そうだ遊園地へいこう
「ふぅ、今日はこのくらいにするか。」
朔は教科書を閉じ、ベッドに横たわった。
マナンに襲われてから蘭さんにしつこく言われて、戦闘から一週間離れることになった。もう5日目。いつもなら前回の戦闘の振り返りをして対策を考えたり、真希達とトレーニングをしたりと忙しいが、今は本当に暇だ。
「あー、暇すぎる…」
その時、部屋の扉が開いた。
「朔、ちゃんと休んでいるか?」
「ええ、もう十分すぎるほど休んでいますよ!あと、入る前にノックしてください!」
「ああ、すまない。早く入りたい思いが強くてどうしてもな。」
この人、全然すまなそうじゃないんだけど。
「まあ、もういいです。それで、何か用事ですか?」
「そうだ。これを渡したくて来たんだ。」
渡されたのは遊園地のチケットだった。
「マナンとのことばかりで息抜きがなかったと思ってな。明日の朝10時に入場ゲート前集合だ。」
なんでわざわざ現地集合なんだ。同じ場所に住んでいるんだから一緒に行けばいいのに。
「遅れるなよ。それじゃあ。」
蘭さんは部屋を出て行った。
遅れるなって言ったのに10時過ぎてるんですけど!?朔は入場ゲート前で一人待たされていた。
「おーい!朔ー!」
名前を呼ばれて振りむくと、遠くから真希が走ってくるのが見えた。
「え、真希!?」
あの変人総監督、わざと言わなかったな。真希は息を弾ませ、朔のもとにたどり着いた。
「ごめん朔…ハァ、遅れちゃって…ハァ…電車、間違えた…」
「分かった。とりあえず水買ってくるから、ちょっと待ってろ。」
朔は近くの売店に走った。水を購入し、遠くからチラと真希の姿を見る。よく見慣れたTシャツに短パンではなく、フリルのついた白いワンピースにカーディガン。思わず距離を取ってしまった。だっていつもと全然違うし。何だよその恰好。…可愛いって思っちゃうじゃん。
「ほら、水。」
「ありがとう。」
真希がペットボトルを受け取る。真希なのに、見た目が変わるだけでこんなに動揺させられるなんて。
「やっぱり、変かな…?」
真希が朔の視線に気づいて、照れたようにワンピースのすそをただす。服装のせいか、しぐさもいつもより女の子らしい。
変じゃない、可愛いって言わないと。
「か…悪くないんじゃないか。」
僕のバカ!
「そ、そっか。よかった。」
真希は嬉しそうに微笑んだ。そんな言葉で喜ぶなよ。
「ほら、行くぞ。」
今日はなんか調子が狂う。朔は入場ゲートに歩き出した。
「まずは何乗る?ジェットコースター?それともウォーターコースター?」
入場ゲートをくぐると真希が訊いてきた。
「絶叫系ばっかりじゃないか…」
「なに、朔。絶叫系苦手?」
「いや、そうじゃないけど…」
そんな恰好でジェットコースターとかに乗せられるわけないだろ!無防備な恰好をしているって自覚してくれ…
「あ、あれ!あれに行くぞ!」
朔は『ニンジャ屋敷』と書かれた小屋に走って言った。
僕たちの順番になり、部屋に入ると機械音声が流れた。
『協力してカラクリだらけのニンジャ屋敷を脱出しよう!よーい、スタート!』
部屋の壁には『一の部屋』と書かれていた。いくつかのカラクリ部屋があるのか。
「朔!この部屋、出口ないよ!」
真希が言う。確かにさっき入ってきた扉以外、なんの変哲もない壁に見える。でも忍者屋敷だからな。
「隠し扉があるんじゃないか。」
「なるほど!」
真希が壁をバシバシ叩き始める。そんなに乱暴にしたら…
「うーん、なかなか見つからないなぁ…うわぁっ!」
回転扉を叩いた真希はバランスを崩して次の部屋に倒れこんだ。やっぱり、見た目は変わっても真希は真希だな。
「真希、大丈夫か?」
近づくと、白いワンピースがめくれていて、その…目のやり場に困る。
「…早く立て!」
「ご、ごめんって!」
次の部屋には『二の部屋 手裏剣を的に3枚あてれば次の扉現れる』と書いてあった。壁に2つの的と手裏剣が用意されている。
手裏剣か。いかにもな演出だな。朔は置いてある手裏剣を一枚取って的に投げた。手裏剣は的から外れて壁に刺さった。
ま、まあ…一回目だしな。
「やった!あたった!」
隣の的を見るとその真ん中に手裏剣が突き刺さっていた。
次は、僕だって出来るはずだ…朔は手裏剣を投げた。
「あれ、朔ー。的にあたってないよー?」
「うるさいっ!」
朔は手裏剣を手に取った。
「しょうがないなぁ。お姉さんが教えてあげるね。」
そう言って真希は朔の後ろに回り、朔の腕を支えた。
「お、おい…」
そんな恰好であんまり近づくなよ。
「このくらい腕を体に引き付けて、シュッと振り下ろす!」
真希と一緒に投げた手裏剣は見事的に刺さった。
「よし!じゃあ、次は1人でやってみて。」
さっきの感覚を思い出して…投げる!
