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私はゆっくりと目を開いた。
そこは森の中だった。
季節は春。木々の新緑がまぶしい。
向こうの世界と同じ5月初旬くらいだろうか?
『神様?』が言っていたように、向こうより涼しい気候なのだろう、渡っていく風が冷たい。
ここには私一人しかいない。
まずは現状確認。
周りを見回してみると、背後に山小屋のような建物があった。
人の気配はなく、誰も住んでいないようだが、まだ朽ち果ててはいない。
2・3年くらい前に、放棄された様に見える。
「これ、勝手に住んじゃっていいのかな?」
近寄って、鍵の掛かっていない扉を開けて中を見てみる。
そこで、ふと違和感に気付いた。
「あれ、あたし眼鏡してない」
手を顔に当てるが、中3の頃から視力が低下して掛けていた眼鏡がない。
それなのに、昔のようにちゃんと見えている。
なるほど、これが『神様?』の言っていた、病気・障害を取り除いてってことか。
高校に入って、陰キャのジミ眼鏡っていう立ち位置を確立し始めてたのに、これじゃただのジミに成っちゃうな。
あと、治療中だった虫歯も無くなっている。
嬉しいことだけど、少し気味が悪い。
今までの自分の身体はすでに無くなっていて、この身体はこの世界で新しく創られたものだって実感が湧いてくる。
私は本当に私なのか?
思わず、確認するように自分の名前を口にしてみた。
「私の名前は春日部天呼!天が呼ぶと書いてテンコ!」
そう口にすることで、訳の分からない不安が少し和らいだ。
ちょっとアレな自分の名前だけど、この時ばかりは有難かった。
ちなみにこの名前は、私が生まれた時、流行りのキラキラネームは付けたくないと思った父が昔ながらの『子』が付く名前にしようとしたんだけど、それでも抑えられない中二心から普通から少し外して『天子』、さらに捻って『天呼』になったと言う経緯があったらしい。
『子』付いてないじゃん。
それはともかく、現状確認の続き。
有難いことに服は着ている。流石にスッポンポンで異世界に放り出されたりはしないか。
森の中でも動きやすい長そで長ズボンに革のブーツ、今の季節でも寒くないように少し厚手のマント、腰のベルトに鞘付きの短剣、肩に弓をひっかけ、後は背中にリュックと矢筒、さらに大きめの鍋まで背負っているという重装備だ。
『神様?』の話では取得したスキルによって、それに必要な装備も貰えるって話だったから、これがその装備か。
いっぱいスキルを取ったから、アイテムもいっぱいなんだな。
そうだ、あのタブレットに入力したスキル、ちゃんと取れているのだろうか?
えーと、こういう時は・・・
「ステータス・オープン!」
そう口にすると、目の前にあのタブレット画面で見たのと同じウインドウが開いた。
おお、これが噂のアレか?
でもなんかイメージしてたのと違う。
視線を動かすとウインドウも同じようについてくる。
どこを見てもウインドウが付いてきて、うっとおしい。
思わず目を瞑ったが、それでも真っ暗な中に画面が残っている。
ああ、これはあれだ、実際に空間にそういうウインドウが出ている訳ではなくて、私の脳内だけに表示されているんだな。
なるほど、ここは別にゲームの中の世界じゃないけど、『神様?』はなるべくそれに合わせてくれるって言ってた。
じゃあ、どうすればいいかというと、それぞれの頭の中にそういったアプリをインストールしてくれたわけだ。
スマホのアプリとかにあるAR(拡張現実)みたいに実際の映像にCGを合成するみたいな。
この世界、スマホとかないから、自分の頭でそれをやるわけか。
スマホとか要らないのは便利だけど、大丈夫かな?私の脳ミソの容量で足りる?
