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第43話 説得に向かう

「藤真、ルカに出掛ける準備を。身軽な格好にさせよ」

「思羅様? どういうことでございますか?」


 戸惑う藤真に思羅は何も答えず、庭から出て行ってしまう。


「鈴様」

「嵐には内緒にしてね」

「藤真、菖真、お願い」


 ルカがそう言うと、二人は顔を合わせてから仕方なく頷いた。

 それからエレノアの侍女であった時のような簡素な着物を着ると、思羅が人の姿で翅馬(しば)の手綱を引いてきた。


「準備はできたわね」

「翅馬に乗るのですか?」

「馬には乗れるでしょ?」

「はい、でも……」

「大丈夫。この子は一等大人しい子だから、ルカを落としたりしないわ」


 思羅の言葉に不安はあったが、ルカはもう覚悟を決めている。こんなことで怯んでいてはエクールの軍になんて行けない。

 顔を強張らせながらもルカは頷くと、思羅から手綱を受け取る。


「ルカ様」

「すぐに戻るから、心配しないで」

「……はい、分かりました」


 藤真が渋々頷くのを見て、ルカは翅馬に跨る。すると、指示していないのに翅馬は羽を広げて飛び立った。

 ルカは慌てて手綱をしっかりと掴む。


「手綱を持っていれば、勝手に飛んでくれるわ」


 すぐ背後で声が聞こえると、思羅と他に4匹の黒雷尾が飛んでいる。

 その中に茶色でふわふわの尻尾をした子がいて、ルカはもしかしてと声を掛けた。


「もしかして、鈴?」

「当たり! ルカは私たちが守るから、安心して行きましょ」


 明るい声で返事がして、ルカはやっと強張っていた頬を緩ませた。

 朝日が差し込む空は澄み切っていて、爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込む。すると、暗い気持ちが少しだけ和らいだ。

 それから森の上を飛び続け、しばらくすると思羅が高度を下げた。ルカの乗る翅馬もそれについて下降し始める。

 ルカの目にはまだエクールの軍隊は見えなかったが、それでもぐっと緊張感が増した。

 森の中に着地すると、思羅がふわりと人の姿になり近付いてくる。ルカは翅馬から降りると、森を見渡した。


「なぜここに?」

「この先に斜面があって、そこを降りればもうエクールの隊列があるわ。わたくしたちが一緒にいたらたぶん警戒されてしまうでしょうから、近くに降りたの」

「あ、そうか……」

「一人で行けるわね?」


 思羅の言葉に、ルカはしっかりと頷く。手綱を渡すと、鈴が人の姿に変わりながら走り寄ってきた。


「ルカ!」

「鈴」

「近くで見てるから! 危ないと思ったら必ず私たちの名前を呼んで!」

「分かった。絶対、呼ぶわ」


 鈴はルカの手を取ると、ギュッと握って言ってくる。心配でたまらないという顔にルカは笑顔を向けると、そっと手を離した。


「行ってくるね」


 明るい光の差す森の中を歩きだす。怖ろしい魔物が潜んでいるなんて思えないほど、のどかで美しい森だ。

 森には狭いが人が歩けそうな細い道が続いている。ルカはそこを慎重に歩いた。

 そうして少し下り坂になった辺りで、ついに人のざわめきが聞こえてきた。耳を澄ますと、微かに大陸語が聞こえてきて、ルカはごくりとつばを飲んだ。


(怯んじゃだめ! 毅然とした態度でいなくちゃ)


 弱気でいてはだめだと自分を奮い立たせる。今までたくさんのことがあったが、いつも最後は相手の意見に押し負けた。それは身分であったり親だったりと理由があったが、今回だけはそれを許してはいけないのだ。

