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まあ、ともかく、山小屋から下の方に降りて行く道は見つけた。
問題は人里に着くまでどれくらい時間がかかるかだ。
日が暮れるまでに着かなければ、今日のご飯は無しという事になる。
そういう賭けに出るよりも、この場で食料を確保した方が良いだろう。
と言うわけで、やはりこの貰ったスキルが使用できるか確かめるべきだろう。
一番ポイントを消費して取得したスキル『狩猟:5』が生命線だ。
冒険者(モンスターとかとの戦闘)を職業にしないと決めたら、これがベストだろう。
農業関連はまず土地がないといけないし、私はコミュ障だから、職人や料理人みたいな人に雇われるか、個人経営だとしても人と関わらなければいけない職は向いてないだろう。
なので、狩猟とそれに関連する解体と革細工を取ったのだ。
「まずは、弓の練習!」
持っていた弓に矢をつがえ、近くの木を狙ってみる。
小さめの弓だが、引くには結構な力がいる。
たぶん前の自分の腕力では無理だったろうけど、この身体では難なく引けた。
ひゅんっ!
弓道とかやったことないけど、放った矢は狙った木にちゃんと突き刺さった。
「おお、これは使える!」
当たった木に近寄り、矢の刺さり具合を見ると、それなりに深く刺さっていた。
矢を引っこ抜いて回収する。
今のところ10本しかないから、大事に使わないと。
もちろん無くなった時のことを考えて、矢を追加で作成するために木工と金属加工のスキルも取っている。
「練習よし、そんじゃ早速狩りに行ってみましょう」
鍋とリュックの中の今は使わない道具類を小屋の中に置いて、森の中に入っていく。
狩猟の知識を参照してみると、頭の中の神様が『この辺だと鹿や兎、鴨とかが狙い目カモね』と教えてくれた。
くそ寒いギャグは無視だ。
しばらく森の中を進むが、なかなか獲物とは出会えない。
狩猟スキルで、なるべく足音や草(下生え)を揺らす音も立てずに歩けているはずなのだが。
「そうだ、ただ歩くだけじゃ勿体ないから、野草採取のスキルも使ってみよう」
この時期だと、木の実とかは実ってないだろうし、キノコもまだ早いだろう。
春先の山菜が取れるといいな。
「ええと、ただ周りを見ただけじゃ分かんないな。こうかな?スキル・オン!」
そう口にすると、例の視界に被さった情報が表示される。
「う、見辛い」
食べられる野草が青、薬草が黄色、毒草が赤の矢印が付いて表示される。
視界にいっぱい矢印が表示されるので、なんていうか気持ち悪い。
「い、いや、違う。これ貧血だ」
結局、ゲームシステム的なもので表示されている訳じゃなくて、自分の頭で判別してやってる訳だから対象が多くなるとその分、脳に負荷がかかるんだ。
「スキル・オフ!」
矢印が消えた。
何かの漫画かアニメでこういうの見たから、やってみようとしたんだけど、あれを自分の脳ミソでやろうとするのはさすがに無理がある。
個別に一つ一つ見るなら何とかなるかな?
近くの草を見てみる。
『アサツキ:食用可、ネギのような風味がある。滋養強壮、解熱の作用がある。薬草としても使用可』
と表示された。
別の同じような草を見ると、ただ『アサツキ』とだけ頭の中に浮かんだ。
最初に確認した時だけ情報が表示されて、一度理解すれば次からは無駄に表示されることはないように出来るらしい。
なんとなく、スキルの使い方が理解出来てきた。
割とフレキシブルに使えるようだ。
他の草も見てみるが、他には食用の表示は出ない。
アサツキだけが食用と薬草の表示が出て、他は何の表示もないか、毒草の表示になっている。
「うーん、一種類だけでもあるのは有難いけど、食べられるが草がこれだけってのは・・・」
それなりの群生になっているので、2・3日なら食べられるけど、その先を考えると不安だ。
「このワラビみたいなの食べられないんだろうか?」
近くに生えていた別の草を手に取ってみる。
見ると毒草の表示が出ている。
『ワラビ:毒草、生のまま食べると食中毒をおこす』
「え?そのままワラビなの?でも、ワラビなら食べられるんじゃ?」
そう思ったら、『木灰と熱湯をかけることにより、毒性を中和することが出来る(毒術:1)』と、追加で表示された。
ああ、そう言えば、以前のゴールデンウィークに帰省した時、田舎のおばあちゃんがやってたっけ、取ってきたワラビを食べる前になんかしてたアレ、『灰汁抜き』だったっけ?
