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ドキドキ?夏合宿(後編)

 翌朝、朝食と身支度を終えた私達はダイニングに集合していた。

「今日の午前中は真希とつるぎで模擬戦闘を行ってもらう。お互いの戦闘能力を知っておくことは協力して戦うときに役立つだろう。場所は昨日見つけた広場だ。行くぞ。」

 広場って昨日のランニングで通りかかったあそこか。確かに人気もなくて動きやすそうだった。

 私達は走ってその場所へ向かった。


「よし、着いたな。二人にはこれを使ってもらう。」

 手渡されたのは文庫本のような形の青い物体。つるぎのほうは変形して斧になった。私もいじくりまわしていると見慣れた剣の形になった。

「これはDAMの戦闘員がトレーニングで使う武器だ。人同士で使っても安全なように刃はなく、表面をシリコンで覆っている。」

 確かに今まで使っていた剣と手触りが違う。

「でも怪我をしないとは限らないから、攻撃は寸止めしてほしい。あと、真希の体力が少ないから2分の時間制限付きだ。」

 …正直それはありがたい。

「時間内に攻撃を決めたほうを勝ちとする。練習だからって手を抜くんじゃないぞ。」

「もちろんです。全力で行きますよ、真希!」

「うん!」

 距離をとってお互いに武器を構える。武器の先は相手の喉元を狙っている。

「それじゃあいくぞ。…始め!」

 朔の号令とともにつるぎは斧を頭の上に振り上げた体勢になった。

 剣道でいうと上段の構えに近い。振り上げた状態では剣道の打突部位である頭を狙うことが難しいし、むやみに近づいて振り下ろされたらまずい。斧は剣よりも重心が先のほうにあるから剣道の頃のタイミングでは避けきれないだろう。

 剣先をつるぎの喉元から振り上げた左こぶしに向けた。平生眼の構え。剣道なら上段で構える相手にはこれがセオリーなのだが、実践ではどうか。

「はぁっ!」

 掛け声とともにつるぎは真希の頭に向かって斧を振り下ろしてくる。斧の軌道を逸らすため、私は剣を斧の側面に当てようとした。

 私の剣が斧を追って持ち上がったところで、斧は軌道を変え、私の剣をすり抜けて胴体を狙ってきた。すかされた剣は斧を逸らそうと力を込めていたため、重心のバランスが崩れる。

 まずい…!

 真希はギリギリのところで距離を詰め、攻撃を逃れた。斧は小回りが利かないため、接近戦では不利だろう。たまらずにつるぎが距離を取る。

 斧の重量がこの試合のポイントになる。それは有利にも不利にも働くからだ。重たい斧を剣で動かすには軽い力では跳ね返されてしまう。そのため力を籠めるとその分かわされたときに体勢を崩しやすくなる。一方で斧を振り下ろさせれば、重い斧を再び振りかぶるためには時間がかかり、空いた頭を狙うチャンスとなる。

