新入り(前編)
放課後、いつものようにDAM本部へ入ると近くの机に朔とつるぎがいた。
「宇宙のこと知ったって意味ないだろ。宇宙に住むわけでもないんだから。」
「はいはい。子供はみんなそう言いますね。勉強をやらされるんじゃなくて自分の世界を広げるツールだと思える人が大人だと思いますよ。」
「…やってやろうじゃないか!」
「じゃあ、次のページを開いて。地球の自転軸を北極側へ延長したところにある天体は?」
「北極星!」
どうやらつるぎが朔に勉強を教えているらしい。…それにしてもつるぎは朔の扱いがうまい。
「お疲れ、つるぎ、朔。中学理科やってたの?」
「ええ。朔は中学校に通っていないけれど、一通りのことは知っておいてもらいたいんです。将来、どんなことが役に立つか分からないので。」
「なるほど…」
あの夏合宿以降の変化が2つ。1つはつるぎと朔の距離がぐっと近づいたこと。
「今日はまだマナン出てないの?」
「はい。今日は珍しく。」
そしてもう1つは、マナンの出現頻度が急増したこと。それまでは週に1、2回程度だったのにここ2週間くらいはほぼ毎日だ。何とか被害を出す前に食い止めてはいるが、これ以上数が増えたら対処しきれないかもしれない。
「おお!ちょうどよくみんな揃っているな。」
声を掛けてきたのは神谷総監督だった。
「お疲れ様です。神谷総監督。」
教科書に向かっていた朔がぴしっと直立する。
「なんだ、勉強していたのか。偉いぞー朔!」
そう言って神谷総監督が朔の頭を撫でようとする。
「…夏合宿の仕込みの件、まだ許してないですからね。」
朔はくまの着ぐるみを着るように仕組まれたことを未だに怒っているみたいだ。神谷総監督はしゅんとして伸ばした手をひっこめた。
「コホン。ここ最近、マナンの出現頻度が高まっていることは感じていると思う。人員の他支部への移動もあって本部で動けるのが大月班しかおらず、負担をかけてしまったな。」
その話を聞いてふと疑問に思った。
「あの、素朴な疑問なんですけど、そんなに人が少なくて私達の班ができるまではどう対応していたんですか?」
「私が一人で出動していた。ガーディアンほどではないが、マナンを破壊できる素質を少し持っていたのでな。後は力技でザクザクとコアを突いて破壊するといった具合だ。」
へぇー。神谷総監督の武器はレイピアみたいだし、攻撃は刺突になるのか…私もやってみようかな。
「真希、この人は身体能力オバケだから気にするな。」
「そうなんだ…」
「まあ、私もそろそろ戦闘からは退いて研究に専念したいと思っているんだ。しかし、君たちだけにマナンとの戦闘を任せるのは負担が大きすぎる。と、いうことでスカウトしてきた!」
神谷総監督の後ろから3人が現れた。
「左から指令官の小野祐太郎、ガーディアンの茅野柚葉、そして執行官の宮野寧々だ。指令官と執行官の2人は階級としては三等になるな。私は向こうでちょっと準備してくるから、新入りから自己紹介でもしていてくれ。」
そう言って総監督は歩いて行った。
「それじゃあ僕から。小野祐太郎といいます。大学2年生なので皆さんより年上ですが、DAMでは新入りなので気軽に接してもらえると嬉しいです。よろしくお願いします。」
そう言って祐太郎がお辞儀をする。
よかった、常識的な人だ。
「はぁ?歳も入った時期も関係ないだろ。大事なのはどっちが強いかってことだけだ。あたしは宮野寧々。思いっきり暴れられるって聞いてここに来たんだ。あんた達と慣れあう気なんて一ミリもないね。」
寧々はフンっとそっぽを向いた。
見た目は縦巻ツインテールの可愛い女の子。多分、朔と同じくらいの歳だと思うけど…生意気な子供がもう一人増えたか。
寧々の言葉を聞いてつるぎが進み出た。
「そんな風に自分勝手な気持ちの人がいると迷惑です。私達はチームで行動するのですから。」
ちょっと、つるぎ!?
