初めてのチーム(前編)
初めてマナンと遭遇して戦った数日後、「詳しい話をするから」と私は朔に呼び出されていた。
日曜日の駅前はさすがに人が多いな…こんな人混みの中から一度しか会ってない少年を見つけられるのかな。
待ち合わせ場所である駅前の通称ジト目ネコ像が見えるところまで行くと、目立つ少年がいた。小学生くらいの子供がやけに大人っぽい格好をしていて、一見アンバランスなように感じる。しかし、(黙っていれば)可愛らしい顔立ちとスタイルの良さで大人っぽい服装もモデルのように着こなしている。周囲のお姉さま達がちらちらと伺っているのも仕方ないか。
「朔ー!おはよー」
朔はちらりと真希を見た。
「…遅い。」
腕時計を見ると待ち合わせ時間である10:00を指していた。
「いや!時間ぴったりだよ!もしかして待ち合わせ時間、間違えてた?」
うっかり時間を間違えるなんて可愛いところもあるじゃん。
「普通、10分前に行動するだろ!学校で習わなかったのか?…まあいい、ついて来い。」
そう言って朔はさっさと歩きだした。やっぱり可愛くなかった。
「ま、待って。」
はぐれないように朔の背中を追いかける。
「今日はどこに行くの?」
朔って、改めて見るとやっぱり小さいなぁ。小学6年生、いや4年生くらいか。
「DAMの本部だ。外で話すには機密情報が多いからな。」
DAMってマナン対策組織の略称だったっけ。
「へぇ…」
険しい顔ばっかりしてるからもったいないよなぁ。まだ子供なのに。
「ねえ、朔って小学何年生なの?」
朔はキッと振り返り、真希をにらみつけた。
「僕は13歳だ!つくづく失礼な奴だな…まあ、小学校は途中でやめたから中学校は通ってないけどな。」
「え、それって…」
朔が少し寂しそうに見えたことが気になった。
「ほら着いたぞ。」
目の前には見慣れた建物があった。
「ここって、久栄デパートだよね。」
「そうだ。本部への入り口が協力者の店の中にあるんだ。その店っていうのがちょっと厄介なんだが…さあ、入るぞ。」
そう言って朔はデパートの中に入っていった。
他の店には目もくれず一直線に進んできた朔が、一階の一番奥にある店の前で立ち止まった。
「…ここだ。」
白を基調とした店内にはピンク、黒、紫、その他様々な色の女性用下着が並んでいた。
「ここは…ランジェリーショップ、ですね。」
「そう、だ。」
朔はうつむいて商品を見ないようにしている。
「ほら、行くぞ。」
下着なんてずっと近所のスーパーで買ってたから、こんな…大人っぽい店、入るの緊張するんだけど。
「ねえ、本当にこの店なの!?」
店内に入って行こうとする朔の手を掴んで引き留めた。
こちらを振り向いた朔の顔は、真っ赤に染まっていた。
「誰が好き好んでこんな恥ずかしい思いするか!こっちは覚悟決めてるんだ、さっさとしろ!」
出会った時から高圧的で険しい印象だったから、新しい一面に少し可愛いと思ってしまった。
そりゃ13歳の男の子には恥ずかしいよね。私がしっかりしないと。
「ごめんごめん。それじゃあ、お姉ちゃんに無理やり連れてこられましたって顔してな。いくよ!」
「お、おう。」
店内を進む私の後ろをついて歩く朔は年相応な男の子に見えた。
店の奥まで進むと、バックヤードからスタッフらしき女性が出てきた。朔を知っているのか、こちらに歩いてくる。
「朔ちゃん、久しぶり!最近は全然会いにいてくれないんだから、お姉さん寂しい!…あら、そちらのお嬢さんは?」
「すいません、絵理さん。こちらは新しく組織に加わった南條真希さんです。これから店を出入りするようになるのでよろしくお願いします。」
朔が絵理さんに頭を下げたので私も合わせる。朔ってこんなに礼儀正しくできたのか…!
