ふるさと新潟ゆたかな地(前編)
祐太郎達3人は着々と経験を積み、私達がいなくても十分戦えるようになっていた。
「今日はいよいよ新潟ですね。」
つるぎが真希に話しかける。
「うん、どんな場所か楽しみだよ。」
私達はデパートの裏手に集合していた。そこに一台のワンボックスカーが着き、中から男の人が出てきた。
「皆さんお揃いですか。」
大月班と小野班は全員揃っている。しかし、馴染みのある羊の着ぐるみが見当たらなかった。
「まだ杏奈さんが来ていません。」
「真希、わしはもう来ている。」
「え?」
真希が声の方を振り向くと、ジャケットにパンツ姿の杏奈がいた。
「羊じゃない…!」
「本当は四六時中着てたいのじゃが、蘭に『DAM以外では着るな』と釘を刺されていてのぉ。仕方ないから外ではこれだけじゃ。」
そう言ってカバンから羊の小さなぬいぐるみを取り出した。
「全員お揃いですね。大変申し訳ないのですが、今回運転手を務めるはずのスタッフが体調を崩してしまい、ご一緒することが出来なくなってしまいました。私もまたすぐにDAM本部に戻らないといけません。どなたか運転できる方はいらっしゃいますか。」
「わしが務めよう。」
手を挙げたのは杏奈だった。
「えっ!杏奈さん、運転できるんですか?」
祐太郎が驚いたように声を掛ける。まあ、あの見た目じゃ無理もないよね。
「うむ。わしはもう27歳じゃ。さあ、乗り込め。」
祐太郎は信じられなさそうに杏奈を見つめていた。
「杏奈さん、ありがとうございます。お気をつけて、いってらっしゃい。」
サポートスタッフの男性に見送られて、私達7人が乗った車は発進した。
助手席の祐太郎が神谷総監督から指示された目的地までのナビを設定する。向かうのはDAM新潟支部だ。
「ここからだと大体3時間半くらいですね。」
「ん?そんなにかからんぞ。」
そう言ってぐうっとアクセルを踏み込んだ。車が唸りをあげる。
「安全運転で参る!」
「はぁーっ!いいところじゃのぉ。」
目的地に着き、車から降りた杏奈は大きく伸びをした。そしていそいそと着ぐるみに着替える。もうそこには突っ込むまい。今はそれよりも、
「ぜんっぜん安全運転じゃないじゃないですか!」
私は杏奈さんに抗議した。スピードガンガン出すし、急ハンドル急ブレーキは当たり前。ほんと、生きた心地がしなかった。
「こ、心の補助ブレーキを思いっきり踏み込みましたぁ…」
祐太郎さんは心労でぐったりしている。
「安(定感をないがしろにてでも)全(力でスピードを追い求める)運転じゃな。」
いや、もう根本から間違ってるから!
「帰りは僕が運転します…」
「祐太郎さん!運転できるなら早く言ってくださいよ!」
「いや…だってこんなに嬉々として運転してる人に道中でそんなこと言ったら、大人しく目的地に連れて行ってもらえない気がして…」
確かに…この先何があっても杏奈さんを運転席に乗せないと決めた。
「うう…気持ち悪…」
朔が苦しそうに呟く。つるぎも顔が青白い。その一方で…
「ふぅー、あっという間のドライブだったな!なあ、柚葉!」
「ほや…?もう着いたんですか。寝てて気が付きませんでした。」
杏奈さんの運転に終始興奮していた寧々ちゃんとずっと寝てた柚葉ちゃんは図太いというか、ちょっとおかしい。
「この坂の上が新潟支部じゃ。」
新潟支部は山間の村のはずれにあり、夏は過ぎたがまだ青々とした木々が生い茂っている。坂を上ると柵で囲われた中に生き物がいた。
「なんじゃこのモフモフで可愛らしい生き物は!」
杏奈は興奮して息を荒くする。そこにいたのはアルパカだった。
「杏奈さん、この生き物はアルパカって言うんですよ。」
「なんと、名前まで可愛らしいとは!この胸の高鳴りは羊の存在に出会った時以来じゃ!」
モフモフのアルパカとモフモフの杏奈さん。多分この柵の中に入っても遜色ないと思います。
その時、柵の奥に見える平屋の建物から女性が出てきた。
「遠いところからお越しいただきありがとうございます。DAM新潟支部長の佐々木里穂です。」
「わしはDAM本部研究員の和泉杏奈じゃ。こちらこそ大人数で世話になる。」
「そんな!むしろ賑やかで嬉しいです。さあ、中へ入って少し休んでください。」
里穂さんに案内されて私達は建物の中に入った。
中には台所や畳の部屋があり、普通の民家みたいだ。畳に座ると杏奈が切り出した。
「この度はわしらの申し出を受けていただき、感謝する。ところで他の構成員はいないのか?」
「はい、3年前に新潟でマナンが発見されて初めは20人ほどのメンバーがいたのですが、もう2年以上マナンが現れていないのでみんな来なくなってしまって。当時使っていた建物は引き払って、今は表にいるアルパカの世話をする条件でこの村の公民館を使わせてもらっているんです。」
へぇ、東京はマナンの数が増えているけど、新潟はもう現れなくなっているんだ。
「なるほど、それは大変じゃったな。」
「いいえ、毎日が平和であんな凶悪なものがこの世界に存在するっていうことを忘れそうなくらいでした。だから、本部から調査のお話をいただいた時、嬉しかったんです。またマナン撲滅のために働けるって。」
「そうか…それではよろしく頼む。」
「はい!」
杏奈はカバンから取り出した地図を広げた。
「今日の予定は水の採取じゃ。二手に分かれて一方はここ、もう一方はここに行って水を採ってきてほしい。」