 やっぱりあの斧を下げさせるしかないか…

「やぁーっ!」

 真希はつるぎの振り上げた手首を狙って飛び込んだ。つるぎは真希の剣が届くよりも振り下ろしたほうが速いと考えたのか、真っ直ぐに振り下ろしてくる。

 …かかったな。これはフェイントだ。

 真希は途中で動きを止め、振り下ろされる斧を逸らした。斧はその重さのまま地面に向かって落ちる。

 私は後ろの足に重心をかけ、剣を振りかぶった。そして頭を狙う。引き面。これで勝てる。

「メェーーーン!」

 しかし、つるぎは後ろに跳び退り攻撃をかわした。攻防はふりだしに戻る。

 いや、そんなことないかも。距離を取ったつるぎは斧を振りかぶらずに体の前で持っていた。今なら頭が狙える。

「やぁーっ!」

「はぁーっ!」

 私たちは同時に飛び出し、相手の頭を目がけて振りかぶった。

「そこまで!」

 朔の声が響き、動きが止まる。見ると武器はお互いの頭ギリギリのところにあった。

「2人とも真剣なのはいいことだけど、止めないとそのまま打ち込みそうだったから。」

 確かに、つるぎに勝ちたいっていう思いが強くて力が入りすぎていた。止めてもらってよかった…

「でもこれで分かっただろ。お互いの強さが。」

 私とつるぎはお互いに目を見合わせた。

「うん。つるぎは強い。」

「真希は強いです。」

 朔は私達から武器を回収した。

「それでいい。お互いを知れば戦闘の時に補い合うことができるからな。」

 そして代わりに対マナン用の剣を渡してきた。

「真希に渡しておく。前回の戦闘では武器を渡していないせいで二人を危険に晒してしまった。真希に渡しておくと失くしそうで危ないから僕が管理しようと思っていたが、やっぱり持っていてほしい。」

 ちょっと馬鹿にされた気もするが、結局は信頼してくれたってことかな。

 真希はその剣をぎゅっと握った。

「その武器は特別製でな。鍔を持ち手側に押し込むと変形して小さくなる。」

 言われた通りに鍔を押し込むと文庫本型に変形した。

「そして表面を押し込むとまた武器の形に戻る。刃は内側にしまわれるからポケットに入れていても大丈夫だ。肌身離さず持っていてほしい。でも、一人の時には絶対に使うな!分かったな。」

「分かった。」

「よし、模擬戦闘は終わりにしてお昼まで基礎トレーニングだ。つるぎはともかく、真希!弱音吐くなよ?」

 そう言って朔はニヤッと笑った。…やってやるよ。

「上等!」


 それから私達は筋トレ、素振り、ランニングなどのトレーニングを行い、コテージに戻ってきた。

「朔…鬼教官…」

 真希はコテージに戻るなり床に倒れこんだ。

「これくらいでへばってるのかー?ほんと体力ないなぁ。」

 朔が私を見下ろしてぷぷぷと笑う。この生意気な子供め!

「お姉さんに向かって何だその態度は!私が再教育してやるー!…ったく、こっちは怪我人だっていうのに。」

「真希の怪我はとっくに治っているので、体力がないのはただの怠け者です。」

「つるぎが冷たいー!?」

 つるぎがふふっと笑う。

「さて、真希をいじめたところでお昼にするか。午後はもっとキツイぞ。」

「そんなぁ…」

 午後はどんなスパルタメニューをやらされるんだろう…

 真希はのっそりと起き上がった。


 お昼ご飯を食べた私達は朔を先頭にして森の中を歩いていた。

「朔、まだぁ?」

 午前中とは違う道だから向かっているのはあの広場ではないようだ。あんまり歩くとその後動けないんだけど…

「もうすぐだ…ほら、着いたぞ。」

 突然目の前が明るくなって開けたところにでた。朔が示す先には青紫色の花が一面に咲いている。

「綺麗…」

 思わず呟いた。

「あれはラベンダーですね。」

 つるぎが言った。確かに。よく見るとそれはラベンダーだった。

「そうだ。コテージの周辺を調べていたら近くにラベンダー畑があることが分かったんだ。」

「へぇー。北海道以外にもそんな場所があったんだ…」

 富良野のイメージだったけど関東にもあるんだ。それにすごくいい香り。

「午後のメニューはここで休憩だ。こんなところまで連れてこられたんだ。総監督の好きにされた分、こっちも楽しまないとな。…それにラベンダーの香りにはリラックス効果があるらしい。しばらくここで好きにしてろ。」

 そう言って朔はラベンダー畑から少し離れた木陰に向かおうとする。ちょっと待て。

 私は朔の手を取った。

「ねえ!このラベンダー畑の中に入れるみたいだよ!朔も一緒に行こうよ!」

 私達2人のために探してくれたんだ。きっとそうだ。なら、朔も一緒に楽しまないと。

「ぼ、僕はいいんだ!お前たちのために来たんだから。」

「だーめ!ほら、行くよ!」

 朔を引っ張って花畑に連れ出す。

 私達はラベンダーの小道を歩いた。青紫の美しい風景と心休まる香り。隣には笑顔のつるぎ。朔は初めぶつくさと何か言っていたが、小道を抜ける頃には楽しそうな表情に変わっていた。