そうか、『毒術:1』のスキルってこれか、毒草の判別と弱い毒に対する対処方法が分かるってのがスキルの効果だ。
毒術って言うくらいだから、相手に毒を盛るスキルだと思ってたけど、毒抜きとか解毒もその範疇なんだ。
レベル1だから、もっと強い毒の解毒とかは出来ないけど、山菜の灰汁抜きくらいは出来る。
脳内神様が言っていた、きっと役に立つってのはこのことか。
この分だとほかのスキルも無駄ではなさそうだ。
あと、この毒術って魔法みたいに何もしないでもキラキラのエフェクトが出てワラビの毒抜きをしてくれる訳ではないみたい。
その為の知識があるだけで、木灰と熱湯は自分で用意して、自分でやってね感じだ。
この世界が、現実世界とほぼ同じだというのが分かる。
ともかく、食べられる山菜が2種類になった。
「よし、採れるだけ採っていこう」
そう言って、しゃがみ込み、目に付くアサツキとワラビを採取していく。
おじいちゃんとおばあちゃんが住む田舎で、山菜取りをした記憶がよみがえる。
ワラビは地面から生えた少し上のところをつまんで捻ってあげると簡単にポキリと折れる。
アサツキは腰の短剣を抜いて、刈り取っていった。
しばらく続けていると、近くの茂みでガサリと音がした。
顔を上げると、一匹の兎が居た。
自分と同じように、ちょっとびっくりした顔でこちらを見ている。
探すと見つからなくて、そうでない時には簡単に出てくるって、世の中そんなもの?
それなりに距離があるからか、兎は逃げ出さずに居る。
私はそっと弓を構えた。
可愛らしい顔に少し罪悪感を覚えるが、それでも、私が生きる為!
放たれた矢が、狙い違わず命中する。
ピギッ!と悲鳴を上げて、兎は倒れた。
急いで駆け寄って確保する。
血を流して絶命している兎の姿にやはり罪悪感を覚えるが、それよりも強い達成感が沸き上がってきた。
この世界で生きている実感、そういった感覚だ。
思わず叫ぶ。
「捕ったぞー!!」
捕った兎と山菜で荷物がいっぱいなので、山菜はリュックに詰め、兎は片手に持って、山小屋まで戻ってきた。
兎の首に切れ目を入れて、後ろ足を持って歩いてきたので、血抜きは終わっている。
小屋の近くに小川があったので、そこで兎の解体を始める。
木々の枝葉の隙間から見える太陽は一番高かったところから少し下ったように見える。
お昼ご飯はお預けになったみたいだが、日が暮れるまでには解体が終わって、夕食には間に合いそうだ。
首を落とし、内臓を取り出し、皮を剥ぐ。
血生臭い作業だが、解体スキル(脳内神様のアドバイス)に従って、兎の解体は順調に進んだ。
使った刃物は腰の短剣ではなく、リュックの中にあったもっと小振りのナイフだ。
大きな獲物は短剣で、小さいのはナイフで捌くのがいいみたい。
このナイフは料理用でもあるらしい。
貰えたアイテムはスキル一つに対して一つではなく、複数だったり、他のスキル用と兼用だったりするらしい。
無駄に荷物が増えないのは有難いな。
獲物が小さいので、一時間ほどで終わった。
毛皮は後で鞣して何かを作るか、そのまま素材として売るか。
肉は自分で食べる。
だいぶお腹が空いてきたので、夕食には早いけど、先に料理を始めよう。
解体の終わった兎の肉と皮を小屋に運び、頭と内臓は少し離れたところに埋める。
スコップとかは無いので、短剣で土を掘って埋めた。
短剣はちゃんと洗った。
最初に背負っていた鍋に、小川から水を汲んでくる。
金属製品は貴重なのか、小屋の中に鍋や包丁のような金目の物は元から無かったが、暖炉はあった。
暖を取る用だけではないらしく、炊事用に鍋を置ける穴があって、見ようによっては竈のようにも見える。
そこに水の入った鍋を置き、小屋の脇に積んであった薪を持ってきて暖炉の中に数本入れる。
そういえば、今日は遠足で、みんなでキャンプご飯作る予定だったな。
他のみんなはちゃんとご飯食べれてるだろうか?
