20-12
王城の謁見の間には王族の人達と多くの貴族の人達が居たが、そのみんなが一斉に静まりかえる。
自分の我が儘をぶっちゃけてしまったチャーリー王子も、マズい事を言ったと気付いてしまい、口を閉ざした。
彼の言葉を聞いたザビーネさんは急に無表情になって、王子のそばを離れる。
「そこまで言われるのなら仕方が有りません。此度の婚約辞退させていただきます」
ザビーネさんはあっさりと引き下がり、そう言う。
彼女のこれまでの執着を知っている人からすれば、有り得ない言葉だったろう。
「え?」
当のチャーリー王子もポカンとした顔をする。
「ええと、そんなに簡単に諦めて良いのですか?」
ブルーノ王子が当たり前の質問をしてくる。
「はい、一度正式に王子の婚約者に成れたなら、それで私は満足です」
ザビーネさんがそう答える。
つまり、彼女の目的はチャーリー王子と結婚する事ではなく、誰でも良いから王子の婚約者の立場に一瞬でも成
る事だったのだ。
所謂手段が目的にすり替わっていると言う奴だ。
本来、結婚や婚約は最終目標ではなく通過点でしかない。
結婚後の幸せな生活こそが目的であるべきだ。
ザビーネさんの場合は、それがいつの間にか婚約が最終目標になってしまっていた。
本末転倒と言っても良い。
それが今回のレースでの事故で怪我をした事によって、考え直す事になった。
いや、もしかしたらもっと前から気付いていて、今回の事はただのきっかけだったのかも知れない。
では何故、彼女は無意味だと気付いた婚約者の座を無理にでも手に入れようとしたのか?
多分それは彼女の意地だったのだろう。
チャーリー王子との婚約者の座なんか、すっぱり諦めて別の相手を探す事も出来たのだろうけど、それでは彼女の気が済まない。
無意味な物でも一度手に入れないと、その先に進めないのが彼女だった。
だから、一瞬だけ手に入れてすぐに手放した。
私が彼女の立場だったとしても、そんな事はしないと思う。
でも、彼女の気持ちが分からない事も無い。
だから、私もその手助けをしてしまっている。
面倒な婚約者の立場を回避出来るからと言う打算も有った。
唯一、周りから白い目で見られる事になったチャーリー王子だけが損をしているが、結果として彼も元々欲しくなかった婚約者の候補二人が居なくなるのだからそれで良いだろう。
まあ、周りからの目が厳しくなるから、今まで通りにあちこちの女性にコナをかける事は難しくなるだろうけど、それは自業自得、仕方のない事と思って諦めて貰おう。
「ま、待ってくれ、そ、それは困る!」
びっくりして今まで固まっていたビルタン伯爵が声をあげる。
そう言えば、直接の当事者ではないけど、彼も居たな。
王子の義父としての発言権が無くなるのは困るのだろう。
「なあ、せっかく手に入れた婚約者の立場を捨てる気か?あれほど願っていた事じゃないか?」
そう言って、ザビーネさんに詰め寄る。
「確かにその通りでしたが、もう気が変わりました。お父様、もう良い歳をした娘の決断を尊重してはくださいませんか?」
ザビーネさんがそう言う。
自分で『いい歳をした娘』とか自虐的な物言いだけど、それだけ吹っ切れているという事だろう。
「ビルタン卿、父親なら娘の幸せを願うものではないかね?」
伯爵に向かって、王様がそう言う。
確かにチャーリー王子と結婚してもザビーネさんは幸せにはなれないだろうけど、父親にそう言われるとは王子にとっては酷い話だ。
「むむむ・・・分かりました」
結局、伯爵も納得した様だ。
最終的に政略結婚を無理強いしない程度には、彼も娘の事は大切に思っている様だ。
「味噌カレー牛乳味のモツ鍋?」
鍋からよそったソレを見て、リーナがそう言う。
「まあ、悪くはないかな?」
恐る恐る食べたカレンが感想を言う。
「どこかにそう言う名物ラーメンが有るとは聞いてたけど、モツ鍋も良いな。カレーも牛乳もモツの臭みを消すには最適だし」
私の作ったソレをユキが分析する。
私達は野営地に戻って、夕食を食べている。
モツは丸焼きにしている牛のものを分けて貰った。
カレー粉はローゼス商会に王様が注文して取り寄せてくれた。
ベティさんにレシピを渡してから少ししか時間が経っていないから、ほぼオリジナルレシピの高価なスパイスをふんだんに使った奴だ。
割高だろうけど、そこは王様のおごりだ。
味噌と牛乳は地元の人から買った。
今日が最終日だから、少しばかり奮発している。
「とても美味しいですわ」
夢中になって食べていたベルダ王女がそう言ってくれる。
偉い人は王城の方で晩餐会が有るはずなのだが、私達の料理を食べたがったお姫様が両親とは別にこちらに来てしまっている。
それだけではない。
「うむ、このカレー味、やはり癖になるな」
「それは同感ですが、高価なスパイスを使い過ぎでは?ローゼス商会の方で開発中と言う廉価版が早く出来れば良いのですが」
アレックス王子とブルーノ王子も態々付いて来て、モツ鍋を食べている。
王族の人がモツ鍋みたいな庶民の料理を食べて良いのだろうか?
王様と王妃様、それにチャーリー王子は王城の方で、食事をしている。
王妃様が、『実の息子では無い事に遠慮して、今まで自由にさせ過ぎました。今回の事でしっかりと再教育する事が必要だと思い知りましたわ』と言って、チャーリー王子に延々と小言を言っているらしい。
他にはルカさんとヴェルガーさん、ノアさん達も居る。
子爵以上の偉い人は王城の晩餐会に参加しなくてはいけないが、ルカさんもヴェルガーさんもまだ代替わりしていないので当主代理であることを理由にして、こっちの方に来ている。
王子達の内二人もこっちに来ているので、そこら辺は緩い感じなのだろう。
人数が多いので私の鍋では足りなくて、ルカさんのファーレン家から大きな寸胴鍋を借りて料理した。
「だから、何で、貴女が居ますの?」
「良いではないですか。模擬戦も婚約者競争も終わったのですから、もう敵ではないでしょう?」
更にはマリーさんとザビーネさんが言い合いしながらも、ちゃっかり料理を食べている。
演習が終わり、野営地では後夜祭の様な感じであちこちで盛り上がっているが、私達の所が一番盛り上がっている気がする。
私はモツ鍋を作ったが、リーナ達も別に料理をしていた。
「もうそろそろ良いかな?」
リーナ達が焚火を消して、その下の地面を掘り返す。
牛の丸焼きから切り分けて貰ったお肉だが、案の定、一部生焼けだったので、沢山の笹の葉に包んで地面に埋めて、その上で焚火をしていたのだ。
密閉した状態でじっくり焼いた事によって、ジューシーさを残して良い感じに全体に火が通っている。
「おお、柔らかくて良いですな。これなら叔父上にも安心して食べて頂ける」
「年寄り扱いするな。まだ歯は丈夫だ」
塊を更に切り分けた物を受け取ったベルフォレストさんとアルフレッドさんがそう言う。
今日はマリーさんだけではなく、二人も来ていた。
「ところで、王子殿下、僭越ながら一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
アルフレッドさんが二人の王子に向かって、改まって話し掛けた。