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新入り(後編)

 着いたのは廃ビルだった。一階部分には看板がついており、どうやらラーメン屋だったようだ。

「どこからマナンが出てくるか分からないからな。真希!」

「はーい。」

 私は朔と額を合わせた。

「じゃあ柚葉ちゃん、僕たちもやろっか。」

「はい。」

 祐太郎と柚葉も額を合わせた。

「一階から順番に調べるぞ。」

 朔を先頭にしてビルの中に入る。中は薄暗く、床にはイスやテーブルが散乱していた。奥には厨房と階段が見える。

「不気味な感じですね…どこから出てくるんだろう…」

 真希の後ろを歩く柚葉が不安そうに呟く。

「大丈夫だよ、私達がちゃんと守るからね。」

 不安になるのも無理ないよね。これから見たこともない危険な物体と対峙するんだから。

 厨房には様々な調味料や鍋などが散乱していた。一階にはマナンの姿は無く、階段で二階に上がる。

「いたぞ、マナンだ!」

 朔の言葉に私達は急いでフロアに入る。

 一階と同様、物が散乱したフロアの奥にマナンの姿が見えた。こちらに気づいたのか、マナンは下部を触手のように伸ばし、近くにあったテーブルを掴んだ。

「真希はコアだけに集中して狙え。つるぎはマナンの攻撃に対応して真希に道を開くんだ。」

「分かった。」

「分かりました。」

 真希とつるぎは武器を構えた。

 まずはつるぎがマナンに突撃する。マナンはつるぎを目がけてテーブルを振りかぶった。

『ガシャン』

 つるぎは斧を下から回し上げ、頭上に振り上げられたテーブルを吹っ飛ばした。武器を失ったマナンはガラ空きだ。

「はぁぁーー!」

 真希はマナンに向かって一直線に走り、剣を振りかぶる。

 捉えた!

 振り下ろした剣はマナンのてっぺんから入り…途中で止まった。

「何で!?」

 手ごたえが重く、剣がコアまで振りぬけない。

 マナンの触手が近くのイスを掴む。

「真希!危ない!」 

 朔の声が聞こえる。一旦剣を引きぬこうとするが固くて動かせない。

 マナンがイスを振りかぶった。

「真希!」

 イスが振り下ろされるギリギリのところで、つるぎが真希を抱えて回避した。

「つるぎ、助かった。ありがとう。」

「いいえ。」

 剣に気を取られて危うく攻撃を受けるところだった。でも、剣はマナンに刺さったままだ。

「また変な進化しやがって…」

 朔が苦々しく呟く。

 マナンから距離をとり、全体を眺めるとマナンの半透明の部分がいつもと様子が違う。何というか、

「なんか、氷みたい。」

「確かに…これは過冷却を応用したものかもしれませんね。」

 後ろで見ていた祐太郎が言った。

「過冷却って?」

「ペットボトルを勢いよく振ると中の水が一瞬で凍るところ、見たことないですか?あれは0℃以下になっても凍らない過冷却の状態になった水に刺激を与えることで氷になる現象なんです。さっきは真希さんの剣の衝撃で水が凍結したのではないかと思ったんです。…まあ、マナンの下部が液体のままでいることや0℃以下の水をどうやって保持していたかなど、説明のつかないことばかりなんですけどね。」