 自分がどうなっても、この戦争を止める。そう覚悟を決めてここまで来た。

 止まりそうな足を懸命に動かして人のいる方へと近付く。すると、木々の緑の奥に人影が見えた。


「誰だ!?」


 それと同時に激しい男性の咎める声が聞こえる。


「怪しい者じゃありません! 私はルカ・シュバルツ! 国王陛下の親書を受け取り、ここに来ました!!」

「ルカ!? 何を言ってるんだ!?」


 ガサガサと草を踏み分ける音が近付いてくると、ついにエクールの兵士の姿が見えた。

 手にした抜き身の剣をルカに向けて警戒している。


「おい!! 女が森にいるぞ!!」


 背後に声を掛ける兵士に、ルカはとにかく敵ではないと訴えようと、持ってきた手紙を頭の上に掲げる。


「私は敵じゃないわ! エクールの国民です!」

「そこで立ち止まれ!! いいか!? 動くなよ!!」


 声を聞き駆け付けた兵士たちが3人ルカに近付いてくる。そうしてルカを取り囲むと、剣を突き付けた。


「怪しい女だな。森から突然現れるなんて」

「エクールの者がこんなところにいる訳ないだろ。おい! 女!! 俺たちを罠に嵌めようとしてもそうはいかないぞ!」

「違うわ! 私はエクールの者です! 名前はルカ・シュバルツ!! シュバルツ男爵の娘のルカです!! 国王陛下からの親書を見て下さい!!」


 必死に訴えると、背後にいた兵士がルカの腕を掴んだ。そのまま取り押さえられ、身動きが取れなくされてしまう。

 もう一人の兵士がルカの手から手紙を奪うと、中を確認する。


「確かにこれはエクールの紋章だが、こんなものは偽造すればいくらでも作れる。偽物まで用意して俺たちを騙すつもりだな!?」

「それは本物よ!!」


 下級の兵士にはルカのことが知らされていないのか、3人はルカが何を言っても信じてくれそうにない。

 このまま殺されてしまいやしないかと心配になってくると、騒ぎを聞きつけてか人が集まってきた。


「どうした、何を騒いでいる?」


 兵士たちの中から一際美しい鎧を着た青年が近付いてくる。エレノアとまったく同じサラサラの金髪が美しい青年は、ルカを見るとハッとして駆け寄った。


「よせ! 手を放せ!」

「殿下?」

「この娘は我が国のルカ・シュバルツだ。放してやれ」


 フランシスがそう指示すると、慌てて兵士がルカを解放した。ルカは肩の痛みに耐えながらも、フランシスに頭を下げる。


「王太子殿下。国王陛下からの親書を受け取り、参りました」

「ああ、よく来たな」


 ルカはフランシスと話すのは初めてだった。城を出入りしていた時も、王太子としての仕事が忙しく会うことは滅多になかった。

 舞踏会で見掛けることがあっても、ルカが近付く隙などないほど、常に高貴な女性たちが周囲を取り囲んでいた。


「ここに来たということは自身の犯した罪に報いるために来たのだな」

「……違います」

「なんだと?」


 フランシスの言葉にルカは小さな声で、それでもはっきりと答えた。


「私は戦争を止めに来たのです」

「そなた、言っている意味が分かっているのか?」

「分かっています。私のやったことが罪だというなら、私自身が罪を償えばいいだけのことです。それを理由に晶国を攻めるなどあってはなりません」


 ルカはフランシスの目を見つめて言い募る。

 フランシスは誠実な性格だと聞いている。きっと話し合えば分かってくれると、ルカは信じて話し続けた。


「晶国はエクールに対して何も不当なことはしていません。それなのに何の宣言もせず領土に踏み込むなど、国として間違っています」

「女のくせに知った口を……」


 フランシスの怒りの表情に、心が怯む。いつもならすぐに謝罪し逃げてしまっていたが、今日だけは絶対に引かないと両手を握り締める。


「今なら引き返せます。晶国は戦争など望みません! どうか全軍を撤退させて下さい!!」


 ルカが半ば叫ぶように言った途端、フランシスが手を振り上げた。パンッと頬を打たれて、ルカはその場に倒れた。


「誰に物を言っているか分かっていないようだな」

「殿下……」

