第0話 プロローグ
皆が固唾を呑んで観ている中、カノン・グラッドストーンは自身の得意とする雷属性の魔術を詠唱する。
「雷よ、我が悲しみを──」
一言ずつ噛み締めるように、しかし滞ることなく滑らかに詠唱をしながら、魔力を練って術式を組み上げていく。
術式を組み上げるのは編み物によく似ているとカノンは思う。編み目一つ一つを正しい場所に作っていき、一枚の布にするような精緻な作業──使うのは目に見えない魔力の糸という違いはあるが。
一段、また一段と正確に組み上げられた術式は非常に複雑なもので、編み目一つでも失敗すればきっとこの術式は発動しないだろう。それでも彼女はこの場で使う魔術にこれを選んだ。
「我が怒りを──」
おじいさまの遺したものを誰にも奪われたくない──動機は非常に個人的なものであったが、「おじいさま」は彼女の全てだったのだから、彼女にとっては十分すぎるものだった。
彼女は雑念を振り払って、ただ魔術を発動させることだけに集中する。慥かに、寸分の狂いもなく精確に、在るべき場所へと次の編み目を作る、作る、作る。
「────解き放て」
カノンの最後の一言とともに、彼女の作り上げた巨大な術式は完成する。それと同時に空から幾条もの光が落ちてくる。もし人間がどれか一つにでも当たれば即死は確実なそれは冷酷に、無慈悲に、命を刈り取る天災のようで──それが人智を超えているものだということは誰の目にも明らかだ。
加えてその場にいた人間には即時に耳を聾さんばかりの雷鳴が、また遠く離れた街や村には遅れて地鳴りのようなゴゥという音が、響いた。
その日、カノンは弱冠十六歳にして土聖となった。