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螺旋の檻  作者: 月鳴
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目覚め

近親相姦、人が死ぬ描写があります。基本的に気持ちの悪い、じめっとした話ですのでそういうのが好きな方だけお読みください。決して万人向けの話ではありません。冒頭があらすじになっているのでそれを読んで無理だと思ったら速やかにページを閉じて記憶から消してくださいますようにお願い致します。

 気がつくと見覚えのない部屋にいた。自分の寝ているベッドサイドには見覚えのある男の顔。何が面白いのか、私の顔をじっと静かに見つめている。


 ――男は私に、妹と弟が死んだと告げた。二人は橋から身を投げて心中したらしい。


 私の血を分けた兄弟。可愛くて愛おしくて憎らしかった、私の欲しいものを全て持っていた妹。そして、優しくて思慮深く誰よりも愛おしかった弟が。


 その日私は幼なじみと結婚するはずだった。彼と結婚する前日、彼の屋敷へ向かう途中で事故にあったという。ダリオと名乗った男は確かに見覚えがあって名前も幼なじみのものだったが、どこか違和感があった。


 事故にあったせいでそれが何故なのかはっきりとしない。記憶も曖昧なところがある。思い出そうとすると酷い頭痛がした。


 ダリオは無理に思い出す必要のない事だと言って私をベッドへと戻した。


 ベッドの向かいに置かれたチェストの上に置かれた双子の人形。その物言わぬ二対の眼は何か言いたげに私を見つめている。





「ご機嫌はいかがかな、ユーラチカ」


 おっとりとした優しい声で名前を呼ばれる。ダリオは榛色の瞳を細めて私に笑いかけた。それは記憶の影に残る誰かの笑顔に似ている。


 私とダリオは同い年で生まれた時から幼なじみだった。家族同士の仲もよく、卸問屋の彼と商家の我が家とで、仕事の面でも密接な関係でその延長にある婚姻だった。

 平凡な関係だったと思う。恋とか愛とかそんなものを知る前から一緒にいた存在。兄弟に近かったと思う。でも不満はなかった。お互い考えることが手に取るようにわかったし、気が強い私とそれを包むようにおおらかな彼とは相性も悪くなかった。結婚に不安はなかったはずだ。

 でも、どうしてだろう。


「君の体調が戻り次第、式を挙げよう。ふたりきりで」

「……ふたりきり?」

「ああ、君はまだ本調子じゃない。できるだけ静かな方がいいだろう」


 ダリオが結婚と口にする度にどうしようもない不安に駆られるのは。

 何か大きな穴の中に落ちるような、その一歩手間にいるような、そんな気持ちになってしまうのは。


 まだ私の記憶が不安定なせいだろうか。



 私の記憶を整理するためにも、きょうだいのこと思い返すとしよう。


 私には二つ下の双子のきょうだいがいる……いや、今はいた、というのか。


 妹と弟は、容姿はよく似ていたけれど性格が全然違った。引っ込み思案でうちにこもりがちなロナスと、走り回るのが大好きなお転婆姫のアニー。

 ロナスを引っ張って庭を駆け回るアニーと涙目で引き連れられて私に助けを求めるようにして見つめてきたロナス。


 二人とも私にとっては可愛いキョウダイだったけど、歳を経るにつれその関係は少しずつ変わっていった。


 双子は元々両親のいいとこ取りをした美しい子どもだった。その美しさは歳を重ね、ますます輝き、双子と平凡に生まれた私とではキョウダイにすら見られないこともしばしばだった。

 幼なじみのダリオも容姿が良かったので、そんな人達に囲まれていると美醜がむしろどうでも良くなっていった。気にしている方が疲れるのだ。

 彼らに対する妬みなどが、なかったわけではないのだけれど。


 アニーは周りを喜ばせることに長けた少女だった。見た目の愛らしさで周囲を癒し朗らかにさせた。誰も彼女の言うことを否定できなかったし、彼女の行為は誉めそやされた。

 私は長女で同じ姉として、自然と比べられることが多かった。口数が多くない私は暗い印象を与えて、口にするのは妹をたしなめる言葉ばかりだったことも良くなかったのだろう。

 姉として、年長者として、どこか威張っていたのかもしれない。アニーはあまり気にしていないようだったけど、周りの目はそうではなかった。

 厳しすぎると言われてしまったこともある。私としては良かれと思って言ったことだっけど、他人から見てそう思わないのなら余計な事だったのだろう。


 すべてがおうおうにしてそんなふうであったので、思春期にはそれなりに思い悩んだりもした。

 けれど相変わらず私を慕ってくれるロナスに励まされて、だんだんと平気になっていたのだ。姉さんは悪くないと言ってくれたのもロナスだった。

 このことはロナスにいくら感謝しても足りない。でなければ今の私はこうしていられなかっただろう。


 だってダリオは、アニーのことを好いていたから。


 私とダリオは決して悪い仲ではなかったけれど、それは友人以上の、言わば家族としての仲の良さだった。私は多少なりとも好意を持ってはいたけどダリオの心の中にはアニーがいた。

 それに気づいてからそれとなく両親にアニーとダリオが結婚してはどうかと言ったこともある。

 でも両親は落ち着きのない妹が少なからず商売に関係する結婚で、上手くやれるとは思っていないようで、両家の顔に泥を塗ることは出来ないと頑なに拒否していた。

 確かに妹はあまり勉強が好きではなく蝶のようにいつもヒラヒラと飛び回っていたから両親の不安も理解できないわけじゃなかった。だからダリオには申し訳ないと思いながらも自分が結婚することを選んだ。