「そろそろ木陰で休憩しようか。」

 真希は2人に声をかけた。お昼過ぎの日差しはまだまだ強い。私達は木陰で涼むことにした。

「神谷総監督は何でこんないいコテージ知ってるんだろ。」

 朔が答える。

「DAMの支部は全国各地にあるんだ。数カ月に一度、情報交換もかねて支部を回っているからそのこともあって蘭さんはいろんな場所に詳しいんだ。」

「へぇー」

「そういえば真希は蘭さんからどんな能力をもらったんだ?」

 能力…?そういえばそんなこと言ってたな!朔とつるぎのことに気を取られてすっかり忘れてた。

「分からない。けど、どうやったら分かるの?」

「何となく分かるタイミングがあるんだよな。僕の能力は半径500m以内にいるマナンを検知し、座標を知ることができる。DAMではマナンが発する特殊な音波から出現場所を特定しているが、半径500m以内であれば僕のほうが正確に位置が分かる。ただ、建物や水の中にいるとあまりうまくいかないんだが…つるぎの能力はどんなのだっけ?」

「私の能力は総監督しか知りません。内緒です。」

 つるぎがフフンと笑う。

「僕は言ったんだぞ!お前も言えー!」

 朔がムキになって怒る。

 しかし、ふっと険しい顔になった。

「…近くにマナンがいる。」

 私達の間に緊張が走る。

「北東方向に200m。走るぞ!」

 私達は朔を先頭にしてマナン出現場所に向かった。


 その場所には一人の女性がいた。手には赤いポリタンクとライター。

「つるぎ、頼む!」

 朔が声をかけるとつるぎは走りながら斧を取り出し、柄の部分を使ってライターを弾き飛ばした。

「真希はこっちだ。」

 つるぎの動きに目を奪われていると朔のほうに頭をグイっと向けられた。そのまま引き寄せ、額を合わせられる。

 額を離すと朔の顔が近くにあった。他人と肌を合わせていたのに不思議と安心感があった。

「放して!」

 そう叫ぶ女性の声で真希は我に返った。声のほうを向くとつるぎが女性を羽交い絞めにしてた。そして、女性の肩にマナンがくっついているのが見えた。

「真希、見えるな。」

「…うん。」

 人に融合したマナンを見るのは初めてだ。この森で火と灯油なんて大惨事になりかねない。この人はもうマナンに操作され始めているのか…?

「押さえておくのもそれほど持たないから手短に話す。人と融合している状態のマナンは人体の一部となっているから、攻撃することができない。まずはマナンを女性から引き離し、それからコアを破壊する。」

「どうやって引き離すの!?」

「マナンに誘導され、破壊活動の種となっている感情を変えてやるんだ。今は辛かった出来事の不満や後悔の感情で頭がいっぱいなんだ。辛い現実の中にも希望はある。そのことに気づけばマナンは引き離される。」

