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第15話 公国大使の頭痛の種3

 バレッタ公国は異例の速さでガリア帝国の「属国」となった。


 公家はそのまま「バレッタ公爵」になったものの、権威は地に堕ちた。他の貴族達も他人事ではない。実力主義の帝国は「つかえない家」と降格させ爵位を引き下げていった。シルヴィア様を止められなかった使節団の者達に対する目は厳しい。誰もがよそよそしく遠巻きにしている。中には家族に縁を切られた者もいた。私も妻から離縁された身だ。子供達の将来を考えればそれも致し方ない。「祖国を帝国に売り渡した男の子供」と後ろ指を指されるよりマシだろう。

 

 独り身になり、黙々と仕事だけをする日々が続いたある日の事だった。


 私の屋敷にシルヴィア様と駆け落ち相手が訪ねてきたのは――


 

「お久しぶりですね、ティオ伯爵」

 

「シルヴィア様……。何故、此処へ……」

 

「あら? 私が何処に行こうと自由でしょう?」


 言葉にできない衝撃とはこの事だろう。まるで何事もなかったかのように振る舞えるシルヴィア様に愕然とした。オロオロとしている駆け落ち相手(トリスタン)が普通に見えた。




 シルヴィア様が見つかるのは不味い。

 

 その思いだけで屋敷に入れた。長旅をして疲れたと言うシルヴィア様に客室を用意させた。理由はトリスタンから話を聞くためだ。シルヴィア様に聞いても埒が明かないからな。トリスタンが言うには、結婚式から飛び出した後は()()()()()()に匿われた後、帝国から脱出。その後、各国を転々として大きな港町にたどり着いたらしい。そこの治安部隊で働く事になった。だが、その暮らしは決して楽なものではなかった。当初は『駆け落ち』という恋愛小説のヒロインの状況に酔っていたシルヴィア様だったが、数日もしない内に現実の厳しさに音を上げたそうだ。慣れない水仕事で肌は荒れ、次第に失っていく髪の艶、それ以上に今までにない環境がシルヴィア様を追い詰めたのは市井での暮らしだという。まぁ、そうだな。蝶よ花よと育てられたシルヴィア様には到底耐えられるものではないだろう。涙ながらに語られても白ける一方だ。そんな中、公国が帝国の属国となったと新聞で知り、帰国を決意したらしい。


 ……何故そうなるのか。


 シルヴィア様の言い分はこうだ。「私は祖国を愛しているわ!だから戻らねばならないのよ!」との事だった。私としては戻ってほしくなかった。


「トリスタン。お前は自分達がどういう目で見られているか理解しているのか?」


「え?」


 ああ、理解していないのか。

 まぁ、そうだな。理解していれば公国に戻ろうなどと思うまい。


「帝国との戦争回避のために属国になったのだ。本来なら、帝国軍によって攻め滅ぼされてもバレッタ公国は文句は言えない。結婚という盟約を一方的に破棄したのだからな。お前とシルヴィア様がこの国で何と言われているか知っているか?『祖国を見捨てた裏切り者』、『他国に逃げ落ちた恥知らず』、だ。民衆よりも貴族階級からの怨嗟の声はこの屋敷まで聞こえる程だ」


 私の言葉を聞いたトリスタンの顔色が青くなる。どうやら本当に知らなかったようだ。


「帝国によって爵位を剥奪された貴族は多い。見つかればタダではすまない」


「シルヴィア様は婚姻が破談になっても帝国に賠償金が払われる位だと仰いました!」


「それは平民や貴族同士の場合だ!他国の、しかも皇族を侮辱しておいて賠償金程度で済まされるはずがないだろう!!」


 怒鳴りつけるとトリスタンがビクリと肩を震わせた。

「今更、戻ってきてどうする気だったんだ? 帝国にわびとして首を差し出す気だったのか? 既にシルヴィア様は王族ではなくなっている」


 蒼白になっていくトリスタンの様子を見て、愚かだと思うしかない。大方、帝国との婚姻を復活させて祖国を奪還するとでも言われたのだろう。シルヴィア様も愚かだが彼も愚かだ。恋に目が眩んでいた等という言い訳が通用する相手ではない。

 そんな事も分からないとは……。


「個人的感情で国同士の盟約を簡単に覆す愚かな姫を王族に戻す者はいない。大国を甘く見過ぎだ。今回の件も恐らく帝国側に知られているだろう。お前とシルヴィア様が何もせず大人しく一民間人として生きていくのなら見過ごしてくれるだろうが、元の身分に戻ったら即座に帝国が身柄を押さえに来るだろう。そうなれば我々は大人しく引き渡すしかない」


 私がそう言うとトリスタンは愕然とした表情を浮かべた。

 

「どうして……。シルヴィア様は何も悪い事はしておりません!」


 トリスタンが必死の形相で言う。だが現実は非情だ。

 

「いい加減、自覚しろ!シルヴィア様は王族だ!! その責任を果たす必要があるんだ!!」


 思わず怒声をあげてしまった。

 シルヴィア様にはもう王族としての責務はない。

 あるのは王族であった事に対する義務のみだ。

 トリスタンは納得できないようだったが、私が頑なな態度を取っているのを察したのだろう。諦めたように項垂れていた。



 


 数日後、泣いて縋るシルヴィア様を強制的に山奥にある修道院に送った。


 一応、バレッタ公爵家の許可は取ってある。

 シルヴィア様は家族から受け入れ拒否をされて酷く驚いていたが、当然の結果だ。愛しい娘、姉、妹、といえども限度というものがある。国を滅ぼした女を家族だからといって許すはずがない。涙を流しながら睨み続けたシルヴィア様。いつも楽しそうに笑っていた姫君だったのに……随分と変わったものだ。それとも、元々がこういう性質だったのだろうか。


 トリスタンは以前いた港町に戻る途中に亡くなった。


 強盗の仕業ということになったが、恐らく元貴族の仕業だろう。シルヴィア様同様に相当の恨みを買っていたのだから仕方ない。国を滅ぼした世紀の恋の終幕は何とも呆気ない幕切れで終わった。


 



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