寧々もつるぎに触発されて進み出てくる。
「何よ。私が敵を倒せば何にも問題ないだろ。周りに合わせて仲良しごっこなんてつまらないんだよ!」
「周りに合わせろなんて言っていません。ただ仲間を信じて一緒に戦うっていう気持ちを持ってほしいだけです。」
「仲間?信じる?…そんなこと言ってるのがもうぬるいんだよ!なあ、あんたも戦えるんだろ?だったら勝負して決めようぜ。」
「私が勝ったらその考え、改めていただきます。」
2人は一歩引いて戦闘態勢になる。このままだと戦いになっちゃう!
「ちょっと2人とも!」
「あのー」
ガーディアンとして紹介されていた子が手を挙げていた。
「私まだ自己紹介していないので、いいですか?」
いや、このタイミングで!?
第三者の参入に勢いを削がれ、2人は戦闘態勢を解いた。
「私、茅野柚葉っていいます。高校一年生です。最近宮城県から引っ越してきたばかりで東京のことはあまり詳しくないので、色々教えてください。よろしくお願いします。」
さっきまで一触即発の人たちがいたとは思えないほど穏やかな挨拶。まあ、この子のおかげで止められたんだけどね。
この周りに合わせない自由な感じ、誰かは思い出せないけど懐かしい感じがした。
「自己紹介は終わったか。」
ちょうどいいところで神谷総監督が戻ってきた。
「それじゃあ、『マナン可視化』の儀式をやってしまおう。3人ともこっちに来て。」
神谷総監督は寧々、祐太郎、柚葉の順に額を合わせた。
「これで寧々はマナンが見えるし、柚葉は祐太郎がいることでマナンが見える。祐太郎は元々見える人だからな。」
「はい。」
へぇ、マナンが元々見える人って神谷総監督以外に初めて見た。
「それと、『マナン可視化』に加えて…」
神谷総監督の声を遮るようにサイレンが鳴り響いた。
「ほや!」
え、今の声、柚葉ちゃん…?
「ほやって、あの宮城県で有名な海産物のほやのこと?」
なんでこのタイミングで?
「あ、いや、違うんです!私、びっくりした時とか、咄嗟の時につい『ほや』って言っちゃうんです。だから特に意味はないっていうか…前に住んでた宮城の方言ですかね?」
柚葉がえへへと笑う。
「や、違うと思います…」
私の親戚で宮城に住んでいる人がいるがそんな話聞いたことない。たぶんオリジナルだ。
「驚かせてしまったな。これはマナン出現のサイレンだ。…ちょうどいい機会だな。大月班の戦闘に同行して戦い方を学んでくれ。マナンやそれぞれの役割については前に説明したとおりだ。ガーディアンと執行官の武器は祐太郎に渡しておく。」
神谷総監督は大月班が持っているのと同じ、どピンクと真っ黒の塊を祐太郎に手渡した。
「朔、案内を頼んだ。」
「分かりました。」
私達6人は送迎の車がつけてあるデパート裏に向かった。
「さすがに狭いね…」
8人乗りのワンボックスカーに今までは運転手を含めて4人で乗っていたから、7人で乗ると狭く感じる。助手席に朔、二列目につるぎと私と柚葉ちゃん、三列目は小野さんと寧々ちゃんだ。私が2人に挟まれてるからよりそう感じるのか。
「真希ちゃんって呼ぶのは、馴れ馴れしいですか?」
隣に座る柚葉が真希に声を掛ける。
「ううん!じゃあ、私も柚葉ちゃんって呼ぶね。」
心の中ではもう呼んでたけど。
反対隣のつるぎが柚葉の方に顔を出してくる。
「大丈夫ですよ柚葉。真希は初めて会った時から年上の私に馴れ馴れしかったですから、そのくらいで文句は言いません。」
「だって!それは同い年だと思ってたし、それにつるぎって呼んでいいって言ったから!」
「ふふ。冗談ですよ。柚葉、私のこともつるぎでいいですよ。」
「ありがとうございます。つるぎちゃん。」
後ろの席から声が掛かった。
「はぁー、そんなんだからぬるいんだよ。…仲良くしたって、どうせ肝心な時には助けちゃくれないんだから。」
真希が振り返ると足組み&腕組みをした寧々がこちらを睨んでいた。
「私達はそんなことしません。あなたのことも守ります。もちろん、あなたが私達と同じ志を持って全力を尽くすならですが。」
あれ、ちょっとまたバチバチしてる。この2人は混ぜるなキケンだな。
「あのー、僕も仲間に入れてもらえませんか。実際の戦闘を見学させてもらう前に色々話も聞いておきたいですし。」
「小野さん…」
寧々の隣に座る小野さんが話に入ってくる。
これはたぶん、空気が悪くなる前に介入してきてくれたんだな…グッジョブ、小野さん!
