画像生成 ★ かるぱっちょ
教室の隅、早朝の軽風に躍るロングストレート。
近寄りがたいほどの美少女が、独り佇んでいた。
でも、大丈夫。
こちらには会話する、れっきとした理由がある。
教えてくれたAI画像生成の成果を報告しよう。
他の連中が登校してくる前に済ませなくては――
「近づくな」
「行方さん」
「仄暗き我が瞳に蠢く異類異形の者たちよ 逢魔が時は来たる 宵に焦がれし汝が渇き 暴虐の裁きとなりて無窮へと抜き放たれる う~むむ。壊劫、連鎖、波動。えこう。チェイン。波動……バー?」
「ねこみ氏だった」
「うっきゃ~!!」
「それ敵の悲鳴?」
「やっ、これ……いいえ、違います」
「エコーチェンバーはSNSで似た者同士が交流してるうちに偏見の塊になっていく現象。それ、あんまり抜き放っちゃダメだよ。波動は、ウェイブ?う~ん、うん、あ、ヴィルヘルム・ライヒがオルゴンっていう波動エネルギーでUFO撃墜しようとしてたって記事があった。 ……オルゴンは?」
「そ、それよ、オルゴン」
採用された――!?
一時保存して、スマホをポケットにしまう。
眼鏡を外し、眼鏡ケースにパタンと入れた。
毎回眼鏡を外すのは、オレの三白眼が原因だろう。
虹彩の薄い獣眼も残忍な性格を表しているらしい。
こんな凶悪な顔と、正面切って話したくないのだ。
くっきり視えなければ、気にすることも無くなる。
そして、少し緊張した表情。
悪役っぽい笑い方だとズバリ言われたこともある。
この1年でニョキニョキ身長も伸びた。
女の子に怖がられるのは、諦めている。
「ん、んっ」と喉の調子を確かめて、澄んだ声で「おはよ」と挨拶されたので、「ああ、おはよう」と改めて返事をした。
「メッセージ、ありがとう。試してみた」
「機械が挿絵を描くなんてね、すごいよ」
行方さん(=ねこみうろん氏)の書く連載作品『スキル・言靈(以下略)』は、主人公がひねり出したテキトーに唱える凄そうな呪文が、魔法となって事象に対し影響を与えるというバトル主体のローファンタジー。
アニメやゲームのほか雑学全般に精通している男子中学生が、一緒に異世界転移してしまった同級生の女の子と元の世界へ帰還する方法を模索する道すがら、人類に敵対している亜人種や魔物のお姉さんなどの魅力的なキャラをやっつけては虜にしてしまうのに、すげなく袖にするのがお約束の展開となっている。
執筆中、呪文のジェネレーターなどは使わない。
場面を想像して、ブツブツ呪文詠唱を開始する。
休み時間の行方さんは、世界を呪っているとしか思えない危険人物。
それはもう、近寄りがたいオーラを放っている。
読者が多く、評価も高い。
かなりオレとは差がある。
授業中は勉強の得意な娘。
かなりオレとは差がある。
それはそれで近寄りがたいものがある。
共通の話題が無ければ、お話しする機会に恵まれることも無かった。そう考えると、コソコソ隠れて小説投稿なんて恥ずかしい趣味を続けてきて本当に良かった、なんとも感慨深い。
行方さんは鞄から学校支給のタブレットを取り出した。
ポンポンとリズミカルにタップしていく指先を眺める。
銀盤で踊るスケーターのような、綺麗な指だ。
……と?
「AIでかんたんパッっと画像生成 ★ かるぱっちょ?」
お~い、おいおい、かるぱっちょ~お!!
全然違うポップなサイトが出てきたぞ!?
しかもブラウザ上で動いてる。
敷居、低~っ!!
「この1枚に、随分苦労したよ」
「スキル・言靈の主人公かな?」
「そう、そう!」
なるほど、な。
キーワードになる単語をどんどん入力し、必要なら元画像をアップロードして、生成ボタンを押す。12枚の候補がサムネイルで表示されるから、どれかを選んでキーワードを追加する。理想に近づいたら大きな画像を生成してダウンロード。
インターフェースは【カルペ・ディエム】に似ている。
あれはインストールに2時間かかった。
苦労した分、結果に違いが見て取れる。
「左手が途中で消えてる」
「そこだけ治せないのよ」
「雰囲気は良いね。絵が描ける人は修正すれば使えそう」
「絵が描けないからAIなんですが~」
「猫昆布茶さんの先輩さんに頼むとか」
「ねこんぶちゃんの先輩さん?あの人かぁ、苦手だなぁ」
キーワード入力欄を指差して「触ってもいい?」と尋ねると、「履歴は残ってるから大丈夫よ」と言うので、現状を見てみる。恥ずかしい単語が『これでもか』とズラリ並んでいるのは『スキル・言靈』なればこそ。後半は細かい修正指示が多くなっていく。
最後に『右手と左手』の単語。
直接キーワード指定して駄目。
なにか理由が……
「容量大きくてスマホに転送してこなかったけど、実は勘違いで全然違うアプリを試しちゃって。そっちはもっとキャラクターを描くのが上手かった。今、ちょっと触った感じだけど」
「わかる?」
「元にした画像に左手が映っていない、とか?」
「そりゃあ映ってるわけないよ」
「じゃこの画像を、って……へ?」
なんだ、これは。
「 あ゛ 」
見覚えのある証明写真だ。
それは当然、そうだろう。
「そこで……何故、オレ?」
行方さんは、怜悧な顔立ちのまま無表情だった。
「オレの画像をオッドアイの白髪頭にして、鉄球斬った足枷をつけ、ベルト外した拘束衣を着せると、スキル・言靈の主人公になるの?」
口をパクパクパクと3回開閉。
ゆっくり目線が真横へ泳いだ。
両耳が真っ赤に染まっていく。
つまるところ、大失敗したんだろう――――