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カノンと土の塔  作者: 一ノ瀬一
第1章 入学編
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第7話 魔術は人を変える

 アンドレ先輩の言った通り、あれから数日はシルヴィと一緒に研究会見学に行った。しかしやはりというか固有魔術研究会以上に魅力的なものはなく、私は初日に宣言した通り、固有魔術研究会に入ることにした。

 シルヴィは別の研究会に入ると言っていて少し安心した。魔術師として成長するには他の研究会の方が教えてもらう機会も多いだろうし、正直アンドレ先輩は魔術を教えるのが上手いとは思えなかったからだ。

 今日は見学期間が終わって顔合わせの日──一人で以前連れていってもらった研究会の部屋に向かい、扉を恐る恐る開く。

「……こ、こんにちはぁ」

 部屋の中には見たところ誰もいないようだったので、小さく挨拶をしながら入ると、奥の本棚の方から物音がする。アンドレ先輩かな、と思っていると、見知らぬ少女が顔を出す。

 綺麗な金髪を縦に巻いた、いかにも「お嬢様」と形容するのが相応しい少女──漂う気品までが、まるでどこかの貴族の息女のようだ。もしかするとパスカル殿下のように、魔術に邁進するために入学した本物の貴族なのかもしれない。

「あら、新入生かしら──ということはあなたがカノンさん?」

「……はい」

 声から伝わるお淑やかな雰囲気に気圧されながら肯定を返す。

「アンドレさんから聞いてるわ。わたくしはリリアーヌ、よろしく」

「……カノン、です。よろしくお願いします」

「本当は今すぐに歓迎パーティーでも開きたいのですけれど──初対面ですし、自己紹介も兼ねてここは一つわたくしの魔術をお見せしましょう」

「あ、ありがとうございます」

 そう口から出てしまってからハッと気付く。気品や仕草の優美さに誤魔化されていたが、やってることはアンドレ先輩と近いのではないか、と。

 よくよく考えれば魔術師でも「初対面なので魔術を見せましょう」とは言わない。二人は雰囲気や外見は全く違うもの、思考回路が似ている──なんとなくそんな気がした。




 部屋を出て練習場の隅にあるフィールドまで来たリリアーヌ先輩は、準備運動のようなものをして気合を入れる。研究会の会室がある棟は練習場の近くにあるので、気軽に魔術を使えるようになっている。

 よし、と小さく呟いた先輩は凛とした声で詠唱を始める。

「土よ、せり上がり、花となりて、開け──」

 詠唱が終わると、土の柱がズズズと地面から生えてくる。「土よ、せり上がれ」は土の壁を作る一般的な魔術の詠唱なのでそのアレンジなのだろうとおおよその見当はつく。しかし「花となりて、開け」というのは初めて聞く。壁を動かしても花にはならないと思うけど……どうなるのか楽しみだ。

 土の柱は先輩の背丈の何倍もの高さになってもニョキニョキと成長を続けていた。

(あまり伸ばしすぎると制御が難しいし、もし失敗すれば崩れた土くれが降ってくる危険も大きくなる。大丈夫かな……)

 ハラハラしながらもどこまで伸びるんだろうと大きな柱を仰いでいると、柱の成長が止まり、真ん中から裂けはじめた。そして割れた柱の尖端だったものが薄く向いた野菜の皮のようにしなりながら、地面へと落下する。

(危ない……ッ!)

 隣にいるリリアーヌ先輩も庇えるように大きめに作った土の壁を出す。あんな大きなものが落ちてきたら破片が飛んできて危ないと思ったのだが、当の先輩は──

「オーッホッホッホッホ! これがわたくしの魔術! 派手で美しいでしょう!」

 ズシンズシンという轟音がいくつも響く中、満足げに高笑いをしていた。先ほどのお淑やかな雰囲気とは別人のような様子に面食らっていると、それに気付いた先輩がハッとする。

「オホホ……はしたなかったですわ。どうでしょうか、わたくしの魔術は?」

 繕おうとしているけどさすがに手遅れ。魔術を使うと人格が変わるタイプなんだなと私は察した。

 土の柱はどうなったのかを見るために、防護のために出していた土壁を引っ込める。するとそこには巨大な土の花が咲いていた。

「すごい……」

 思わず口から感嘆が漏れる。土の柱から裂けて落ちた一つ一つが花弁になって、一輪の花を形作っている。さらにすごいのは、その花弁が二十、三十とあること。内側にも花弁が敷き詰められており、その様相がまるで本物の花そっくりなのだ。

「オーホッホッ──ありがとう、嬉しいわ」

 おそらくやっていることはとても単純──土の柱をせり上がらせ、特定の場所に亀裂を入れる。しかし自然落下すると花になるように計算して亀裂を入れるのは相当な試行錯誤がいるはずだ。

「嬉しいからもう何輪か咲かせちゃおうかしら」

 照れながらまたニョキニョキと土の柱を生やすリリアーヌ先輩。避難を始める他の練習場利用者を尻目に今度こそはどう亀裂を入れているのかしっかり観察しようと意気込んでいたものの、あることに気付く。

(この魔術、フィールドを元に戻すのめちゃくちゃ大変なんじゃ……)

 壁などは地面を押さえるように魔術を使えばすぐに元通りだが、この複雑で巨大な土の塊はそうもいかなさそうだ。しかし、そんなことよりもこの魔術を解明することの方が大切だとすぐに思い直し、観察に戻る。

 こんな面白い魔術──先輩が見せてくれるこの機会を逃すわけにはいかない。


 * * *


 研究会に行くのが遅れたアンドレが急いで会室へ向かっていると、見覚えのある馬鹿でかい土の花がフィールドの端に咲いているのが見える。

(リリアーヌか……あれは後片付けが大変なんだよな。あの数はカノンに褒められて調子に乗りでもしたんだろう。)

 今日は研究会の活動を詳しく紹介しようと思っていたが、明日に回すことになるだろう──アンドレは大きなため息を吐き、すぐにリリアーヌを止めに向かった。

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