「マナンの説明つかないところなんていちいち気にしてたらキリないぞ。…要するに氷なんだから溶かせばいいってことだろ。真希!厨房行って塩持ってこい!」

 そう言って、朔が行けと手で合図する。

「なんで塩?」

「いいから!」

 朔に急かされて急いで厨房へ向かう。床や調理台は小麦粉などの袋が切られて中身が散乱していたが、戸棚を開けると未開封の塩の袋が見つかった。

「朔!持ってきたよ!」

 二階に戻るとつるぎがイスを持って暴れるマナンと対峙していた。

「つるぎ!何とかマナンにヒビを入れてくれ!」

 朔が叫ぶ。つるぎは凍った部分に斧を打ち付けようと大きく振りかぶるが、イスに邪魔されて当てることができない。

 私は武器がないし、どうしよう…

「祐太郎、あたしの武器だして。」

 寧々が祐太郎の袖を引っ張った。

「仕方ないですね…僕らは見学ってことになっているんですから怪我しないでくださいよ。」

 そう言って折りたたまれた武器を渡す。

「誰に言っているの。あたしは最強と呼ばれた宮野寧々だぞ。」

 寧々が武器を開く。真っ黒い短剣だ。

 寧々は軽い身のこなしで一気にマナンまで駆け寄り、つるぎに向かってくるイスを捌いた。

「こいつの攻撃はあたしが引き受けてあげる。あんたはさっさとやることやりな。」

「…ありがとうございます。」

 寧々は次々と攻撃してくるマナンの触手を切り落とす。すぐに再生するのでそれ自体はマナンに対する攻撃にならない。

 でも、つるぎへの攻撃がやんだ。

「やぁーっ!」

 おおきく振りかぶった斧が硬い氷を打つ。ギシっと音がして氷にヒビが入った。

「真希!あのヒビに向かって塩を投げろ!」

 朔の指示に従って真希は封を切った塩の袋を投げつける。

「そりゃっ!」

 塩は見事命中し、少しずつ氷が解けていくのが分かる。

「3人ともよくやった。寧々、手伝ってくれてありがとう。」

 朔が寧々に声を掛けた。

「別に。あんたたちのためじゃないから。新しい武器使いたかっただけだし。」

 そう言ってフンっとそっぽを向いた。素直じゃない子だなぁ。

 マナンは触手での攻撃をやめ、動きを止めていた。氷が解かされたことに困惑しているのか、あるいは何か別の手段を考えているのか…

「真希!剣がそろそろ動かせそうです!」

 つるぎの言葉にハッとし、動かなくなっていた剣のもとへ走る。そして剣の柄を握り、そのまま振り下ろす。

 手ごたえがさっきと違って柔らかい。これなら切れる!

「はぁっ!」

 切れた、と思った。しかし、見るとマナンは2つに分裂していた。1体の大きさはさっきまでの半分になったが、破壊しなければならないコアが2つになってしまった。

「どうしよう、朔!」

「落ち着け、真希!2体になってもやることは同じだ。」

 …朔の言うとおりだ。落ち着いてやるしかない。

「やぁぁーっ!」

 気合を入れなおし、1体のマナン目がけて振り下ろす。その時、もう1体のマナンが私に飛び掛かってきた。

「真希!」

 つるぎの叫び声が聞こえる。剣の軌道を変え、飛び掛かってくるマナンを捌いた。

 1体を切ろうとするともう1体が襲い掛かってくる。これは結構厳しいか…

「祐太郎、柚葉に武器を渡せ。」

 朔がそう指示した。

「そんな…わたし、出来ないですよ!無理です!むりむりむり…」

 そう言って柚葉は顔の前でブンブンと手を振る。そんな柚葉に祐太郎がどピンクの塊を差し出した。

「で、でも、私…」

「柚葉!お前の力が必要なんだ!覚悟を決めてくれ!」

 朔が呼びかける。

「あ、ああ…」

 その時、不安げな柚葉の顔つきが変わった。そして祐太郎の手から武器を受け取る。

「指示を。」

 どピンクの塊は変形して弓矢になった。

「真希が1体のコアを切るタイミングでもう1体のコアを射抜いてほしい。チャンスは1回だ。」

「分かりました。」

 そう言って柚葉はゆっくりと弓を引きしぼった。

 真希は柚葉の様子を確認し、剣を構えなおした。2人なら出来る…!

 真希は目の前のマナンに剣を振り下ろした。その時、真希に襲い掛かってくるもう1体のマナンのコアに矢が突き刺さった。

「ぎゅあぁぁ…」

 2体のマナンは消滅した。

「柚葉ちゃん、ありがとう!」

 真希は柚葉に抱きついた。

「一発で射抜けるなんてよっぽど上手なんですね。」

 つるぎも柚葉を褒めた。

「え、私がやったんですか…?」

 柚葉は真希とつるぎを不思議そうに見つめる。あれ、顔つきが戻ってるな。さっきまであんなに凛々しかったのに。

「もちろんそうですよ。」

 つるぎが答えた。

「ほや!私、本番で初めて的に矢が刺さりました!」

 柚葉は嬉しそうに飛び跳ねた。え…?

「柚葉ちゃん初めてなの!?」

「はい!高校から弓道を始めたんですけど、一人でやる練習以外は一度も的に中らなくて…だからすっごく嬉しいです!」

「ええ…」

 それはすごいな。火事場の馬鹿力みたいなものか?

 その時、柚葉がハッとした顔になった。

「私の能力、分かりました!追い込まれたときに30秒だけ集中力が最大に高まるみたいです!そのおかげであたったのかぁ…」

 柚葉がうんうんと頷く。

 集中力が高まるだと!?私達3人と違ってすごく戦闘向きだな!?