「…分かった。やってみる。」

 改めて女性に注目する。朔の話を聞いている間もずっと何かを叫んでいるようだった。

「あいつが悪いの!私と一緒にいて楽しそうだったのに!急にもうここには来るなって!意味分かんない!」

 つるぎは暴れる女性を必死に抑えている。怒りからか彼女の肌は真っ赤に染まっていた。

「…あいつなんて大っ嫌い!それにあいつが育てたラベンダーも、この山も!燃えて何もなくなっちゃえばいいんだ…!」

 段々と分かってきた。つるぎの負担もあるし、一か八か声を掛けるしかない。

「あなたはこの近くのラベンダー畑を育てる彼氏に別れを切り出されたんですね。」

「そうよ!本当にひどい男だわ。『君は悪くない』なんて綺麗ごと言って…どうせ他に女でもできて私のことは捨てたんだわ!」

 そう言って暴れた拍子に片腕がつるぎの拘束から外れた。そしてその手で赤くなった顔や首を掻きむしり始めた。

 これは、もしかすると…

「つるぎ!その人を日陰に運んで!」

「分かりました。」

「朔は救急車を呼んで!」

「わ、分かった。」

 日陰に運ばれた彼女に持っていたタオルや帽子を掛ける。

「この場所に来てこんな風に蕁麻疹が出るのは初めてではないですよね。」

「確かに、前にもあったわ。」

「やっぱり。あなたは日光アレルギーです。」

「私が、アレルギー?」

 彼女は首を傾げた。この様子だと最近になって発症し、まだ誰もきちんと説明してあげていなかったのだろう。もちろん、彼も。

「標高が高いこの場所は平地よりも紫外線量が多く、それにラベンダー畑の中は日差しを遮るところがありません。そういった要因から発症したのでしょう。彼はあなたの様子をみて日光アレルギーではないかと疑った。そしてあなたの体に害を及ぼすこの場所からあなたを遠ざけるために別れを切り出したのではないでしょうか。」

「そんな…そんなこと一言も言ってくれなかった!」

 彼女が叫んだ。アレルギーだと正直に言えなかった彼の気持ちも何となく想像できる。

「…これは憶測ですが、彼は自分が大切に育てたラベンダー畑の中にいるあなたが大好きだったのではないかと思います。しかしそのことが関係してか、あなたはアレルギーを発症してしまった。自分の大切なものが大切な人を傷つけてしまう。そんな事実を彼は苦しくて正直に伝えられなかったのではないでしょうか。」

「そんな…!」

 その時、彼女の肩にくっついていたマナンが離れた。どうやら彼女の感情を変えることができたみたいだ。

 彼女はそのまま気を失ったように倒れた。

「彼女はマナンに操作されて体力を使いすぎたんだ。もう破壊活動はしない。じきに救急車も来る。…あとはマナンの破壊だけだ!」

 朔の言葉を受けて真希は剣を取り出した。そしてマナンに向かって走る。

「やあぁー!」

 その時、気を失っていた女性が突然目を覚ました。身を起こし、ラベンダー畑のある方向へ走っていこうとする。

「柊斗…」

 マナンに向かって剣を振りかぶる私の目の前に彼女が入ってきた。このままじゃ、彼女にあたってしまう…!

『ガギン』

 金属が擦れる音がする。そして崩れ落ちるつるぎと女性。つるぎが斧で彼女をかばってくれたみたいだ。

「つるぎ!」

「いいですから…真希はマナンを。」

 そうだ。このマナンを放っておいたらまた次の被害者がでる。

 一撃で仕留めてやる。

「あぁぁぁーー!」

 狙いを定めて振り下ろした剣はマナンを真っ二つにした。

「きゅうぅぅ…」

 マナンは消滅した。

「つるぎ!おい、つるぎ!」

 振り返ると朔がつるぎを揺さぶっていた。駆け寄ると朔は不安げな顔で私を見つめた。

「どうしよう、真希…つるぎが…」

 つるぎをよく見ると、ポロシャツの肩のあたりから胸にかけて血がにじんでいた。

 そんな…!

