20-11
「今回の乗馬勝負、ザビーネ・ビルタン様の勝ちとしてください」
王子達の前にひざまずいて、私はそう言った。
その言葉に、王子達は一様に驚く。
「ほう、それは勝利を譲るという事かね?」
「こちらの不備で無勝負となったのですから、再戦する権利は有るのですよ」
アレックス王子とブルーノ王子がそう言ってくれる。
私の真意を知っている王様は、何も言わずに後ろの方で控えていた。
「そんな!約束が違うじゃないか!?」
自身の目論見から外れて、慌てたチャーリー王子が急に叫ぶ。
「約束?」
訝し気に聞き返すアレックス王子に、チャーリー王子は慌てて自分の口を手で塞ぐ。
特に彼を助けるつもりは無いが、私は第三王子との密約は口にしないでおく。
それでも、秘密は守るけど、約束までは守らない。
と言うか、チャーリー王子の為に勝負に勝つと言うのは努力目標でしかない。
「不測の事態で勝負は中断しましたが、その時点まではザビーネさんの方が先を走っていました。あのままレースが続いていても、私が逆転するのは難しかったと思います」
私はそう説明するが、実際はそうは思っていない。
確かにあの時は先行されていたが、お互いの馬の疲労度からゴール前くらいには逆転できていたと言う勝算は少なからず有った。
ただ、それは私の見込みの話でしかなかったし、言ってもしょうがないから言わない。
「だから、ザビーネ嬢の勝ちだと言いたいのかね?」
ブルーノ王子が改めて聞き返す。
「はい」
私は首を縦に振る。
「ふむ、次の勝負を楽しみにしていたのだがな、当事者が負けを認めるのなら仕方が無いか・・・」
勝負事が大好きなアレックス王子は、残念そうな顔をするが、それでも納得してくれた様だ。
「では、最終的にザビーネ嬢の二勝一敗でチャーリーの婚約者として内定となりますが、よろしいか?」
ブルーノ王子が、私達と周りの人達に確認をする。
この場での最高権力者である王様が頷き、居並ぶ貴族達も誰も反対の声をあげる事は無い。
ただ一人、当のチャーリー王子だけが不服そうな顔をしている。
複数の女性にコナをかけていた彼としては、正式な婚約者が決まり、自由にそれが出来なくなる事を恐れているのだろう。
この大陸に在る国の多くでは貴族や金持ちの男性がその甲斐性の内で愛人とか第二婦人とかを持つことは認められている。
この国でも、明文化はされていないけど、暗黙の了解でそれは認められている。
ただしそれは、正妻と言うか第一婦人が許した場合だけだ。
そして、ザビーネさんはそれを許さないだろうという事は、彼女の性格を知っていれば誰もが分かるだろう。
しかし、チャーリー王子のあの顔は、婚約が決まっても隠れて浮気をするつもりの様な気がする。
でも、そう簡単にはいかない。
「おお、では、我が娘が王家に輿入れする事になるのですな。これはめでたい!」
ザビーネさん自身は何も言わず私の隣でひざまずいたままだけど、お父さんのビルタン伯爵が喜びの声と共に、彼女の隣に進み出て来る。
今回の演習では目立った活躍が出来なかったけれど、第三とは言え王子の嫁の父親となれば発言権は強くなると言う算段だろう。
「それで、式は何時にしますか?なるべく早い方が良いですな・・・」
喜色満面で揉み手をしながら、伯爵がそう言う。
「喜んでいるところ申し訳ありません、伯爵。まだ婚約が決まっただけです。それに一応順番と言うものが在りますので」
ベルダ王女と王様の隣に立っていたエレナ王妃が、横から口を挿んで来た。
「そうだな、二か月後に俺の結婚式を行う予定だ。申し訳ないが、チャーリーとお嬢さんの式は早くともその後にしてもらう事になるだろうな」
アレックス王子がそう言う。
「私は別に順番などは気にしないので、兄上の後なら好きにしていただいて構いません」
一応、王位継承者である長男が最初に結婚すれば問題ないのか、ブルーノ王子は続けてそう言う。
「そうですか、では来年の春頃はいかがかな?」
ビルタン伯爵がそう言う。
直ぐに結婚とはいかないまでも、着々と話が進んでいる事にチャーリー王子は冷や汗をかきながら顔色がどんどん悪くなっていく。
「ちょ、ちょっと、そんなに急いで決める事も無いんじゃ・・・」
「そうですね。まずはお互い身辺整理をするのが良いのでは?特にチャーリー殿は色々あるでしょう?」
チャーリー王子の言葉に重ねる様に、王妃がそう言う。
王様はまだ黙ったままだ。
後妻であるエレナ王妃はベルダ王女以外の三人の王子とは血は繋がっていないが、それでも王家の婚姻に関しては大きな権限が有る様だ。
そう言えば、エドガーさんとロリアーネさんの結婚に関しても王妃様が取り持っていたから、上級貴族の婚姻に関しても影響力は有るのかも知れない。
「身辺整理?ああ、そうですな。チャーリー殿下はおもてになっている様ですので、うちの娘と婚約となると悲しむお嬢様方は多いでしょうな。しかし、男子たるもの身をかためる以上、その辺りはキッチリして頂けないといけませんな」
チャーリー王子の女癖の悪さは公然の秘密なのだろう。
自分の娘以外に第二、第三婦人などを持たれると、王子の義父と言う自身の権力が薄まると考えた伯爵が念を押す。
ビルタン伯爵の言葉に、王子は更に追い詰められる。
親兄弟だけでなく、多くの貴族が証人となるこの場で言質を取られると、軽々しく浮気など出来なくなるだろう。
進退窮まったチャーリー王子がアタフタしていると、それまで無言だったザビーネさんが、スッと立ち上がる。
チャーリー王子を無視して、王様の前まで進んで行き、再びひざまずく。
「不束者で御座いますが、チャーリー殿下の婚約者として私を認めて頂けますでしょうか?」
完璧な所作で王様に礼をして、伺いを立てる。
「うむ、ザビーネ・ビルタン殿を我が息子チャーリーの婚約者として認める」
王様がそう言うと、居並ぶ貴族達から祝福の拍手が巻き起こった。
私も盛大に拍手を送る。
多くの祝福の中ザビーネさんは立ち上がり、真っ白になっているチャーリー王子の隣まで行き、その腕を取る。
「これで私が殿下の婚約者ですわ。もちろん、浮気は許しませんのでお覚悟をお願いしますわね」
カマキリのメスがオスを捕まえた様に、もう逃がさないと言わんばかりに腕を掴み、上目づかいでニヤリと笑う。
それはもう、悪魔の様な笑みだった。
ちょっとドン引きな笑顔だが、私はその笑みがワザとだと言う事を知っている。
ワザと彼を追い詰める為の演技だ。
演技だとは知らないチャーリー王子は、えも言われぬ危機感からザビーネさんの手を振り払った。
「い、嫌だ!背の高い女も嫌だけど、年増女はもっと嫌だ!僕は年頃の普通の女の子が良いんだ!」
チャーリー王子がそう叫ぶ。
ついに本音が出てしまった様だ。
祝福ムードだった周りが、一瞬で静まりかえる。




