11-3
「なるほど、君達はベルドナ王国の手の者で、ワーリン王国に行く途中という事か」
外出先から帰って来たバンズ男爵が席に着いて、そう言う。
私達は自分達の正体と、身分を偽っていた経緯を簡単に説明した。
「我が国の上層部と何やら取引がある様だが、それを証明する物は有るかな?」
続けて、彼はそう聞いてくる。
しかし、そう言われても、ベルドナ王国から貰った私の身分を示す剣は目立つために持って来てはいない。
他にもバリス公国の人間に偽装するために素性がバレるような物は出来るだけ持たない様にしてきた。
この国の首都に居る連絡員に会う時は、そう言ったモノではなく、合言葉でお互いを見分けることにしている。
その合言葉をこの男爵に言っても、彼には知らされていないだろうから証明にはならないだろう。
困ったな。
「まあ、いいだろう。私の様な下っ端には上層部同士の密約など知らされる筈も無いだろうからな。後で、それとなく聞いておく事にしよう」
私達が困っていると、バンズ男爵はそう言ってくれた。
「いや、信じられません!こいつらが隣の国の男爵に成っているだなんて!」
横からレオ太郎が口を挿んで来た。
確かに信じられないだろうな。
私自身も信じられない位だ。
「だから、それは色々有ったんだよ。戦争に参加したり、今のこの仕事を受ける事に対する報酬だったりとか」
カレンがそう説明する。
「自分が男爵の配下程度なのに、てんこちゃんがその男爵自体に成っているのが信じられないんだろうけど、それは嫉妬って奴だ」
ユキがそう言う。
図星だったのか、彼はまた声を詰まらせた。
「君達はレオンと以前からの知り合いの様だが、どういう関係だね?」
男爵が聞いてくる。
「ええと、私達はこの大陸とは違う所からやって来た者で、同郷で同じ学び舎に通っていた者です。ある事情が有って離れ離れになっていたのです」
私がそう答える。
異世界転生の事は伏せているが、それ以外は概ね事実だ。
「ふむ、それで、レオンに会いに来たと?」
男爵が聞く。
しかし、ありがちな日本人顔の彼を『レオン』なんて呼ばれると少し、いや、かなり違和感がある。
キラキラネームではあるが、『レオ太郎』の方がしっくり来てしまう。
「いえ、それはついでです。実はこの近くの村にもう一人同郷の人が住んで居るのですが、彼女の村についてのお願いが有って来ました」
ユキが、私の代わりに説明を始める。
海賊に対抗するための援軍をお願いに来たことを話した。
「ふむ」
説明を聞いたバンズ男爵が一つ頷く。
「他国の者に心配されるとは、汗顔の至りだ。とは言え、私とて自分の領地を荒らされて何もしていない訳ではない」
「何か策が有ると?」
ユキが聞き返す。
「いや、策と言う程でもないのだが、内陸の方に領地を持っている他の貴族に援軍を頼んだのだ。私の持つ領兵ではこの村を守るので精一杯だから、他の村は彼等に守ってもらうつもりだ。実は今日、それを頼みに隣の子爵の所に行って来た」
良かった、ここの領主も一応は考えているみたいだ。
「その援軍はいつ頃来ますか?」
ユキが重ねて聞く。
「う、うむ、大体二週間後に来てくれるそうだが・・・」
男爵の言葉から歯切れの良さが無くなった。
二週間は微妙なところだ。
モモに聞いたところでは、毎年来る海賊は大体今から一ヶ月の間にやって来るそうだ。
いつも一緒ではないが、早ければ一週間以内に来ることも考えられる。
そうなると援軍が間に合わない事も有り得るだろう。
「先方にも事情が有るのだ。あちらも少人数だが山賊の被害が有るらしく、その対応が有るそうだ。それに、向こうの方が立場が上なのだから、無理に早く来てもらうことも出来ない」
バンズ男爵は言い訳のように、そう言う。
私達もお願いしている立場なので、あまり強くは言えない。
これは、かなり困った状況だ。
「極秘裏に、ここの領兵をモモの村に配置することは出来ませんか?聞いたところでは、去年彼女が海賊の親玉らしき男に手傷を負わせたそうで、海賊があの村にリベンジに来る可能性が高いんです。兵隊さんを移動させたと知られなければこの村に海賊が来ることは無いでしょう?」
私はそう提案してみる。
「ううむ、極秘裏にと言うのは難しいな、別に海賊のスパイがここに居ると言う訳ではないのだが、この村と言うか、我が公国自体が交易で成り立っているから、人の移動に制限を設けていない。そして人の口に戸が建てられない以上、兵の移動の情報を隠すのは無理だ。そうなると、この村が手薄になったと知れば、海賊がこちらに来る」
少し考えた後に、男爵がそう言う。
八方塞がりだ。
今の所、隣の子爵領からの援軍が来るまでに、海賊の襲撃が無い事を祈るしかない。
「分かりました。私に一つ考えが有ります」
みんなが、どうしたら良いか分からず考えあぐねていると、ユキが一つ膝を叩いて立ち上がり、話し出した。
「つまり、海賊の襲撃がいつ来るか分からない、こちらが後手になるのが問題なんですよね」
その通りだ、私達は後手に回って相手の動きを見てから動けるだけの余裕がない。
「そう、それだよ!」
急にレオ太郎が口を開いた。
「だから、俺は先手を取って、海賊のアジトに攻め込む作戦を提案していたんだ!」
勢い込んでそう話す。
それを聞いたバンズ男爵が眉を顰める。
「黙れ」
男爵ではなく、ユキがそう言った。
大声ではなく静かな言葉だったが、その分迫力が有る。
「海賊のアジトが他国に在って簡単に手が出せないのはモモから聞いてるんだ」
「じゃ、じゃあ、どうするんだよ?」
ユキの迫力に押されながらも、レオ太郎が聞く。
ユキは彼を無視して、バンズ男爵の方を向く。
「領主殿、ここの兵を移動したとかの情報が海賊側に漏れる可能性が有るなら、隣の貴族に援軍を頼んだ事も漏れますよね?」
「うむ。その情報が伝わって、海賊が襲撃を諦めるのならそれでも良いと考えているが・・・」
「それは、援軍が今すぐ来るのならですよね?来る時期が遅いと分かれば、海賊は援軍が来ないうちに早く襲ってくる可能性が有りますよね」
「う、うむ」
男爵が頷いたところで、ユキは一呼吸置き。
「では、その援軍を頼んだ話を、周囲の村含め大々的に宣伝してください。二週間後に来ると言う正確な情報も含めて」
そう言った。
「待て、それじゃあ、お前が言った通り海賊がその情報を掴んで、早く来てしまうだろ!」
レオ太郎がそう言う。
「そうだ、こちらの手の内を晒すことで、相手の動きを予測しやすくする。多少こちらが不利になろうとも、相手の動きが読めないよりマシだ」
ユキはそう言って、不敵に笑って見せた。