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第6話 麗しの櫂皇帝

 空を飛ぶ馬車の速度は相当なもので、エレノアは終始怖いと身体を小さくしていたが、ルカはそのスピードにまったく恐怖を覚えなかった。馬車が浮いていることも不思議で、どんな魔法を使っているのかとても興味が湧いた。

 わくわくした気持ちのままで景色を眺めている内に、時間はあっという間に過ぎた。遠くに見えていた高い山が近付き、山の中腹に街のような景色が見えた。けれど馬車はそこに降りたたず、更に上昇する。

 そうして山の頂上が見えだすと、その山肌に張り付くように建物が見えた。どうやって建てたのかと不思議なほどの建物だ。崖の上に無数に柱が立ち、山頂をぐるりと囲むように木造の建物がある。そこここに残る白い雪と、赤い屋根のコントラストが美しいその建物に、馬車は降り立った。


「どうぞ、お降り下さい。水晶宮(すいしょうきゅう)に到着致しました」

「ここが晶国の王城ですか?」


 馬車から降りてルカが兵士に聞くと、兵士は笑顔で頷く。

 エレノアが馬車から降りると、兵士は「こちらへ」と歩きだした。


「謁見の大広間で皇帝陛下がお待ちです」

「皇帝……」


 エレノアは呟くと、不機嫌だった顔を戻し口元を上げて歩きだす。ルカはその後ろを歩きながら水晶宮を見渡した。

 思いの外素朴な印象の内装で、木造の柱には美しい彫りが施されているが、派手な着色もなく、木目がそのまま生かされている。天井から吊るされた灯りは、ろうそくとは違う、妙に明るい何かが輝いている。たぶん魔法だろうと思いながら見上げていると、長い柱廊に出た。

 太い柱が並ぶだけのそこには、冷たい風が吹いている。春先とはいえ、高い山の上だ。冬とまったく変わらないような寒さに、エレノアが腕をさする。


(王城のわりに、随分閑散としてるのね……)


 周囲を見回していたルカは、そこにあまり人の気配がないことに首を傾げた。エクール城では常に貴族がたくさんおり、うるさいほどににぎやかだった。城を守る兵士や騎士もたくさんいたので、こんな風に廊下を歩いていて誰ともすれ違わないなど、あったことがない。


「誰もいないのね」


 さすがにエレノアも気付いたのか、独り言のように呟くと、前を行く兵士が笑顔で振り向いた。


「皇帝陛下はうるさいのがお好きじゃないので、極力人を置かないようにしているのです。守りは魔法で完璧ですので、ご安心を」

「そうなの……」


 兵士の説明にルカは本当に魔法がこの国では普通に使われているのだと驚いた。きっと自分の知らない魔法がたくさんあるんだと思うと、またわくわくしてくる。


「さぁ、この扉の奥が謁見の大広間です。どうぞ」


 大きな両扉を兵士が開ける。そうして中を見ると、正面に大きな玉座があって、そこにとても麗しい男性が座っていた。

 ルカが今まで出会った男性の中で一番美しいと断言できるほど、造形の整った顔をしている。切れ長の目と高い鼻、長い黒髪に輝くような黒曜石の瞳。夜の化身のような人だとルカは思った。

 ちらりとエレノアを見ると、頬が赤く染まっている。


「エレノア様」

「あ、ええ、そうね。行きましょう」


 小さく声を掛けると、我に返ったエレノアが歩きだす。その後ろに付いていくと、不思議なことに皇帝の両脇に着飾った美しい女性たちが座ってこちらを見ていた。全員で3人。衣装からしてとても高貴な女性のように思える。

 その他に人はおらず、謁見にしては妙な雰囲気にルカは内心で首を傾げた。


「エクール王国王女、エレノアでございます。お目にかかれて恐悦至極に存じます、皇帝陛下」


 エレノアは優雅にカーテシーをし、これだけはしっかりと覚えた晶国の言葉で挨拶をする。


「ああ、長旅ご苦労であった」


(声まで麗しいのね……)


 部屋に響いた皇帝の声は、艶のある低い声で、ルカは声まで良いのかと驚く。


「まだ未熟ゆえ王妃として至らぬ点はありましょうが、誠心誠意お仕え致します。不束者ではありますが、どうぞよろしくお願い致します」


 さすがこういう場では抜かりはないなと、ルカは後ろに控えながら感心した。


「うむ。まだ16歳だったか。妃たちは皆年上になるから、我が国のことは妃たちから学ぶが良い」

「え……?」


 皇帝の言葉にルカは聞き間違いかとすぐに通訳できなかった。エレノアが「早く訳しなさい」という顔をするので、慌てて通訳をすると、エレノアが固まった。ルカも思わず不躾に皇帝を見てしまう。

 両脇に座った女性たちは、笑顔で頷いている。


(妃たち!? たちって何!?)


