1時間でお題小説:ごめんなさい、ありがとう、いただきます
お題:
ごめんね、ありがとう
いただきます
「ドミノやろうぜ、ドミノ!」
「は?」
そう言って親友は、布袋からジャラジャラジャラァ!と無遠慮にドミノ牌を床にぶちまけた。
「おいっ、フローリング傷つけんな! それに俺、引っ越したばかりなんだからそのへんちょっとは」
「いやーこれさぁ、日本ドミノ協会公認の牌なんだってさ。4000円、奮発しちったーけどさ、どうせやるなら本物揃えたいじゃん?」
俺が床の傷がないか心配している様子など気にも留めず、親友はベラベラしゃべる。
「お前そういってまたどうせ3日で飽きるだろ」
こいつはいつもそうだ。何かを始めようとするとき、必ずと言っていいほどはじめに道具を揃えたがるのだ。ランニングを始めると言ってバカ高いシューズを買い、急に油絵を始めると言い出して道具一式揃え、やっぱ時代はデジタルイラストっしょと言っては液タブを買い…以下略。
多趣味で好奇心旺盛といえば、聞こえはいいが…。
アイツん家の、使われなくなった道具たちが眠る押入れを思い出す。所狭しと物が詰められた、どんよりしたあの空間。ドミノ牌も、そのうち押入れ行きだろうな。
床に散らばるドミノ牌の未来を考え、溜め息をついた。
「おい、聞いてるか!? ドミノ! ドミノ早くやんぞ」
「わ、わかったよ」
「んじゃあさ、ぐるぐる巻きに配置してこーぜ」
「ぐるぐる巻き?」
「そそ。かたつむりの殻みたいに、ぐるぐるっと」
「つまり、中央から外側にかけて回転させるように置けばいいんだな」
「そゆこと。いやーあのパタパターって倒れる瞬間たまらんよな」
だから、床が傷つくんだが。
まあどうせ言っても聞かないだろう。
現に親友は、もうドミノ牌を並べ始めている。俺も彼に倣って、配置しはじめた。
円を描きつつ、前に置かれたドミノがしっかり倒れる距離、角度を計算しながら、慎重に慎重に置く。
…カチャン、カチャン。
初めのほうは、ドミノって元々はゲームの道具なんだぜやら、ドミノ倒しは日本特有の遊びなんだぜやらウンチクをペラペラ喋っていた親友も、フローリングに立つドミノの数が多くなるにつれ口数が減ってゆき、ついには2人ともだまってしまった。
…もくもくと時間が過ぎてゆく。
男2人で何やってんだと思う。小学生かよ。
まあ、親友はどんなに周囲がくだらないと思うことも真剣にやるから…それは悪くないと思う。
「なあ」
ふいに話しかけてみる。
「んー?」
「お前ってさ、彼女とかいないの」
「カノジョー?」
思えば、コイツと恋バナをしたことなかったな。
「居たけど別れた。だってつまんねーもん」
「つまんないって、お前、」
「俺のやること成すこと子供っぽいってバカにしてくるから。そんで別れた」
「ふーん…」
コイツ、彼女いたのかよ。それがまず初耳だった。親友なのに何も知らないなんて。
てかこんなアホに彼女ができて、何で俺は彼女居ない歴=年齢なんだ。
親友という名のアホが口を開く。
「俺はさぁ、振り回したいタイプなんだよね。どんだけ馬鹿げたことでも楽しんでくれる奴がいい」
「…要は俺みたいなやつがいいってことかよ」
なんの気なく発した途端、親友がものすごい勢いでこちらを向いた。
と同時に、彼の右手からドミノが滑り落ちーー
「おいおま、ちょーー」
落下したドミノ牌が、床に立てられたドミノにコツンと当たる。
ガラガラガラガラガラガラァァア!
崩☆壊!!
……。
訪れたのは、静寂。
そこには、とっさの出来事に混乱してフローリングにへたり込む男2人と。ドミノの残骸。
「ごめん…いや、ほんとごめんね、ほんと、マジ許して」
「……」
終わるのは一瞬だ。何事も。飽き性なコイツと同じだ。
座り込んだまま固まっている親友を、宥めるように言葉を発した。
「ま…ドミノピザでも食おーぜ…」
俺のスマホで注文ページを開き、LサイズとMサイズ二つ頼んだ。支払いは全額こいつの金な。後で支払ってもらう。といいつつ、コイツから貸した金返ってきたことないけどな。
ーーー
宅配を受け取り、箱を開く。
ふわりとした湯気が立つ。
「うまそー!はやくくおーぜ」
「まて、皿置くから待ってろ」
ーーー
「いただきます」
俺はまたコイツのバカな遊びに付き合わされるんだろうな。
「あのさ…その、ありがとな。いつも、俺の遊びに付き合ってくれて」
こんな俺に彼女ができないのは、コイツと遊ぶのに忙しいせいだ。なんて思いながら、こぼれ落ちそうなチーズにかぶりついた。