「おお!出来たね!」
3つの手裏剣が的に刺さったことで扉が現れた。
「朔!楽しいね!」
真希が笑いかける。
「ああ…」
見た目だけじゃなくて、こんな風に全力で楽しむ真希が好きなんだと改めて思った。
「はい、朔の分。」
「うん、ありがとう。」
いくつかのアトラクションを遊んだ後、真希が「ここはチュロスが美味しいんだ!」と言って買ってきてくれた。
「やっぱ、美味しー!」
幸せそうにチュロスを頬張る真希を見て、胸がきゅっとする。
こんな姿、他の誰にも見せたくない。真希の隣にずっと僕がいたい。…好きって言ったらどう思うかな。そんなこと言う勇気ないか。いっそ僕から抱きついてしまえば、真希の能力で言ってしまえるのに。
「朔、チュロスどうだった?」
真希が僕の顔を覗き込んでくる。
「美味しいよ。」
真希は僕のことどう思っている?
その時、向こうから叫び声が聞こえた。真希が指をさす。
「迷路の方かも!」
「行ってみよう!」
僕たちは声のする方へ急いだ。
迷路の前に着くと人だかりができていた。どうやらここで当たりらしい。
朔の携帯が鳴った。見るとDAM本部からだ。
「もしもし。」
「もしもし、蘭だ。今、マナンの発生が検知された。場所は朔たちが言っている遊園地内だ。詳しい場所の特定はもう少し時間がかかる。息抜き中なのにすまないが、向かってくれないか。」
「了解です。騒ぎが起きたので、発生場所は分かりました。後で報告します。」
「ありがとう。健闘を祈る。」
そう言って蘭は電話を切った。
マナンと聞いて思い出した。今日が楽しくて忘れていたけど、僕は真希に言わないといけないことがある。それを知って真希は今まで通り僕と一緒にいてくれるだろうか…でも今はまず目の前のマナンをどうにかしないと。
朔は真希に耳打ちする。
「騒ぎの原因はマナンだ。僕達だけで対処するぞ。」
「分かった。」
場所が分かったのはいいけど、係員が一般客の入場を止めているみたいだし、どう説明するべきか…
「大丈夫。私に任せて。」
僕の肩をポンと叩き、真希は係員の前に進み出た。
「私達は特殊な訓練を積んでいます。対応するので中に入れてください。」
いや、怪しすぎるだろ!
「お待ちしていました。よろしくお願いします。」
お待ちしていましたって…蘭さん、すでに根回し済みか。
「あ、そうだ。あとこれを。」
そう言って係員は紙を手渡した。
「迷路の地図です。赤線の経路を進めば最短でゴールにたどり着きます。中のお客様がどこにいるのかは分かりませんが、役に立つかと思うので。」
「ありがとうございます!ほら行くよ、朔!」
真希は迷路の扉を開けた。
中は薄暗く、球体の間接照明が辺りをぼんやりと照らしていた。
「思ってた迷路と違う…」
まあ、確かにな。
「お化けとか出てきたらどうしよ…」
「お化け屋敷じゃないんだから。」
そう言えば、真希が初めてDAM本部に来た時も薄暗い階段を怖がっていたな。
「真希、マナンがどこかにいるから。」
「ああ、うん。」
真希はおでこを差し出してくる。僕達はおでこを合わせた。
「よし、急いで探すぞ。」
朔は真希の手を取った。
「2人なんだから大丈夫だ。」
「う、うん。」
僕は真希を連れて先を急いだ。
地図を頼りに進んでいくと男2人組の姿が見えた。1人の胸にはマナンが融合していて、暴れる男をもう1人が必死に抑えている。
「大丈夫ですか!」
真希が2人に駆け寄った。
「急にっ…友達が…おかしくなって!」
暴れる友人を抑える男が答えた。
「分かりました!私達も手伝います!」
朔と真希は暴れる男の体を抑えた。マナンを消滅させるためにも、まずは情報を集めないとだな。
「何かっ…この男が、何かに悩んでいたとか…誰かを憎んでいたとか、そういう話を知らないか…?」
「そう、だな…分からないがっ…俺らは高校3年だから…進路とかで悩んでいるかもっ…!」
進路か…僕には捉えにくい問題だ。
「朔!この人、何か言ってる!」
真希に言われて耳を澄ます。
「どうせ分かってくれないんだ…親父…先生…この世界をぶっ壊して、自由に、なりたい…!」
「確かにっ…進路の問題かも、しれない…!」
真希が言った。
「この男がっ…どんな進路を、目指しているか…知っているか?」
「国立大学を、志望していると思う…こいつ、勉強できるから…」
なるほど、志望大学の不一致が原因か。
「もしかして…この人、飛行機、好きなんですか?」
「あ、ああ…確かにそんなこと、言ってたかも…!」
「最後にっ…この人の名前を、教えてください!」
「圭吾だ…」
「圭吾さん、ですね…ありがとうございます!」
真希は圭吾の顔が見える位置に移動した。
「圭吾さん!聞いてください!本当は…パイロットになりたいんですよね!」
え…?