 ルカが混乱していると、皇帝の右側に座っていた一等華やかな赤い髪の女性が口を開いた。


「陛下には今4人の妃がいるの。あなたは5番目ね。位は一番下になるから、目上のわたくしたちにはしっかり敬意を払ってちょうだい」


 動揺しながらもルカは通訳を続ける。言葉の出ないエレノアに、女性は意地悪い笑みを浮かべる。


「まさか人質のくせに、皇后にでもなる気だったの?」


 わざと声を大きくして言うと、他の二人は口許を扇で隠してクスクスと笑う。

 嫌な空気にルカは戸惑いながら小さな声で通訳すると、エレノアは両手を握り締めて眉を歪めた。


「わ、わたくしが5番目……」

「わたくしは華露(かろ)皇貴妃。そちらの二人が玲貴妃(れいきひ)才貴妃(さいきひ)よ。思羅(しら)皇后様はお加減が悪くここにはいない。挨拶は後になさい」


 あまりの屈辱にだろう、華露皇貴妃の話を聞いている振りもせず怒りを露わにしているエレノアに、ルカがこのままではまずいと声を掛けようとした時、扉がバタンと開き誰かが走り込んできた。

 兵士と同じような身軽な格好をした青年は、息を切らしたまま近付いてくる。


「エクールの」

(らん)! 謁見は終わったわ。その二人をさっさと部屋に案内しなさい」


 青年が話そうとするのを邪魔するように華露皇貴妃が口を挟んだ。青年は怪訝な目をそちらに向ける。


「住まいは星露宮(せいろぐう)だ。部屋にお連れせよ」


 皇帝が付け加えるように言うと、青年は何かを言いたそうな顔をしたが、ゆっくりと口を閉じた。


「ご案内します。付いてきてください」


 青年に言われ、エレノアと二人で謁見の大広間を出ると、少し廊下を進んだ先で、小さな家のような敷地に入った。

 外廊下で繋がった部屋が5つほどある。そこへ入ると、青年はさっさと部屋を出て行ってしまった。


「エレノア様、大丈夫ですか?」


 ここに来るまで一言もしゃべらなかったエレノアを心配して声を掛けると、エレノアは持っていた扇をバシッと床に叩きつけた。


「5番目ってなによ!! 妻は一人でしょ!? 妃が複数ってどういう国なの!?」


 怒りが爆発したエレノアは叫び、扇を踏みつける。お気に入りだったはずの華奢な扇はその一撃で折れてしまった。


「この国はどうやら一夫多妻制のようですね。もしかしたら皇帝だけの特権かもしれませんけど、複数の妻が許されているようです」

「お父様はこんなこと一言も言っていなかったわ!!」

「知らなかったのでは? ボナール教授もこのことは話していませんでしたし」


 もしかしたらエレノアを説き伏せるため黙っていたのかもしれないが、事実を知る由はないのでルカは口にはしなかった。


「信じられない! 信じられないわ!!」


 わなわなと震えるエレノアを、どうやって宥めようかとルカは考える。


「そ、そうだ。皇帝陛下はとても美しい方でしたね」


 棒読みだったが、ルカがそう言うと、ぴたりとエレノアの動きが止まった。


「あんなに麗しい方、初めて見ました」

「……そう、そうね。わたくしもそう思ったわ」


 エレノアはいからせていた肩を下ろすと、そばにあった椅子に腰を下ろす。


「あの方なら、わたくしにぴったりだわ」

「そうですね。お二人が並んだら、美男美女ですよ」

「でも5番目じゃ……」


 またエレノアが表情を変えた時、扉の外から声が掛かった。ルカが慌てて扉を開けると、少女が笑顔で頭を下げた。


「初めまして、私、(りん)と申します。エレノア様付きの使用人です。よろしく」


 たどたどしい大陸語で挨拶をした鈴は、まだ幼さの残るあどけない笑顔を見せる。黒い大きな瞳が印象的な女の子で、茶色の髪はふわふわの癖っ毛だ。


「お前が侍女? 他には?」

「料理人が一人と、下級の使用人があと二人おります。基本的にエレノア様の御前に出るのは私だけです」

「4人だけ? ……はぁ、もういいわ。疲れたから今日はもう何もしたくない。後はルカに任せるわ」

「分かりました。すぐに食事の準備を致しますので、少々お待ち下さい」


 部屋を出ていけと手を振られてしまうので、ルカは鈴を促して廊下に出た。

 背の小さな自分よりも更に小さな鈴を見下ろして、にこりと笑う。


「私、ルカというの。よろしくね」

「ルカ様」

「“様”はいらないわ。同じ侍女だし」

「では、ルカ。部屋を案内するわ」


 可愛らしい印象の鈴の登場にホッとしたルカは、笑顔で頷いた。

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