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第7話 初日はどうにか乗り切った

 エレノアのいる部屋の隣は、質素なテーブルとイス、それから隅に寄せられたベッドらしいものが置かれているだけの部屋だった。


「この部屋は?」

「ここは使用人の部屋よ。主のお呼びがない時はここに控えているの。仕事も大抵はこの部屋でするわね」

「ふぅん……」


 (りん)が歩きだすので付いていくと、その隣の部屋に移る。そこにはかまどがあり、さきほど言っていた料理人が料理をしていた。


「初めまして、ルカと言います。これからよろしくね」

(かく)と申します」


 30代ほどの男性は静かな声でそう言うと、小さく会釈をしただけで料理に戻ってしまう。


「確は寡黙なの。ルカは料理はできる?」

「できないわ。こちらに来るのが決まって、エレノア様の好きなお菓子や料理のレシピは持ってきたけど、それ以外は作ったことないわ」

「あら、そうなのね。この国では料理は使用人の仕事の一つよ。基本的には料理人が作ってくれるけど、私たちも野菜を切ったりお手伝いをするの」

「エクールでは大きなキッチンがあって、そこで城中の料理が作られるのだけど、晶国は部屋ごとなのね?」

「そうよ。主の住む宮ごとね。毎食のことだから、すぐ慣れるし上手になるわ」


 鈴の言葉に、ルカは侍女としての覚悟は決まったと思っていたが、料理までしなくてはならないのかと思うと、溜め息を吐かずにはいられなかった。


(前途多難だわ……)


「厨房の隣はお風呂とお手洗いね。こっちは使用人専用。お風呂の湯は魔法で沸かしていて、私たちは何もしなくても夕方にはできているから心配しないで」

「魔法でなんでもできるのね……」


 感心して呟くと、鈴は不思議そうに首を傾げる。


「ルカの国では魔法は使わないの?」

「使うけど、日常では使わないわ。魔法は戦うためのもので、生活に使うものではないから」

「あら、不便じゃない?」

「まぁ、そうだけど」

「ルカは魔法は使える?」

「少しだけね」


 壁に囲まれた小さな庭を横切ってまた部屋に入ると、そこは少しだけ装飾があった。部屋の真ん中には布の掛かったベッドが置かれている。


「この部屋は主の寝室ね。奥にお風呂とお手洗いがあるわ。あと、衣装箱なんかもここにしまうの」


 説明しながら、鈴は指先に炎を点す。詠唱もなく魔法を使ったことに驚いたルカだったが、鈴は何食わぬ顔で壁に飾りのようにある灯籠に火を移した。


「部屋の中の灯りは使用人が魔法で点けるの。できる?」

「それって炎の魔法よね?」

「そうよ」


 眉を寄せて唸るルカに鈴は肩を揺らして笑う。


「大丈夫。簡単な魔法よ。教えてあげる」

「ありがとう。他にも色々教えてもらうと思うけど、よろしくね」

「うん。分かった」


 全部の部屋を回った辺りで、エレノアが「ルカ! どこにいるの!?」と呼ぶ声が聞こえて、鈴と目を合わせると慌ててエレノアの元へ向かった。

 その後、エレノアの食事が終わり少し落ち着いた頃、この部屋まで案内してくれた青年が顔を出した。


「あら、あなたは」

「さっきは挨拶もしないですみません。改めて良いですか?」


 大陸語でそう言った青年は、明るい笑顔をエレノアに向ける。お茶を飲んでいるエレノアは何も言わないが、ルカは了承と取って頷いた。


「俺はここの世話係みたいなものです。嵐・(らん・ろう)と言います。よろしく」


 嵐と名乗った青年ははきはきとした声でそう挨拶をするとパッと頭を下げる。珍しい紫の瞳が印象的で、肩より少し長い黒髪を無造作に結んでいる。かなりの軽装で、この格好で皇帝の住む場所をうろついていいのかと心配になるほどだ。


「嵐ね。私はルカよ。これからよろしくね」

「うん。分からないこととか、困ったことがあれば何でも言ってほしい。できる限り対処するから」

「言葉がなってないわ。わたくしには常に敬語を使いなさい」


 エレノアが眉間に皺を寄せて小言を言うと、嵐は困ったように頭を掻いた。


「あー、分かりました。いや、大陸語はまだちょっと勉強中で。王女は晶国の言葉はしゃべれないのか? ……じゃなくて、ですか?」


 嵐の言葉にエレノアの眉間の皺が深くなる。ルカは慌てて割って入った。


「今、勉強中なのよ。それより少しこの部屋寒いのだけど」

「ああ、そっか。寒いよな。分かった。やっておく。あとは?」

「今はそれだけでいいわ」

「よし。じゃあ、住みにくいようだったらすぐ言って下さい。すぐ対処しますんで」


 突き刺すような不機嫌な目を向けているエレノアをものともせず、明るい口調で嵐はそう言うと、軽い足取りで部屋を後にした。


「下級の者ばかり寄越しているのかしら。どう見ても下働きじゃない」

「でも、さきほど華露皇貴妃様は名前を呼んでいましたし、皇帝陛下も知っているようでしたから、ああ見えて身分が高いのでは?」

「そうかしら……」

「とにかく今日はもうお疲れでしょう。晶国では夜にお風呂に入れるそうですよ。温かい湯に浸かって、ゆっくり休みましょう」

「……そうね、分かったわ」


 上手くエレノアの機嫌を戻すことに成功したと、心でガッツポーズをしたルカは、色々と問題の多い一日ではあったが、どうにか初日を乗り越えたと、自分を褒めてあげた。

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