「ちゃんと、自分の気持ちを…話すべきです!すぐには…理解してもらえないかも、しれないけど!何も行動しなかったら、きっと後悔します!一歩踏み出す勇気を持ってください!」
「どうせみんな無理だって笑うんだ!こんな何の取り柄もない奴に出来るわけないって!」
「そんなことない!」
圭吾の友人が叫んだ。
「俺はっ…ちゃんとやりたいことを持ってる圭吾が、すごいと思った!他の奴が何て言っても、俺は圭吾を応援したい!」
「樹…」
その時、圭吾に融合していたマナンが離れた。
「真希!」
「うん!」
朔は樹ともに、気絶する圭吾を支えた。
「彼は気を失っているだけだ。背負っていけるか?」
「ああ、こいつよりも筋力あるから大丈夫だ。」
「そうか。じゃあ、この道を真っ直ぐ進んで突き当りを右だ。そうすれば出口が見える。あとは彼が目を覚ますまで側についていてやってくれ。」
「分かった。助けてくれてありがとう!」
樹は圭吾を背負って出口へ急いだ。彼らの姿が見えなくなったところで真希に声をかける。
「もういいぞ。」
「りょーかい!…やぁっ!」
真希は開いて準備していた剣でマナンを切った。
「きゅうぅぅ…」
マナンは消滅した。
「さてと、僕達も出るか。」
「そうだね。」
「真希、さっきは助かった。ありがとう。」
迷路を出た後、僕は真希に言った。
「え、何が?」
「僕じゃ気づけなかったから。」
まさかパイロット志望だったなんて。全く気がつかなかった。
「それなら私だって、朔と一緒だったから落ち着いて観察できたんだよ。朔と一緒なら何とかなるって思うから。」
そう言って真希が笑った。そんな風に思ってもらえるのは、嬉しい。
「それにしても何でパイロット志望なんて分かったんだ?」
「あー、それは彼のカバンに飛行機とフライトタグのキーホルダーが付いてて、もしかしてって思ったんだよね。彼らの話もヒントになったし。」
そうだったのか…さて、任務も終わったことだし、
「本部に報告に行くか。」
「待って。」
真希は僕の手を掴んだ。
「これ、乗ってからにしよ。」
真希が指さしたのは観覧車だった。
「まあ…いいけど。」
僕たちは観覧車に乗り込んだ。
「さあ、これで二人っきりだよ。今日なんか言いたそうにしてたでしょ。」
ばれていたのか…
「ああ。真希に言わないといけないことがあるんだ。」
「うん。聞かせて。」
「僕がマナンに誘導されて暴走した時、僕自身の意識が少し残っていたんだ。だけど真希にひどいこと言ったり、突き飛ばしたりして…僕の体がひどいことするのをどうすることもできなかった。そのことをずっと謝りたかった。ひどいことをしてすまない。」
そう言って朔は頭を下げた。その時は夢の中にいるみたいに、自分の思うように体を動かすことが出来なかった。僕の心は「そんなことやめてくれ」って何度も叫んでいたのに。本当は目を覚ました時に言うべきだった。でも真希に嫌われるのが恐くて言えなかった。
「顔をあげて、朔。」
顔を上げると真希は泣きそうな顔をしていた。
「辛かったよね。大丈夫。朔は悪くない。何にも悪くない。」
「…なんでお前が泣きそうなんだよ。」
「だって…朔の気持ちを想像したら、苦しくて…」
真希のこと、泣かせたら駄目だよな。
「分かった。この話はもうしない。聞いてくれてありがとう。」
「うん…」
何か楽しい話をしよう。
「真希、好きなものの話、してくれよ。」
「え?」
「いいから。」
「…そうだね。私はやっぱり剣道かな。」
「どんなところが好き?」
「みんなの思いを背負って戦えるところかな。剣道って1対1だから、団体戦でも1人で戦うんだよね。実際に試合しているのは自分一人でも、チームのメンバーの思いを背負って戦っている。チームスポーツじゃないからこそ感じられる気持ちのバトンがあるんだ。あとね、剣道ってすごく心が引き締まるの。袴の効果かもしれないけど、剣道着に着替えると背筋が伸びて少し違う自分になるの。そういうところも好き。」
真希の顔に明るさが戻ってきた。
「そっか。本当に好きなんだな。」
「朔は。何が好き?」
僕か…
「僕はDAMのみんなが好きかな。」
「何それ、そんなのズルいよ。私だって好きだもん。」
真希が拗ねた顔をした。
「うん、真希もそう思ってくれてよかった。大切で、かけがえのない仲間だから。」
「そうだね。」
「真希。」
「ん?」
「マナンを全て消滅させたら、聞いてほしいことがあるんだ。」
今はまだ言わないでおく。でもこの世界からマナンがいなくなって、身の回りのことをちゃんとしたら、君に伝えたい。
「それまでは僕が倒れそうになっても絶対に支えたりするなよ!」
真希の能力を発動させないようにしないと。
「うん、分かった。」
そう言って真希は笑った。