「つるぎ!」

「おい、しっかりしろ!」

 私と朔が呼びかけるとつるぎは少し目を開けた。

「うるさいですね…しばらく寝かせてください。」

 白いポロシャツを真っ赤な血がじわじわと染めていく。

「こんなに血も出てるのに、眠ったらもう起きられなくなっちゃうよ…!お願い!死なないで!」

「このくらいの傷で死にませんよ…もう少ししたら救急隊が来ると思うので、彼女のもとへ案内してあげてください…その時、私の体は救急隊から隠して…私は眠ります…」

「つるぎ…!」

「大丈夫、私を信じて。」

 そう言ってつるぎは弱々しく笑った。そして、目を閉じた。

 朔が揺さぶって声を掛けても、今度は目を覚ましてくれなかった。真希は気が動転している朔の肩に手を置く。

「朔、つるぎは大丈夫って言ってた。信じて目が覚めるのを待とう。」

 私だって本当は怖いけど、今は信じるしかない。

「でも…!」

「私達が今やるべきことはつるぎが残した任務をバッチリこなすこと、でしょ。」

 ちょうどその時、救急車のサイレンが遠くのほうから聞こえてきた。

「…分かった。」

 朔は頷いてくれた。

 このあたりの道に詳しい朔が救急隊を迎えに行き、私は見えにくい場所につるぎを移動させることになった。そうして彼女を救急車に乗せることができた。

 その後、私達は目を覚まさないつるぎを抱えて、何とかコテージまで戻ってきた。つるぎをベッドに寝かせると、朔はDAMにつるぎのことを連絡するために一階へ降りていった。

 つるぎの手を握ると、まだ温かい。大丈夫、生きてる。

「そうだ!何か消毒できるものとか…救急箱!」

 時間が経ってしまったから効果があるか分からないけど、出来ることは何でもしたい。

 私は部屋のドアノブに手を掛けた。

「真希…」

 振り返るとつるぎが目を覚ましていた。

「つるぎ!」

 急いで一階で電話をしている朔に声を掛ける。朔はすごい勢いで部屋に戻ってきた。

「つるぎ!…心配させやがって。」

「ごめんなさい、2人共。でも大丈夫なんです。ほら。」

 そう言ってつるぎは起き上がり、ポロシャツを脱ぎ始めた。

「お、おい!」

 慌てて朔が目を逸らす。

 キャミソール姿になったつるぎは、肩にあるはずの傷がなかった。

「傷が、ない…」

 私の言葉に朔もつるぎの傷を確認した。

「本当だ…傷一つない。」

「これが私の能力なんです。誰かをかばった際に出来た傷であれば、一時間で治すことができます。眠っている間に傷を治すので、さっきは能力のために眠気が凄くて説明できませんでした。この傷は真希の剣を斧で受けたときに受け方が悪くて自分の斧で切ってしまいました。…能力が適用される条件に当てはまってよかったです。」

「ほんとうに、よかった…」

 力が抜けた朔は私にしがみつき、抱きついているような形になった。朔の手は震えていた。

「…こんなに心配をかけるなら内緒になんかしなければよかったですね。」

「そうだよ…『お前はいつもそうだ!僕に何も言ってくれない!DAMに入った時だって…僕は執行官になんてなってほしくなかった!…でも、大切なつるぎを危ない目に合わせているのは僕のせいなんだ。僕がお父さんの異変に気付いて事件を止めることができていれば、つるぎは平和に暮らしていくことが出来たのに!』」

 朔はつるぎへの思いを吐き出した。

「私は朔のせいだなんて一度も思ったことありません!こうなってしまったのはマナンと、そのマナンを作った人のせいです。DAMは必ずマナンをこの世界から消滅させます。その瞬間まで、私は朔の側を離れません!」

 すれ違っていた2人が通じ合う瞬間を見た。

「…つるぎがそんな風に思っていたなんてな。」

「朔のほうこそ。私とは嫌々一緒にいるんじゃないかと思っていました。でも、大切って言ってくれてすごく嬉しかった。」

「それは…なんか気がついたら口から出てて…」

 恥ずかしそうに朔は私から離れた。

 その時、私は唐突に理解した。

「あのー…それ、私の能力みたいです。」

「「え?」」

 2人の声がシンクロする。さすが相思相愛。

「今、突然頭に浮かんだんだよね。私の能力は抱きついてきた相手が思っていることを包み隠さず話すことだって。朔はさっきは私に抱きつくみたいな体勢になってたから、能力が発動したみたい。」

 へへっと笑ってみる。朔の顔はさっきまでよりも真っ赤になった。

「…何、変な能力発動させてるんだよ!もーいい!DAM本部につるぎが目ぇ覚ましたって連絡してくる!」

 朔はドスドスと足音を立てながらダイニングに向かっていった。怒らせちゃった、かな?