とりあえず、目を開いて周りの映像と一緒に見ると酔いそうだから、目を瞑ったままステータスを確認する。
春日部天呼
狩猟:5
野草採取:2
薬草採取:1
解体:2(+2)
革細工:2(+2)
木工:1(+2)
金属加工:1(+2)
生活魔法:3
治癒魔法:1
料理:1(+2)
家事:1(+2)
器用さ:5
と、表示されている。
うむ、ちゃんと入力したとおりだ。
カッコの中の+2は器用さレベル5の半分(0.5は切り捨て)が補正として付いているんだろう。
でも、その下に取った覚えのない項目が余計に有った。
医術:1
毒術:1
徒手格闘:2
果樹栽培:1
「なんだこれ?」
そう口にすると、突然頭の中に声が響いた。
『はいはい、説明いたします!』
例の『神様?』の声だ。
『これはですね、ボーナスポイントです。皆さんには25ポイントを差し上げると言いましたが、流石に全部のスキルを当人任せにするのは危なっかしいので、隠しポイント5ポイントを私の方で選んで追加しておきました』
そうなんだ。確かに自惚れかもしれないけどちゃんとじっくり考えて選んだ私とかと比べて、例の男子たちはその場の勢いだけでステータス振りしてたっぽいもんな。
『いえいえ、自惚れとか言ってますけど、あなたは中々よく考えて技能を選んでいますよ。与えられた25ポイントで十分良い選択をしています。なのでボーナスポイントは本当にボーナスみたいなものです』
えー?医術はともかく毒術とか要る?
『大丈夫です!確かに無くても困りませんが、有ったら必ず役に立ちますって。『神様?』を信じなさい!』
なんか『神様?』、『教室』にいた時より喋り方が陽気な気がする。
『それはですね、あなたが考えたように、この声はあなたの脳内にインストールされた知識をもとにあなたの脳内でシミュレートされた人格が喋っています。つまり、あなたの無意識下の人格が反映されているんですね』
えー?、嘘だ、私こんなんじゃない。
って言うか、これって自分と自分で話しているってこと?傍から見たらキモイ人じゃない?
『そうですね、一人でぶつぶつ言ってる感じです。でも周りに誰もいないから大丈夫ですよ。それでも嫌ならこの機能は『常時オン』から『必要な時だけオン』にします。必要な時にまた呼んでくださいね。それじゃまたー・・・』
そう言って、『神様?』は黙った。
ま、まあ、とにかくステータスの確認は大体いいだろう。
頭の中で『オフ!』と念じるとステータス画面は消えた。
次にアイテムの確認。
弓や短剣は『狩猟』のスキルで、鍋は『料理』のスキルで使うものだろう。
リュックの中には『革細工』『木工』『金属加工』などに使うらしき道具が入っている。
全体的に低レベルなスキルだからか、道具もレベルなりでそんなに高級品という感じはしない。
もし、『剣術』レベル10とか取ってたら、伝説の聖剣とか貰えてたのかな?
あとは、革袋に入った結構な量の金貨や銀貨があった。
これが、当面暮らせるだけのこの世界の通貨なのか。
日本円にしていくらくらいになるんだろ。
『大金貨1枚で5万円くらい、小金貨1枚で1万円くらい、銀貨が5千円、小銀貨が千円、その下に銅貨・鉄貨とあります。奮発して100万円相当を入れておきましたよ。普通に暮らして3・4か月、節約すれば半年以上暮らせます』
うわっ、また出てきた。
『先ほど言ったように、この世界の常識も頭の中にインストールしておきましたが、習った覚えのない記憶が脈絡もなく有ると不自然さを覚えると思いましたので、本来持っていない知識はその都度こういう風にお知らせするようになっております♪』
そう言って、また黙る。
う、うむ。100万円か、高校生にとっては大金だけど、まだ一人暮らしもしたことのない身としてはこれで十分なのか実感がない。
それでも、この世界で何とか生きていかなきゃ。
そう思って、改めて周囲を見回す。
あ、あれ?小さな山小屋が一軒だけ、それ以外の建物はおろか人っ子一人いない森の中だ。
「お、お金あっても、使うところがないじゃん!」
近くから遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。
梢をさわさわと風が渡っていった。