 アニーは私がダリオと結婚することを大いに喜んだし祝ってくれた。ロナスは姉がいなくなるのが寂しいと最後まで祝ってはくれなかったけど頑張ってと応援してくれた。だから私はそれだけで他家へ嫁ぐ勇気が湧いた。

 いくら勝手知ったる幼なじみの家といっても他者の家には違いないのだから。


 嫁入り道具を詰めて、一人鏡台の前に座る。何の変哲もない赤茶の髪に、グレーの瞳。少し低い鼻、短いまつ毛。男性のように薄いくちびる。どれもコンプレックスだった。

 アニーとロナスは、金の髪に若葉色の瞳で少しクセのある髪だ。まつ毛は烟るように長く、アニーのくちびるは艶っぽい肉感があった。

 でもロナスはそんな私を美しいと褒め讃えた。おおげさなくらい真剣に私を褒めるものだから、その必死さについおかしくなって笑ってしまったのを覚えている。

 まだ子どもだと思っていたのにあんなに女を褒める言葉を知っているなんて将来はきっと罪深い色男になるだろうとからかえば、ロナスは頬むっとさせて「姉さんにしか言わない」なんて冗談を言うものだからまた笑ってしまった。


 彼は優しい子だった。


 ――あんなに、優しい子だったのに。






「……嘘でしょう?」

「いえ、本当です。テムル川の下流で死体も見つかっています。水に長時間浸かっていて顔も判別出来ない有り様でしたが、着衣が直前に目撃されたものと同じでした」

「アニーとロナスが、心中?」

「ええ。お互いの身体を離れぬようにロープで縛り付けていたそうです。ごめんなさいと書かれた遺書らしきものも……」

「そんな……」

「アニーの部屋からロナスとの禁じられた恋に悩む日記も見つかったのが決め手になったようです。思いが、溢れてしまったのでしょう」


 何も姉の結婚前日に心中しなくても。


 一瞬でもそう思ってしまった私はなんて嫌な姉なのだろう。そして私は私でダリオの家へ向かう途中、馬車の脱輪事故にあって意識不明になっていた。何かに呪われているとしか思えないくらい悪いことが立て続けに起きたのか。


「ここは君のご両親が君のために用意してくれた家なんだ。結婚したら僕らが住むはずだった家とは違うんだけど」

「どうして、家を変えたの?」

「その家は街中にあって、あー、その……」

「ああ、スキャンダルですものね」


 双子の禁忌の恋からの心中に、その姉の結婚目前の事故。こんな格好なスキャンダルの餌食があったら誰だって飛びつくだろう。

 世間は面白可笑しく騒いだことが容易に想像できた。他人の不幸は蜜の味、禁断の果実の味はさぞ甘いことだろう。


「だから郊外の静かな場所に変えたんだ。君の療養も兼ねて」

「……そう」


 確かにここは酷く静かな場所だった。木々のさざめきと鳥の声しか聞こえるものがない。彼が廊下を歩く音や椅子に腰掛ける木の軋んだ音まで聞こえてくるのだから。


 双子のこともダリオのことももうはっきりと思い出せた。自分のことについてもきちんと覚えている。なのに何故、胸がひんやりとするような不安を感じているのだろう。


 優しく手を握りしめてくるダリオの体温に懐かしいものを感じるのに、どうしてこんなに心がざわついて落ち着かない気がするのか。


 わからない。なにがわからないのかも、わからない。




「――それでは誓いの言葉を」


 白いツル薔薇のアーチの下、快晴の空の元、ヴェールを被っただけの私とネクタイを締めただけのダリオの簡素な結婚式が始まった。無愛想な強面の神父は低い声でそういうとそれきり黙ってしまう。

 誓いの言葉なんてすっかり忘れてしまった私はダリオの目を見て困っていることを伝えようとする。

 ダリオはにこっと笑って。


「私は、ユーラチカを永遠に愛すると誓います」


 そして私の手を握り、誘導する。


「……私もダリオ、を愛し、尊重すると、誓います」


 目が合った時、ダリオの瞳が二重に見えた気がした。それは瞬きのうちに消えてしまったけれど。


「それでは二人が婚姻したことをここに認めます。おめでとうございました」


 あんまりにも無骨でぶっきらぼうな祝福の言葉だったけれど、これで私とダリオは晴れて夫婦となったらしい。実感はあまりなかった。





 初夜の夜が来て。ダリオが私の元へやってくる。彼はまだ今は難しいだろうから、のちのちゆっくりと関係を深めていこうという。

 私も一応覚悟していたはずが、ダリオの言葉に安心を覚えて、本当は不安だったことに気づいた。


 彼が待ってくれると言うのならそれに甘えようと私も頷いた。



 その夜、私はひとりきりのベッドで夢を見た。


『――ねえさん』


 弟の声がする。私を呼ぶやわらかい声。優しさで作られたようなその声で名前を呼ばれるのが好きだった。


『――ユーラチカ』


 それに重なるようにダリオが名を呼び微笑む。




 ダリオ。あなたは、いったい誰なの?


次ページはおまけ程度の話です。

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