「これはそなたごときが止められるようなものではない。浅知恵で国事に口を出すな。そなたは言われた通り晶国のことを私に教えればよいのだ」


 馬鹿にしたようにそう言い捨てたフランシスは、もう一度兵士にルカを捕えるように指示を出す。

 ルカは慌てて抵抗しようとしたが、あっという間に縄で縛られると木に括られてしまった。


「ここでしばし休息する。ルカ・シュバルツ、心変わりしたなら、知っていることをすべて話せ。そうすれば少しは罪が軽くなる」

「殿下!」


 フランシスはそう言うと、その場を去っていく。

 その背中に声を上げたが、フランシスは振り返ることなく森の中へ消えた。


(失敗した……)


 もしかしたら戦争を止められるかもと、思い上がっていた自分が恥ずかしい。

 晶国で王妃として扱われる内に、いつの間にか自分が何者かになれたような気がしていたのかもしれない。


(どうしよう……、なんて言えば殿下を説得できるの……)


 それとももう思羅たちを呼んだ方がいいのだろうか。これ以上自分がどうにかしようとしても、何も変わらない気がする。

 それなら迷惑を掛けない内に、水晶宮に戻った方がいいのかもしれない。


(でも……)


 ルカは唇を噛み締める。

 弱気な自分を振り払うように首を振って、俯いていた顔を上げる。


(まだできることはあるはずよ……。私は諦めない、絶対に)


 自分に言い聞かせるようにそう心に思うと、じっと森を見据えた。



◇◇◇



 兵士たちがその場に座り水を飲んだりして休息を取っているのを見つめていると、しばらくしてその間を縫ってこちらに歩いてくる兵士がいた。

 騎士の格好をしたその人物は、近付いてくるとルカに笑みを向けた。


「ギルバート……」


 まさか戦列に加わっているとは思わず、ルカは驚きに目を見開く。


「ルカ、大丈夫かい?」

「なんで……」


 目の前に立ったギルバートは穏やかに笑いながら声を掛けてくる。


「殿下に聞いてね。ルカ、晶国の情報を話すんだ。そうすれば許してもらえる。殿下はあれでとてもお優しい方だ。国のために厳しい態度を取っておられるが、本当はルカにこんなことしたくないんだよ」

「ギルバート、エレノア様は? エレノア様はなんて言ってるの?」

「姫様はあれから謹慎されていたんだ。酷い謂われようだったからね」

「そういうことじゃなくて……」

「ルカ、一緒に帰ろう。エクールが勝利すれば、結婚を許可して下さると殿下が言って下さった。どうだ? 故郷で伯爵夫人になれるんだぞ? このまま晶国にいればこの国の人間だということになって、一緒に殺されてしまうかもしれない。そんなことにはなりたくないだろう?」


 ルカの言葉など聞こえないかのように、ギルバートはにこにことしたまま言ってくる。

 久しぶりに会った元婚約者を見て、ルカはこの人のどこを好きだったのかまったく思い出せなかった。


「ギルバート……、殿下にそう言えって言われたのね?」

「ち、違う! 僕は本当にルカと結婚したいと思っているんだよ! 君は大人しいし、うるさく何かを言ったりしないだろう? そういうところをすごく気に入っていたんだ!」


 必死に取り繕うギルバートの言葉に、ルカは心底落胆する。


「そんなものは愛情じゃないわ……」

「ルカ! 君が話してくれれば僕の手柄になるんだ! いいから言うんだ!!」


 ギルバートが表情を険しくして、ルカの両肩に掴み掛った時、突然森の奥から騒ぎが起こった。


「な、なんだ!?」


 森の近いところで爆発音が響く。その合間に、兵士たちの悲鳴が聞こえてくる。

 ギルバートが動揺する中、ルカもまた何事かと森に視線を向けていると、何かと戦う兵士たちがこちらに走り込んでくる。

 その背後から、何か巨大な動物が迫ってきた。


「魔物だ!!」

「魔法を!! 早く!!」


 パニックになった兵士たちが声を上げる。その先から、紫の毛に覆われた、巨大な猿が突っ込んできた。

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