1-ex
一方その頃、別の場所の森の中で、
「おい、向こうに行ったぞ!」「逃がすな、回り込め!」「無茶ゆうな、熊の方が早い!」
テンコが倒したのと同じくらいの大きさの熊のモンスターを、数人の若者達が追い回していた。
男三人、女一人のパーティー。
テンコのクラスメイト達だ。
モンスターと言っても基本は野生の熊なので、四人もの人間相手では分が悪いとみて、逃げ出している。
そして、いかに強力なスキルを与えられていると言っても、基本人間の範疇を超えていないので、森の中を野生の熊以上のスピードで走ることは出来ない。
そう、レベル10で世界最強ではあるが、あくまで、人間レベルの最強でしかない。
「くそっ!だったらこうだ!ファイアーボール!」
男子の一人が、熊の逃げていく先めがけて、火魔法を放つ。
放たれた火球が熊の目の前に着弾し、爆発する。
熊は慌てて立ち止まり、逃げられないと悟ったのか、逆に四人の方に向かって来た。
「ようし、俺に任せろ!」
魔法を放った彼が、大剣を構える。
「ちょっとまって!山火事になってる!」
紅一点の女の子が、先ほど火魔法が炸裂したあたりを指さして叫んだ。
落ち葉や下草が燃え始めている。
「うわっ、何やってんだよ!」「後先考えろよ!」
他の男子二人も彼を非難する。
「うるせー!とりあえず後だ後!」
熊は既に彼の目前まで迫っていた。
後ろ足で立ち上がり、必殺の熊パンチを放とうとしている。
「遅ーぜ!ファイアーブレード!」
剣の柄に嵌め込まれた魔石が輝き、剣の刃に炎が纏わり付く。
袈裟切りに振り下ろされた剣は、易々と熊の毛皮を切り裂いた。
「ふっ、他愛なし」
口元にニヒルな笑みを浮かべる。
「だから!無駄に燃やさないで!」
女の子が叫んで、水魔法を放った。
大量の水が燃え盛っていた熊と森の下草に浴びせられる。
ついでに、件の男子も濡らしてやった。
「うわっ、冷てっ!」
「『冷てっ』じゃないでしょ。どうすんのよ?これじゃ毛皮とか売れなくなっちゃうじゃない」
女の子が詰め寄る。
「い、いや剣術と火魔法どっちもレベル10取ったからさ、ちょっと手加減とか忘れちゃって・・・」
的外れな言い訳をする。
「依頼料少ないんだからね、素材も売らないとやってけないのよ、分かってる?大体、あたしヒーラーなのに、あたし以外水魔法が使えないって、どういうことなの?」
ぶつぶつ言いながら、彼女だけが消火作業を続けていった。
男子連中は、ばつが悪そうに顔を見合わせた。
四人は同じ街のそばに転生してきて、以来、一緒に行動している。
今回も近くの村にモンスターが出たので討伐して欲しいという依頼を受けて、ここまで来た。
彼らの取得したスキルは、以下のようになっている。
赤城翔馬
剣術:10
火魔法:10
土魔法:5
青山鋼雅
短剣術:8
隠密:7
徒手格闘:5
火魔法:2
闇魔法:3
黄原駿
槍術:9
風魔法:5
光魔法:5
治癒魔法:3
釣り:3
全員見事に、ほぼ戦闘スキルばかりである。
赤城翔馬は剣術と火魔法に極振りして、余ったポイントを防御用のつもりで土魔法に使っている。
完全な脳筋仕様で、春日部天呼に器用貧乏と言い放ち、今回の熊を倒したのも彼である。
青山鋼雅は短剣と隠密をメインにしていて、気分はもう忍者である。
闇魔法を取得しているのも、中二心のなせる業だ。
黄原俊は槍術に極振りしているが、治癒魔法と、食料確保の為の釣りを選択している分、幾らかマシである。
さすがに、バランスが悪いので、『神様?』の独断で、
赤城翔馬に金属加工:2、狩猟:2、野草採取:1
青山鋼雅に料理:3、土魔法:1、野菜栽培:1
黄原駿に弓術:3、木工:2
が、ボーナスポイントで追加されている。
そして、唯一の女子は、
夏木梨衣奈
治癒魔法:7
水魔法:5
医術:5
薬草採取:3
棒術:3
料理:2
ボーナスポイントは闇魔法:1、釣り:2、野菜栽培:2となっている。
「で、誰もこのモンスター解体できるスキル持ってないわけだけど?」
半分黒焦げになった熊の亡骸を見て、梨衣奈が、そう言った。
結局、モンスター討伐を依頼してきた村の人たちを呼んできて、解体と運搬をしてもらうことにした。
「こういう場合はさ、普通、アイテムボックスみたいなスキルが有って、解体できないにしても獲物を入れて持って行けるんじゃないのか?」
解体したモンスターを運ぶ村人達の後をみんなで歩いている中、黄原が言った。
「そう言えば、そういう系の魔法とかなかったな」
青山が相槌を打つ。
「あの女神さまに聞いてみる?」
梨衣奈が提案する。
『それはですね、この世界は魔法は有っても、そこまで無茶苦茶な世界ではないからですよ』
それぞれの頭の中で、脳内神様が答えた。
『あなた方の世界に亜空間みたいなところに物を出し入れ出来る技術は有りましたか?ゲームとか以外で』
「いや、無かったけどさ。でもこの世界には魔法が有るだろ」
『魔法は万能ではありません。魔素を変換して火や水を出すことは出来ますが、それは魔法でなくても普通に存在しているものですから出せます。しかし空間を操作することは通常では出来ません。通常できないことは魔法でも出来ないのです』
「使えねえな」「通常出来ないことをするのが魔法なんじゃないの?」「アイテムボックスって漫画とかラノベとかじゃよくあるスキルだけど、そんなに無茶苦茶なもの?」
『この世界の魔法は物理現象を直接再現するだけのもです。物理現象としての空間操作も莫大な質量もしくはエネルギーが有れば可能です。ほら、ブラックホールの近傍では空間が歪んでいるでしょう。それくらいのエネルギーに相当する魔素が有れば可能ですが、この星の全ての魔素を集めても足りないでしょう。それに制御に失敗すれば星が破壊されます。高々モンスターを一匹運ぶためにそこまでのリスクは負えないでしょう?』
「なんか、よく分かんないけど、無理って事か」
黄原が落胆して、そう言う。
「って言うか、アイテムボックスとか考えもしなかったな」
能天気に赤城が言った。
「剣と火魔法がマックスなら十分だと思ってたな。こんな事なら、もっとポイントくれるように言っときゃ良かった」
それを聞いて、梨衣奈は呆れた視線を向ける。
「そんなこと言って、赤城君もっとポイントが有っても戦う用のスキルしか取らなかったでしょ。アイテムボックスとか考えもしなかったって言ってるし」
「いいんだよ、どっちみちそんなスキル無かったんだし。解体とかもやれる奴がやればいいんだ。そんな事より、この最強のスキルでモンスター相手に無双するのが俺の役割なんだよ」
背中に背負った大剣に手をかけ、そう言う。
梨衣奈は静かに溜息をついた。
「男子ってなんでこう脳筋なのかしら」