12-9
王宮の執務室のドアがノックされる。
「入れ」
部屋の主がノックをした者に声を掛ける。
「失礼いたします」
扉を開け、中年の女性が入って来る。
ベルドナ王国諜報部のスージー・クレス事務官だ。
入室の許可をしたのは、もちろん国王、ジャック・ド・ベルドナ三世である。
執務机ではなく、応接用のソファーに座っていて、他には内務大臣と外務大臣、それにロナルド・ベルフォレスト卿が座っていた。
「お取込み中でしたか?」
クレス女史が申し訳なさそうにする。
「いや、構わんよ」
王様がそう答える。
今まで、ワーリン王国に関する情報をベルフォレスト卿から聞き出していたところだった。
事前に分厚い報告書が提出されていたが、大臣たちと共に疑問点などの質問をし、卿が答えていた。
机の上には幾つもの書類が乗っていて、少し離れた所では執事長のバラモンド氏が議事録を取っている。
「今ひと段落したところだ。それに、前室の者が通したという事は例の件の報告であろう?」
机から顔を上げて、王様がそう言う。
どうやら、前室に控える別の執事が重要な用件を持ってきた者だけを通す様に言われているらしい。
「はい、こちらが報告書でございます」
クレス女史が一枚の書類を渡す。
「ふむ」
受け取って、目を通す。
「席を外しましょうか?」
クレス女史が諜報部の人間であることを知っているベルフォレスト卿がそう聞く。
「大丈夫だ。貴殿も関わる話だ」
王様がそう言う。
「と言うと、例の件ですか?」
彼とこの国の諜報部が関わる件は一つしかない。
「まあ、一応そうだな」
王様はそう言って、見終わった書類を彼に手渡す。
「失礼いたします」
ベルフォレスト卿が受け取る。
「この知らせが出された時には、彼女達はまだバリス公国に居るらしい。どういう訳か寄り道をして他国の海賊とやり合って撃退したと言う話だ。それに関しては少し前に諜報部に協力の要請が来ていたので、幾らかの便宜を図った」
王様はそう言って、外務大臣を見る。
「はい、バリス公国とベルデン共和国の海賊に対する条約の締結を促しました。共和国側は条約に先立ち海賊の取り締まりを強化する旨の返事をしております」
外務大臣が答える。
「うむ、有事の際の食料援助の約束が効いているな。更に彼女達の活躍で我が国が優位に立てる、がしかし、その為に君の件が遅れてしまう様だ。申し訳ない」
ベルフォレスト卿に向かって王様が謝る。
「い、いえ、滅相もございません」
書類を読んで少し苦い顔をしたベルフォレスト卿だが、すぐに顔を引き締める。
「貴国と沿岸諸国の関係が良くなるのなら、叔父の件など些末な事です」
そう言う。
「いやいや、貴殿の叔父殿には期待しているよ。それに『貴国』ではなく、我等が国だ」
「あ、これは重ね重ね失礼」
王様の指摘に、卿がかしこまる。
「バリス公国とベルデン共和国との仲介はこの件が無くとも進めていた所だったので丁度良いタイミングであった。その上、公国には恩を売ることも出来た。ただ、彼女等の名声がまた高まった様だが、その分隠密行動に向かなくなったのは困りものだな」
「諜報部では別の者を向かわせると言う案も出たのですが、この報告の後、ワーリン行きの船に乗るという事でしたので、間に合わないのでこのまま任せるしかないと言う判断です」
クレス女史がそう言う。
「そうだな、矢は放たれてしまったのだ。吉報を待つ以外に出来ることは無い」
王様がそう言う。
「さて、ベルフォレスト卿との面談はこれ位で良いかな。改定した資料は関係各所に回しておいてくれ」
「かしこまりました」
執事長のバラモンドが返事をする。
「さて、連日暑いな。冷たいものでもどうだ?」
王様がそう聞く。
呼び鈴を鳴らすと、隣の部屋からメイドがやって来る。
「あ~、私は冷やした林檎酒を・・・」
「私はアイスコーヒーで」
氷菓が苦手な大臣達はそう注文する。
「なんだ、かき氷とアイスクリームも有るぞ?」
王様がそう言う。
「では、私はアイスクリームをお願いいたします」
ベルフォレスト卿は王様に合わせてそう言う。
「そうか、私はいつものかき氷だ。君もどうだね?」
報告が終わって退出しようとしていたクレス女史を王様が引き留める。
「よろしいのですか?」
立ち止まった女史が聞く。
「忙しくないのなら、構わんぞ」
「では、砂糖漬けの苺が入ったアイスクリームが有れば所望したいのですが」
彼女は少し嬉しそうにそう答えた。
バリス公国の首都に到着した私達は、すぐにデリン商会の支店に行った。
モモの村からの荷物を商会の人に渡す。
倒した海賊達から剝ぎ取った鎧や武器だ。
今後の備えの為に持っておこうと言う意見も有ったが、過剰な武力は要らないと言う意見の方が多かったので、売ってしまう事にしたのだ。
これで借金を幾らか減らせる。
支店にはベルドナ王国の連絡員も居たので、今後の事の打ち合わせをした。
日程が遅れた事で少し嫌味を言われたが、全く反論できないので、粛々と受け入れる。
丁度良い事にワーリン王国往きの船は明日出るそうなので、今夜はこの街で一泊する事になった。
「割と大きな船だったね」
白身魚の香草焼きにフォークを突き立てながらユキがそう言う。
明日乗る船を下見したあと宿を取り、食堂で久しぶりのちゃんとした食事を取っているところだ。
砂浜でのキャンプ飯も良かったけど、プロの料理人が作ったご飯はやっぱり美味しい。
「沿岸伝いに行き来する船だけど、交易品を運ぶからそれなりの大きさが要るみたいだね」
アサリの様な貝が入ったスープを飲んで私は言った。
海辺の街らしく、メニューは魚介類が豊富だ。
「ともかく、すぐに出港できる船があって良かったよ。天気も風向きも問題ないみたいだし」
茹でた海老の殻をむきながら、カレンもそう言う。
「そっちはどうするの?」
リーナが、キハラに向かって聞く。
彼とはここでお別れなので、最後に一緒に食事をとっている。
「壊れた馬車の修理も終わってるはずだし、キャラバンの本隊もそろそろ到着するだろう。荷物を乗せ換えたらすぐに来た道を戻るさ」
イカとタコの入ったシーフードグラタンを食べているキハラが答える。
宗教の力が弱いこの大陸では食べ物の禁忌はあまり無い。
住む場所によって食材に偏りが有るから、内陸の人は食べ慣れないイカやタコは忌避するそうだけど。
「そっか、戻りでもモモの様子を見ておいてね」
リーナがそう言う。
「あと、ついでにレオ太郎もね。別に心配してる訳じゃないけど、また変な事してこっちに迷惑かかったら困るからね」
ユキが続けて言った。
ツンデレみたいな言い方だけど、本当に迷惑が掛からないかと心配している様だ。
「ああ、分かった」
そこら辺、全部悟っている様にキハラは短く答える。
後は他愛の無い話をしながら、この国での最後の夕食は進んでいった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
4章毎に一区切りのつもりなので、ここで第三部完です。
もちろん第四部の構想は有ります。
その前にまた短編を挿もうかと考えてます。
しばしお待ちを。
新シリーズ『軽トラ転生 我が道を行け!』を始めました。