「みんなのおかげでマナンを破壊することが出来た。さあ、帰ろう。」

 朔がみんなに声を掛けた。


 DAMへ戻る車の中で朔に気になっていたことを聞いてみた。

「朔、塩で氷が早く溶けるなんてよく知ってたね。」

「ああ、昔お父さんが教えてくれたんだ…」

 答える朔の声は嬉しそうな、少し恥ずかしそうな声だった。

「そっか…」

「でも、祐太郎がいなかったらあれが氷だっていう確証が持てなかった。ありがとう。」

 朔は祐太郎のほうに振り向いた。

「いいえ、たまたま知っていただけですから。」

 今日のマナンは私達3人では倒せなかったかもしれない。これからもそんな敵が出てくるのかと思うと少し怖くなった。


 DAMに戻ると研究室から杏奈がでてきた。

「ご苦労様じゃったな。今回も報告を頼む。」

「え…何その恰好…?」

 寧々が杏奈の全身をじろじろと見ながら呟く。

「可愛いじゃろう!もしかしてお主も羊好きか?」

 キラキラした瞳で寧々を見つめる。

「別に…」

「えーっと、報告していいか?」

 困ったように朔が声を掛ける。

「ああ、すまんのう。頼んだ。」

 朔は今回のマナンについて報告した。杏奈はうんうんと頷いた。

「なるほど、また新しい特性を持ったマナンが現れよったか…いよいよわしの仮説も現実味を帯びてきたな。」

「仮説って何のことだ?」

 朔が尋ねる。

「わしはマナンというのは『非生物である器に知性と感覚をあたえたもの』ではないかと考えているのじゃ。それならば色々な行動も説明がつく。神谷総監督のように人に能力を与えられる人もいるのじゃ。物に能力を与えられる人がいてもおかしくはない。まあ、科学で説明できないのが研究者としてはちっと悔しいがな。」

 杏奈はそう説明した。確かに、私達に対応するようなマナンの変化もそれならば納得がいく。

「ところで新入り3人の能力は一体何じゃったのかな?」

 杏奈が興味津々といった様子で3人を見回す。

「私は追い込まれたときに30秒だけ集中力が最大に高まる能力みたいです。」

 柚葉が答えた。

「ふむ。それはいかにも戦闘向きじゃなぁ。そちらの男の子は?」

「僕はまだ分かりません。」

「ふむふむ。それは楽しみじゃな。そちらの女の子はどうかの?」

 杏奈に見られた寧々はビクッとした。

「寧々ちゃん、どうしたの?」

「真希、お前実はロリータとかフリフリの可愛い服が好きで夜中にネットショッピングで調べてるだろ。」

 ギクッ。寧々ちゃんがどうしてそのことを…!

「つるぎ、お前料理ど下手くそだろ。」

 言い当てられたつるぎはビクッとした。それはフォロー出来ない…

「ふふん!どうだ、驚いたか!私の能力は他人の秘密が分かることだ!」

 そう言って寧々はドヤ顔した。

「じゃあ、わしの秘密も分かるかのぉ。」

 杏奈が楽しそうに寧々に詰め寄る。

「そ、それは…」

 寧々は顔を逸らした。そんな寧々の様子を見て柚葉が話し始めた。

「もしかして何か制限があるんじゃないですか。私も30秒の制限時間付きでしたし。例えば…『寧々ちゃんが自分より強いと認めた人の秘密がわかる』とか。」

 柚葉の言葉に寧々はギクッと固まった。あれ、これはもしかして…

「正解、でしたか?」

 何も深く考えてなさそうな柚葉とは対照的に寧々の顔は赤くなりぷくっとむくれた。

「知らない!あたしは帰る!」

 そう言って寧々はDAMの出入り口に向かっていった。

「寧々ちゃん帰り道を分かっているか心配なので僕もついていきます。それではお先に失礼します。」

「私も寧々ちゃん怒らせちゃったみたいなので謝りに行きます。皆さん、それじゃあまた!」

 祐太郎と柚葉は寧々を追いかけていった。

「新入りも面白いのぉ。」

「『も』って何だ!『も』って!」

 ニヤッとしてこちらを見る杏奈に朔が抗議した。

「そうじゃ。今度、わしとお主らと新入りで新潟に行こうと思っているんじゃ。」

「どうして新潟なんですか?」

 つるぎが尋ねる。

「水じゃよ。お主らが捕獲してきてくれたマナンを調べたところ、マナンの大部分を占める水はどうやら川の水を使っているようなんじゃ。新潟は初めてマナンが発見された場所でもある。」

 最近は攻撃性の低いマナンを破壊せずに捕獲して研究室の杏奈に引き渡すように頼まれていた。

「だから新潟の川の水を採取して調べれば犯人のおおよその居場所が分かるんじゃないかと思ってのぉ。いくつか採取する場所の目星はつけてある。」

 犯人か…確かに私達は現れたマナンに対応するばっかりで犯人には少しも近づけていなかった。

「今まではマナンの仕組みや武器の研究で手一杯じゃったが、これからは本格的にこの戦いを終わらせる準備をせんとな。」

 なんだか杏奈さんがとても頼れる存在に見える。私も気合入れないと!

「私、頑張ります!」

「やる気があるのはいいことじゃ。なにせ楽に採取できる場所は現地のDAM構成員にもう頼んであるからのぉ。お主らが行くのは彼らには過酷で頼めないような場所じゃから、6人で手分けして頑張ってくれ。」

「ああ…」

 それは大変そうだ…それに、杏奈さんは6人と言った。自分はその過酷な場所にはいかないらしい。

「それにな、新潟は総監督の地元なんじゃ。初めてマナンを発見したのも総監督でのぉ。あの人が生まれ育った場所、ちぃっと楽しみじゃろ。」

 神谷総監督の地元か。確かにそれはちょっと楽しみだと思った。

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