少し心配になるけど、まあ、私みたいにどんくさいのでも、『神様?』から貰ったスキルが有ればなんとかなるんだから、みんなも多分大丈夫だろう。
「さて、火起こしだけど」
リュックの中にはマッチやライターはもちろん、火打石みたいな着火用のアイテムは無かった。
「という事は、ここはやっぱりアレだ」
そう、『魔法』だ。
脳内神様の説明によると、精神を集中して使いたい魔法のイメージをすると使えるらしい。
呪文みたいなものは必ずしも必要ではないらしいが、イメージを具現化しやすいように何でもいいから声に出すと、使いやすいそうだ。
魔法の元になるエネルギーは『魔素』といって、見えないけれど、自分の体内や大気中にあるらしい。
強力な魔法を使う場合、自分の周りにある魔素だけでは足りないので、たくさんの魔素が詰まった『魔石』がいるらしい。
私が取得した『生活魔法』程度ではそんな魔石なんかは要らないみたい。
「呪文は何でもいいんだよね。それじゃあ、『ファイア』!」
暖炉の中の薪に手をかざし、火をイメージして叫ぶと、そのイメージ通りの火が出た。
「うわっ、やった!」
人生初魔法の成功に喜ぶ。
しかし、火は一瞬出たものの、薪に火は付かなかった。
「ああ、そうだった、そうだった」
キャンプご飯の事前準備として薪の着火方法を数日前に調べてたんだ。
「確か、最初は細い枝とかから火をつけて、順番に大きくしていくんだったっけ」
何度か失敗してようやく薪がパチパチと燃え始めた。
火が安定したら、水の入った鍋にリュックの中にあった小袋の中の塩を入れる。
小屋の中には調味料らしきものも無かった。
次に、幾つかの部位に解体した兎の肉を投入し、中に熱が入るまでじっくり煮込む。
直火焼きの方が簡単かと思ったけど、料理スキルによると、均一に火を通すなら焼くより煮る方が簡単で確実だそうだ。
ジビエ(野生のお肉)で生焼けは怖いから、確かにこの方がいいな。
火が消えないように薪を追加しながら、ぼんやりと待つ。
骨ごと入れた肉が骨から簡単に外れるくらい柔らかくなったら、取ってきたアサツキを一掴み入れて、もうひと煮立ち。
「兎肉と山菜の塩スープ。完成!」
鍋が一つしかないからワラビの灰汁抜きは明日にする。
荷物の中に、お椀と大きめのスプーンが有ったので、スプーンで鍋からお椀によそった。
狭い小屋の粗末なテーブルの席に着く。
窓の外に目をやると、太陽はすでに山陰に沈むところ。夕日になっていた。
結局ちょうどいい時間になってしまった。
「いただきます」
食器がスプーンしかないから、行儀が悪いけれども半分手も使って食べる。
「あちっ、あちっ、でも美味しい!」
この世界に来てから初めての食事はすごく美味しかった。
血抜きがうまくいったのか、肉の臭みは少ない。
臭みは無いわけではないけど、逆にそれが肉を食べているという感じを与える。
シンプルな塩味だけと、アサツキの香りがいいアクセントになっている。
お昼ご飯を抜いているから、もう夢中になって食べた。
食事が終わる頃には、外はだいぶ暗くなってきた。
もちろん小屋には電気もないから、暖炉の残り火だけが部屋を照らしている。
お腹いっぱいになるまで食べたが、鍋の中身は半分以上残った。
残りは明日のご飯にしよう。
山小屋は雪国仕様なのだろう、玄関のところが二重になっているだけで、あとはほぼワンルームだ。
部屋の隅に干し草を敷き詰めたベッドがある。
「今日は疲れたから、もう寝ちゃおう」
ベッドに倒れこむ。
布団はないから、身に着けていたマントをかけて、あとは干し草の中に潜り込んだ。
これで一応寒くはない。
「明日は何しようかな」
天井を見上げて考えを巡らせる。
ワラビの灰汁抜き、兎の皮の鞣し、食料ももっと沢山取ってこなけれいけない。
やるべき事はいっぱい有る。
あとは塩だ。小袋にいっぱい入っていたけど、あれだけだと一週間くらいしかもたないだろう。
それと食器など。必要最低限の道具は『神様?』持たせてくれたけど、あくまで最小限だ。
追加でいろいろ必要になるから、そのうち人里に降りて、買ってこなければいけないだろう。
あれこれ考えるが、目を瞑ったらいつの間にか睡魔がやってきた。