「それでは入り口使わせていただきます。」
「はーい。蘭にもよろしく伝えてね。」
「分かりました。」
朔はしゃがみ込み、床のタイルを手で強く押した。すると床の約1メートル四方が少し持ち上がり、その板を押し上げると地下へ続く薄暗い階段が見えた。
「行くぞ。」
「うん。」
朔に続いて真希も階段へ降りて行った。
蓋になっていた床板を閉めると階段内は点在する小さな明かりだけが照らし、その不気味さが増した。
「ちょっと、朔、あんまり先に行かないでよね…」
朔は真希を鼻で笑った。
「ふん。こんなのが恐いのか。…男一人であの店入る恐怖に比べたら大したことないわ。」
「一人で入ったことあるの?」
「初めの頃にな…店員にませたエロガキと勘違いされて追い出された。店主の絵理さん以外は地下のことを知らないからな。それからは特別な用事がない限りは人のいない早朝や深夜に出てきてデパートが開くまで陰に隠れて時間を潰してる。」
「ああ…」
若い女性スタッフに「ふふ、興味あるのは分かるけど君にはまだ早いかな~」と可愛がられる朔の姿が思い浮かんだ。これはきっついわ。
…苦労してるんだな。
「ここがマナン対策組織の本部だ。DAMへようこそ。」
気づけば一番下まで着いていたようだ。
「わぁ…!」
地下には想像以上に広い空間が広がっていた。階段と同様に薄暗いのだが、数本の円柱型水槽と正面奥の大水槽が周囲を柔らかく照らしていて幻想的だった。
「綺麗…水族館みたい。」
「そんなにいいものじゃないけどな。あの水槽に入っているのは無力化して見えるように染色したマナンだ。」
確かによく見ると、この前初めて見た半透明の中に朱色の球体が入った物体が水の中を漂っていた。
「ここに座って。」
促された椅子に座ると立っている朔の目線と近くなった。
「まずはマナンについてだな。マナンが最初に現れたのは約3年前。どこから出現しているのかはうちの研究チームが調べているがまだ分からないらしい。マナンが水分とタンパク質を主成分とした非生物っていうことは前に話したよな。そしてマナンには必ず朱色の球体があることが確認されている。コアと呼ばれるそれはタンパク質同士の構造の起点となっていて、破壊することで構造を保てなくなりマナン自体が崩壊する。ここまではいいな。」
「うん。」
大体は。
「そこでマナンが世界の滅亡とどう関係するかという話だ。マナンは、人の弱さにつけこんで暴走を誘導するんだ。」
全身に悪寒が走った。
「具体的には心に不満や後悔を抱えた人を認識して融合する。そして脳に直接作用して不満や後悔を増大させ、『すべてはこの世界のせいだ。自分が世界を滅ぼさなければならない』という気持ちにさせるらしい。そうなった人間は実際に破壊行動を始める。」
「その…破壊行動っていうのは?」
恐る恐る質問してみる。
「まあ、弱さの程度によるけど、町レベルの強盗、傷害、器物損壊から国家を揺るがすようなものまで様々だ。」
その話を聞いて一つの事件を思い出した。
「もしかして、3年くらい前の警視庁爆破事件もマナンが関係してたり…?」
「…よく覚えているな。DAMが動いたおかげで爆破は未遂に終わったけどな。」
「そうだったんだ…」
その事件は当時かなり報道されていたので覚えていた。
「そんな危険性の高いマナンに対抗するためにつくられたのがこのDAMだ。多くの人にマナンは見えないんだが、現在DAMのトップである神谷蘭を中心として当時からマナンを認識できた数人で創設したらしい。DAMは主に3つの部門で構成されている。1つ目は僕が所属する指令部だ。ここはマナンとの戦いで戦闘員が存分に力を発揮できるように指揮を執ることが主な任務だ。2つ目は戦闘員としてコアの破壊以外の任務をこなす執行部。そして3つ目はいまだ謎の多いマナンについて調べる研究部だ。」
「なるほど…」
一度に流れ込む膨大な情報を理解しようと必死にかみ砕く。
「そして1つ重要なことがある。それは、マナンを生み出している人物が日本にいるかもしれないということだ。」
そんな…
「マナンの発生が日本に限定されていることからそう仮説立てられている。また、この3年でマナンの構造が精巧になってきていることから、地球外からの出現ではなく人の手によって作り出されているのではないかと考えられている。そういうこともあって、犯人に情報を渡さないようにマナンやDAMの存在は秘密にされている。それにマナンが見えない人にとっては、『目に見えない物体に自分が操作される可能性がある』なんて知ったら混乱を招いてしまうからな。」
確かに、大騒ぎになってしまうのは明らかだ。
「到着しました。」
突然知らない女の子が現れた。
「うわぁ!もう、びっくりした…」
ここの関係者はみんな突然現れるのか…
女の子は私と同じくらいの年だろうか、黒いセーラー服を着ている。髪はショートで肌は色白。明らかな美形。
黙っていれば美形の朔と並ぶ姿は絵になるなぁと素直に思った。
朔はその女の子に声をかける。
「つるぎ、休みなのに呼び出して悪かったな。」
「いえ、朔…大月一等指令官の命令ですから。」
今、名前で呼んだよね。二人は何か特別な関係なのか…?
