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馬車はゆっくりと街道を進んで行く。
ベルドナ王国とバリス公国をつなぐ街道は良く整備されていた。
海の無いベルドナ王国にとって沿岸諸国との交易はそのまま海外との交易になるので、その街道の整備は重要な事業であった。
「ところでさ、モンスターって結局ただの大きい動物だよね」
御者台の隣に座ったカレンがそう言う。
「この世界、亜人系が居ないからゴブリンとかオークとかが居ないのは分かるんだけど、何て言うかドラゴンみたいなのも居ないのかな?」
確かにその疑問はもっともだ。
今まで私達が会った事のあるモンスターは『熊』『狼』『猪』くらいである。
「噂話とか昔話でいいならドラゴンの話も聞いたことはあるけどね」
リーナがそう言う。
実際この世界では有名な話らしい。
村の子供達から聞かせてもらったことが有る。
子供達は村の大人から聞いたそうで、大分昔から伝わっているそうだ。
曰く、むかしある国の王様が自分の権勢を示すためにドラゴン退治に出かけたらしい。
この大陸にはドラゴンは居なかったので、海を越え南の大陸に一万の軍勢を引き連れ遠征に出た。
しかし、道中様々な困難に出会い、兵士達は減って行く。
それでも、なんとかドラゴンを倒し、三年後その首を持って凱旋した時には軍勢は十数人しか残っていなかったと言う。
実際は一万の軍勢を養えるほどの食料など持って行けるはずもなく、現地調達しようにも上手くいかなくて飢えの為に兵士達が離散していったのだろう。
違う土地で未知の病気が蔓延したのかもしれない。
そして、帰って来た処で、役にも立たないドラゴンの首の為に一万の軍勢を失ったことを責められて、その王様は王位から転落したそうだ。
それ以降、この大陸ではドラゴンを退治しに行こうとする者は愚者と蔑まれるようになる。
そのドラゴンの首は塵になってしまい残ってはいないそうだ。
「それだってアレだろ、この辺に生息していないワニとかオオトカゲだったって落ちでしょ。別の大陸の生き物の話がこの大陸に伝わって来る際に大袈裟になっただけだろ」
ユキがそう言った。
「現実的に言って、火を吹いて空を飛ぶでっかいトカゲとかどうやって倒せって感じだよな。ちょっと大きい猪でも苦戦するのに」
馬を操りながらキハラが言う。
「神様?が言ってたじゃない、この世界は魔法が有る以外はほぼ前の世界と同じだって。動物だけじゃなく植物も同じ様なのがいっぱい在るみたいだし」
私がそう言う。
動植物が似ているおかげで、なんだか良く分からないものを食べる事にならないで済んでいる。
「それでもさ、熊も狼も猪も前の世界で私等実物を見た事ないじゃない。こっちの世界のとどう違うかとか分からないし、実際比べてみれば何か違いが有るかもしれないよ」
ユキが話す。
「収斂進化の結果、似たような生き物になってるだけで、実は全く違う生き物だったりとかあるかも・・・」
「まあ、魔石なんて物を持っている動物は地球には居なかったよね」
リーナがそう言う。
それを言うと、魔法を使える人間も前の世界には居なかったわけだし、この世界の人間も厳密には『人間』ではないのかもしれない。
そして、今の私達の身体も、元の身体的特徴を引き継いでいるけど、『この世界の人間』と同じように造られている。
そうでなければ魔法も使えない訳だ。
そうやって考えていくと、少し怖くなる。
「生物学者だったら、興味深い課題かもしれないけど、私等はそうじゃないし」
私と同じ様に怖い考えになったのか、ユキがこの話を終わらせる様にそう言った。
「そうだよな、そんな事より毎日生きてくだけで大変だ」
キハラがしみじみと言う。
一度困窮して食い逃げまでした人が言うと重みが有る。
まあ、深く考えてもしょうがない。
この世界のクローバーも根粒菌が有って窒素固定してくれるみたいだし。
熊や猪のモンスターも手強いけど、なんとか対処できる程度なので、この世界の人達も文明を維持できている。