「はは。僕も祐太郎でいいですよ。名前で呼んでもらえる方が距離近い感じがしますし、嬉しいです。」
そう言って祐太郎は微笑んだ。
うちの不器用2人を見ていたからこんなに素直だと好感が持てるな。
「何でも聞いてください、祐太郎さん。」
「それじゃあ聞きたいんですけど、マナンとの戦闘は実際どんな流れで行うんですか?」
戦闘の流れかぁ…
「それは僕が答えよう。」
それまで黙っていた助手席の朔が入ってきた。
「まずマナン出現場所に着いたら、目的のマナンの姿を捉える。僕は能力で探せるが、祐太郎はDAMで使っている検知器を使うといい。総監督が渡すの忘れてたみたいだから後で戻ったら聞いておいてくれ。ああ、早いところガーディアンにマナンが見えるようにしておいた方がいいな。」
「なるほど。」
祐太郎は熱心な様子で朔の話を聞いている。
「そしてマナンが見つかったら、戦闘開始だ。ただ、マナンが既に人と融合していたら先にマナンを人から引き離さないといけない。それはその人の苦しみの根源をどう紐解けるかがカギになる。単体のマナンはガーディアンがコアを破壊することで消滅させることが出来る。執行官はそのサポートだ。最近は攻撃してくるやつもいるからな。二人のコンビネーションが重要なんだ。」
「あの、結局指令官って実践ではあまりやることがないですか?」
確かに、その説明だけ聞くとそう思うか。朔は祐太郎のほうを振り返ってニヤッと笑った。
「見ていれば分かる。」
柚葉が私の方に顔を向けた。
「そういえば、初めのほうに朔君が言っていた能力っていうのは何ですか?」
つるぎがまた柚葉の方に顔をだす。
「柚葉、朔君なんて呼びにくいから変えた方がいいですよ。」
「じゃあ、さっくんにします!」
「おい、僕の名前で遊ぶな!」
にぎやかだなぁ…
「柚葉ちゃん、能力っていうのはね、さっきのマナン可視化の儀式でそれとは別にもらった力のことなんだけど、能力の内容は総監督にも分からないみたい。どんな能力になるかはその人の願望が反映されるんだって。まあ、その時が来たら自然とどんな能力か分かるから、今はそんなに構えなくていいよ。」
「分かりました。」
「あたしは強いからな!どんなに強くてかっこいい能力か楽しみだぜ!」
三列目から興奮した寧々の声が聞こえる。
いや、でも、そういう感じの能力じゃないんだよな…私達3人もそれほど戦闘向きじゃないし。
車が駐車場に止まった。着いたみたいだ。
「怖気付いて逃げ出すなよ?…それじゃあ、行くぞ!」
朔の掛け声に続いて私達は車を降りた。