「つるぎ、ごめんね。いい雰囲気だったのに最後に朔のこと怒らせちゃって。」

「ふふ。あれは恥ずかしがってるだけですよ。…やっと朔の本当の気持ちを聞くことが出来ました。真希、ありがとう。」

「そんな!私は何にも出来なかったのに…」

 朔の本心が聞けたのはたまたま私の能力がそうだっただけだ。

「能力のことだけじゃないんです。真希がいなかったらこんな風に朔とまた一緒に過ごすこともなかった。ずっとすれ違ったままだったと思うんです。真希がいるおかげで私達はまたつながることが出来た。…そういうこともたくさん含めての、ありがとう、です。」

 そう言ってつるぎはとびっきりの笑顔を見せた。


 迎えの車に乗せられ、私達はいろいろあったコテージをあとにした。つるぎはDAN本部の医療チームによって念のために体を検査することになったが、異常は見られなかった。後で神谷総監督から聞いた話だが、救急車に運ばれた女性は大事には至らず、病院で「日光蕁麻疹」と診断されたらしい。彼女の病室にはラベンダーの花が生けてあったそうだ。…全く、どんな情報網をしているんだ。

 DAM本部からの帰り道、朔は「駅まで送る」と言ってついてきた。

「つるぎの体が異常なくてよかったね。」

「ああ。全く、能力のことをあらかじめ説明していればこんなに苦労しなかったのに…」

「朔はすごく取り乱してたもんね。」

「お前もだろ!」

 私達は顔を見合わせて笑った。

「それにしても、よく日光アレルギーなんて知ってたな。」

「部活の同級生が前に話してたのを覚えてて…」

 誰に言われたのかは思い出せないが、病気についてだけは覚えていた。

「なあ、真希。今まで聞いてなかったけど、なんでお前は剣道部を辞めたんだ?怪我をしたっていってもしばらく休めばまた復帰できただろ。」

 私はドキッとした。

「あー…情けない話なんだけど、剣道が弱くなっていく自分に耐えられなかったんだ。試合でアキレス腱切って、病院で半年以上は剣道できないって言われて…10年間、いろんな時間を削って剣道に費やしてきた。その積み上げてきたものが崩れちゃうような気がしたの。一年生で団体戦の大将に選ばれたりして、ちょっと調子乗ってたのかな。怪我したってそれを乗り越えて結果を残す選手だって世の中にはたくさんいるのにね。ほんと、情けない奴だよ、私は。」

 怪我をしてから一ヶ月くらいは松葉杖をついてマネージャーの仕事をしていた。でも、周りは練習してうまくなっていくのに見ていることしかできない自分が悔しくて苦しくて、退部した。辞めるときも「剣道以外の新しいことをやってみたくなった」なんて前向きな理由でっち上げて、見栄を張った。本当はこんなにどろどろした汚い感情なのに。

 こんな理由を聞いて朔はどう思うかな。私は恐る恐る朔の顔を見た。

 朔は悲しそうな顔をしていた。

「そうか…辛かったな。」

 …ああ、私は誰かにそう言ってほしかったのか。

「今まで剣道で培ってきたことは何も無くなりはしない。現に今は真希のおかげで多くの人を守れている。真希はどんなことでもよく頑張るし、初対面の僕の話を聞いてくれるような思いやりのあるやつだ。つるぎとのことも…さっきはびっくりしたけど、お前のおかげでつるぎとまた昔みたいな関係を取り戻せた。能力のことだけじゃなくて。まあ、ちょっとうるさいところもあるけどな。」

 朔は笑った。

「お前は剣道がすべてじゃない。お前の良さを分かるやつはたくさんいる。あんまり自分を責めるな。」

 駅の前についた。

「じゃあな。疲れているだろうからゆっくり休めよ。」 

 そう言って朔は来た道を戻っていった。

 こんな言葉をかけてくれる人が私の周りにいたんだ。DAMの一員になるって決めた自分の判断は間違っていなかった。

 真希は遠ざかる背中を見つめた。

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