杏奈は地図上の2地点を指さした。
「わしはこの建物に残って作業しているから、日没前までに頼んだぞ。」
そう言ってひらひらと手を振った。
杏奈さん以外の私達6人は地図と採取用の蓋付き容器を持って外に出た。祐太郎が口を開く。
「さて、チームの割り振りはどうしましょうか。」
「どうするって、僕らの班と祐太郎達の班でいいだろ。」
朔が答えた。
「でもこれから先、必ずしもいつものチームで戦えるとは限らないですよね。即席チームでマナンと戦うことがあるかもしれない。だから今回はガーディアンの真希ちゃんと柚葉ちゃんを入れ替えて採取に行くのはどうですか?幸い、朔は柚葉ちゃんとも相性がいいと、この前神谷総監督から聞きました。僕も真希ちゃんにマナンを見せてあげられることがこの前実証されましたし。」
ええっ!この前の公園のこと、朔に言っちゃうの!?なんとなく、朔には秘密にしておきたかったのに。
朔が真希のほうをじろっと見た。
「実証したって…真希、本当なのか。」
「あ、うん…ちょっとね。」
「そうか…」
祐太郎が他の3人の顔を見回す。
「皆さんは何か意見ありますか?」
「私は朔と同じグループならいいです。」
「あたしは好きにさせてくれるなら何でもいいぜ!」
「私は皆さんの良いほうでいいですよ。」
つるぎ、寧々、柚葉は反対しなかった。
「じゃあ、今回は特別チームってことで。」
祐太郎は朔に柚葉の武器を手渡した。
「僕たちは左側のポイントに行ってきます。真希ちゃん、こっち来て。」
「はい。」
真希が祐太郎に駆け寄る。
「マナンがしばらく出てないって言っても何があるか分からないからね。」
そう言って真希と優しく額を合わせた。
「僕らは先に行くから朔達も気を付けてください!」
祐太郎、真希、寧々は目的地に向けて歩き出した。
「祐太郎のやつ…!」
「朔、私達も行きましょう。」
「絶対、あいつらよりも先に戻って来てやる!」
朔、つるぎ、柚葉も出発した。
真希、祐太郎、寧々の目的地は村を越えた向こうにある山の中だった。
「祐太郎さん!なんで朔にこの前のこと言ったんですか!」
「僕も真希ちゃんと組めるってこと、朔も知っておいた方がいいと思ってね。この前のことも事例としてみんなにも共有しておいた方がいいでしょ。それとも、何か言わないほうがいい事情あった?」
「それは…ないですけど。」
「朔には後で僕の方からどういういきさつだったか説明しておくよ。」
「おい、なんのことかあたしにも説明しろ。」
寧々が不機嫌そうに話に入ってきた。祐太郎が公園での一件を説明する。
「なるほどな…DAMが駆けつけるより先にマナンを発見して倒したってわけか。じゃあ、やっぱり武器は自分で持っておいた方がいいよな。なぁ、祐太郎?」
「確かに今回はそのおかげで助かりましたけど…でも執行官一人ではマナンを破壊できませんし。」
「今あたしに武器渡さないなら、その日祐太郎は真希とデートしてたとか適当な話でっち上げて朔に吹き込むぞ。」
「それは、面倒なことになりそうですね…」
祐太郎は寧々に武器を渡した。
「絶対になくさないでくださいよ。」
「当たり前だろ。」
寧々はスカートのポケットにしまった。
「ない…」
村を越え、山の麓まで歩いたところで寧々がそう言った。
「ないって何がないんですか?」
祐太郎が尋ねる。
「あたしの武器が…ない!」
「ええーー!?」
思わず声が出てしまった。
「と、とりあえず来た道戻って探そう。」
3人は急いで引き返した。村まで戻ってきたところで祐太郎が指をさす。
「もしかして、あれじゃないですか?」
示す先には女の子がいた。手には真っ黒な塊。
「それ!あたしのものなんだけど!」
寧々が武器を取り戻そうと女の子に飛びかかった。驚いた女の子はそれを手から落とした。
『ガシャン』
真っ黒な塊は地面にぶつかり、その衝撃で短剣の形に変形した。
「真希!あれ!」
祐太郎が声をあげる。見ると1体のマナンが女の子の方に近づいてきていた。さっきまでは気がつかなかったのに。
この前みたいに子供を操らせたりなんかさせない。真希は自分の武器を開いた。
「やぁぁー!」
真希はマナンに斬りかかった。コアが破壊され、マナンが消滅する。今回は間に合った。
「お姉ちゃん、何してるの?」
女の子が不思議そうな顔で見てくる。
「あー、えっとね…素振り!お姉ちゃん、自分の剣捌きを人に見てもらいたくなる癖があるんだよねー。」
「変なのー。」
「あはは…」
女の子と手を振って別れ、3人は再び歩き始めた。
「寧々ちゃん、僕は絶対なくさないでって言いましたよね。」
優しく微笑んでいるけど目は笑っていない。こういう人怒らせるのが1番怖いよな…
「ひゃ!ひゃい!ごめんなさい!」
寧々がビクビクしながら謝る。
「うん。分かってもらえればいいんだよ。とりあえず、武器は僕が預かっておくね。」
そう言って寧々の手から武器を取り上げた。
「真希ちゃんはいい反応だったね。さすがだよ。」
「ありがとうございます。」
祐太郎は顎に手を当てて呟いた。
「…柚葉ちゃんは急な対応に弱いからなぁ。最終的にはきっちり仕留めてくれるけど、マナンを見つけた時はいつも硬くなっちゃうし。どうにか特訓しないとな…」
祐太郎さんもチームメンバーのこと、よく考えているんだな。
「遅れた分もあるし、急いでいかないとね。」
祐太郎を先頭に私達は歩みを速めた。