これが一般人程度では対処できない伝説に出てくるドラゴンみたいなのがあちこちに居たりしたら、この世界の人類は絶滅していただろう。
元の世界の中世かそれより少しマシな文明レベルのこの辺だけど、それでも毎日死にそうな目に遭う訳ではないだけでマシだ。
それでも毎日ではないが、現代日本に比べれば死にそうな目にはたまに良く遭っている気もする。
「ドラゴンは居ないけど、結構冒険してるよね、私達」
私は一応は平和そうに見える街道の景色を見ながら、そう言った。
猪の襲撃から二日後、私達はベルドナ王国とバリス公国の国境に到達した。
森の中の街道の途中に関所の様な施設が有った。
そこで身分証を見せる。
キハラはデリン商会の従業員のものだが、私達のは偽造である。
いや、ベルドナ王国の方からバリス公国に依頼して発行してもらった一応本物である。
実在する男爵家の実在しない令嬢とそのお供と言う形で、正式な書面で発行してもらった物だ。
それを見せて、問題なく通過出来た。
ここはまだベルドナ王国と中立なバリス公国の国境だから、厳しく検査されないが、ワーリン王国に入るときはどうなるかはまだ分からない。
「まあ、なんとかなるでしょ」
関所を通過して、ユキがお気楽に言う。
確かにこの関所は街道を塞ぐ形で在るが、少し離れた森の中を隠れて進めば身分証などなくても国境を越えることは出来る。
その場合、馬車は使えないが、少量の荷物であれば密輸だって出来てしまう。
実際問題として国境のすべて壁で塞ぐことは出来ないのだから、割とそこら辺の規制は緩いのかもしれない。
それでも違反が見つかれば罰せられるから、正規の商会はそんな危ない事はしない。
「この先は二日で海辺の街に着いて、そこから海岸沿いに東にもう二日でバリス公国の首都だ」
キャラバンの仕事で、何度か同じ道を往復しているキハラがそう言う。
「そこからワーリン行きの船に乗るんだね」
リーナがそう言う。
「ああ、俺はキャラバンの本隊を待って、荷物の入れ替えをしてまた戻らなきゃいけないから、そこでお別れだな」
キハラが少し寂しそうに言う。
「そうだな、まあ、頑張って仕事してくれ」
カレンが割りとそっけなく言った。
何故か、彼への好感度がまた下がっている。
実は昨日、夕食の時にちょっと有ったのだ。
猪のお肉で簡単だけど少し豪華な料理を作った。
みんなで分担してやったが、主に私が調理をした。
その料理を食べたキハラが物凄く感動して、美味い美味いと褒めてくれた。
そこまでは良かったのだが、急に彼が私に今の仕事を止めてキャラバンの料理係にならないかと言ってきたのだ。
彼には私は某貴族のお屋敷でメイドをしていると言っているが、実はアルマヴァルトで村長をしているので、その誘いには乗れない。
どう断ろうか考えていると、他の三人がキハラに対して猛抗議を始めた。
彼が私だけに声を掛けたのが、気に入らなかったのだろうか?
確かに、この先自分の食事を作ってくれなんて台詞、プロポーズみたいにも聞こえる。
その場合、みんなは私に対して焼きもちを焼いているのか、それとも、私がみんなと別れる事になるのを怒っているのか、分からなかった。
それで、またなんかギクシャクしだした感じだ。
「はあ、俺なんか不味いこと言った?」
御者台で、キハラが落ち込んでいる。
「そっちの仕事が終わった頃に、また会いに行ったらダメかな?料理係にスカウトとかはしないからさ」
彼がそう聞いてくる。
みんなは答えない。
流石に彼の落ち込み様を見て悪いと思っている様だ。
あと、彼に伝えてあるベリーフィールド家のお屋敷に行っても私達は居ない。
「ええと、この仕事が終わった後は私達別のお屋敷に行く予定なんだ。ちょっと遠いけど、アルマヴァルトって所に行くから、会いたかったらそこに来て」
私はそう伝える。
アルマヴァルトの領主邸まで行けば、私達の村の事を教えてもらえるだろう。
「そうか、クロイ達の居る所だったな。そっち方面に行くことが有ったら寄ってみるよ」
少し気を取り直したキハラがそう言った。