「真希、紹介するよ。こちらは二等執行官の武藤つるぎだ。」
「初めまして、武藤つるぎです。よろしくお願いいたします。」
そう言ってつるぎはお辞儀した。やけに礼儀正しい子だな。
でも、せっかく同い年くらいの子だし仲良くしたいから、ここはフレンドリーな感じでいってみようかな。
「私は南條真希!私たち同い年くらいだしそんなに堅苦しくなくていいよ。よろしくね、つるぎちゃん!」
「あなたのことは存じ上げています。私のことはつるぎで結構です。あと、私はあなたより一つ年上です。」
「そうですか…」
これだけ冷たくあしらわれるともはや笑えてくるわ…
「朔とつるぎは似ているね…」
つれないところが。
「そ、そうでしょうか…!」
両手を頬にあてて顔を赤らめるつるぎ。
いやなんでそこで照れる!?というか可愛いな!おい!
「やっとチームがそろったな。」
朔が珍しく嬉しそうだ。ところで、
「チームって?」
「ああ、真希にはまだ説明していなかったな。マナンとの戦闘においてDAMでは3人のチームで動くことになっているんだ。指令官と執行官とガーディアンで一つのチームだ。」
ん?朔は一等指令官でつるぎは二等執行官って言ってたから…
「私は…ガーディアン…?」
「そうだ。ガーディアンの最大の任務はマナンのコアを破壊することだ。コアの破壊はどれだけ鍛錬しても僕やつるぎにはできない。選ばれし『ガーディアン』にしかできないんだ。」
朔の言葉には強い思いが乗っているように感じた。
「うん。私にできることを全力でやってみるよ。」
ガーディアン。守護者か。格好いい響きだ。
その時つるぎから強い視線を感じた。
『ヴーヴー』
DAM本部にサイレンが鳴り響き、赤いランプが点灯した。
「マナン出現のサイレンだ。」
朔は近くにあったマイク(暗くて気が付かなかった)を手に取った。
『大月班、マナン出現地点に向かいます。』
朔の言葉が本部に響く。
「さあ、僕らの初仕事だ!」
またあれと戦うのか。不安と興奮で鼓動が高まった。
例の出入り口を通ってデパートの外まで出た。そして外側を回って従業員入り口の近くに行くと、黒いワンボックスカーが止められていた。
「大月一等指令官、こちらです。」
運転席に乗っていた人が降りて、朔に声をかけた。
私たち3人はその車に乗り込み、マナン出現地点に向けて出発した。
車内で朔はDAMの『縁の下の力持ち』であるサポートスタッフについて説明してくれた。サポートスタッフは備品の管理からマナン関係の情報制御まで、様々な仕事でDAMを支えているという。マナン出現地点への送迎もその仕事の一つだ。
サポートスタッフのほとんどはマナンを見たことがないという。マナン事件関係者の親族が多く、「戦闘や研究は出来ないけれど少しでも力になりたい」とこの仕事を引き受けているそうだ。本当に、よくできた人達だ。
朔と話している間、つるぎは一度も会話に参加してこなかった。マナンとの戦闘を前に集中していたのだろうか。
「着きましたよ。」
車が止まったのは植物園の前だった。
「ありがとう。」
サポートスタッフにお礼を言って朔は植物園の入り口に向かっていった。
つるぎに続いて車を降りるとサポートスタッフに声をかけられた。
「新しく入られた真希さんですよね。頑張ってください。」
ああ、私はこういう人たちの思いも背負って戦っているんだな。
「頑張ります!」
真希は朔に負けじと入口へ急いだ。
入口までたどり着くと「臨時休園」の立て札が立っていた。マナンとの戦闘のために人払いしたんだろう。
植物園の敷地の中央には巨大なドーム型の温室があった。
その温室に入ると正面には噴水、そして色鮮やかな花々が咲き、青々とした草木が生い茂っていた。
「おかしいな、このあたりにいるはずなんだけど…」
朔がつぶやく。
「ちょっと確認してくるから二人は噴水のあたりで待機してろ。それと、真希はこれ食べとけ。」
渡されたのはあんぱん。
「まだ総監督にしてもらってないからな。今回もこれ食べて見えるように準備しとけよ。」
そういえば前回はこれを食べたらマナンが見えるようになったんだ。
「それじゃあ、行ってくる。」
そう言って朔は温室の奥に入って行った。