの方から来て、この先の使っていない山小屋に居ました」
来た道を指して、そう答える。
コミュ障だから、何を聞かれたらどう答えようとか、あらかじめ考えておいた答えだ。
だが何故か、夫婦は驚いた顔をする。
「この先のって、死んだうちの爺さんが使ってた猟師小屋かい!?」
旦那さんの方が、聞いてくる。
「は、はい。たぶんそうです。ええと、やっぱり勝手に使っちゃだめですか?」
「いや、誰も使ってないから、良いんだが・・・」
「そうですか、使っても良かったですか。あっ、そうだ、良かったらこれ小屋の使用料代わりにどうぞ・・・」
そう言って、リュックに詰め込んで持ってきた鹿のもも肉を差し出す。
売れるなら売ろうと思っていたものだが、小屋の使用料としてなら勿体なくはない。
「やった、肉だ。今夜はごちそうだ!」
子供の兄の方が喜んだ声を挙げる。
しかし、母親がそれをたしなめた。
「二年くらい放っておいた小屋だから、別にタダで良いんだけど、それよりあんた大丈夫だったかい?」
私を見て、心配そうな顔をする。
「え?どういうことですか?」
「それがね、あそこの森にはモンスターが出るのよ」
そう言われて、今朝小屋を出るときに感じた何者かの視線を思い出した。
背筋に冷たいものが走る。
そうだ、モンスターだ。
あまりにも普通の世界だったから気にもしていなかったけど、この世界、魔法が有るんだから、モンスターとかが居ても可笑しくない。
ご夫婦が口々に話したことをまとめると、二年前の冬、農閑期に旦那さんのお父さんが一人で山小屋に泊まり込んで狩りをしていたら、何者かに襲われて血まみれで山から下りてきたそうだ。
傷は深かったらしく、その日の内に亡くなったという。
それ以来、山菜取りで森の奥に入った人が、大きなクマのようなモンスターを見かけるようになり、中にはケガを負わされた人もいて、誰も森に入らなくなったそうだ。
「悪いことは言わないよ、あんな所に住むのは止めな。何か有って遠くから流れて来たんだろうけど、こんな田舎より街に行けばもう少しまともな所があるよ」
奥さんが、本当に心配そうに忠告してくれる。
「分かりました、ちょっと考えます」
私はそう曖昧な返事をした。
とりあえず村で買い物が出来る所がないか教えてもらった。
「それと、村には宿屋なんてないからね、今夜泊るところがないなら家に来な。あそこの家だよ」
別れ際にそう言ってくれた。
親切な人だ。世話焼きおばちゃんって感じだ。
教えてもらった村の雑貨屋の方に向かって歩きながら、私は慎重に考えた。
あの山小屋の近辺にモンスターが出ること、それにより死者が一名、怪我人数名が出ていること。
でも、モンスターという割に死者は一人だけで、それも最終的には死亡したとはいえ、なんとか村までは逃げて来れている。
そんなに強いモンスターじゃないんじゃないのか?
そう考えると、あの山小屋を放棄するのは勿体ない。
もちろん、目先の損得で自分の命を危険にさらすのは良くないが、狩猟スキルをメインにした自分が街で暮らすのには無理がある。
狩りが出来る他の森を探すにしても、そこに丁度いい無人の小屋なんて無いだろうし、条件が良い所は既に別の猟師さんが縄張りにしているだろう。
使える山小屋が有って、お気の毒だが先約者が居なくなってしまったあの狩場の森はすごく貴重だ。
まるで、自分に用意されたもののようだ。
この世界に来た最初の頃にモンスターが襲ってこなかったのは、多分野生動物のように縄張りを何日かかけて巡回する習性があって、ちょうど遠くに行っている時期に私があの場所に来たからだと思う。
そう、なんだかんだ言って『神様?』がくれたスキルはこれまで役に立っている。
『神様?』は狙って私をここに送り込んだのでは?そう思うと、
「何とかなるんじゃないか?」
そんな気になってくる。
「いや、この世界そんなに甘くないから、楽観的すぎるのもダメだ。ちゃんと準備しないと・・・」
ぶつぶつ言いながら、村の中の道を歩いていく。
雑貨屋に着いたら、塩の補充分となんかよく分からない調味料の瓶、小麦粉と食器なんかを買い込んだ。
あと、ロープと長い木の棒。
棒は農具の柄にする用の物らしいが、そこらへんに落ちている木の枝とは違って、ちゃんと乾燥させてあって、丈夫なものだ。
それと、鹿肉を買い取ってくれるか聞いたら、買ってもいいそうだ。
でも、今回は売らないでおく。
店を出て、さっきの親子の家へ向かう。
「やっぱり、今夜一晩泊めてください。これ宿代替わりです」
鹿肉を差し出して、そう言った。
この時、既に私はこの先のビジョンを決めていた。