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第31話 遠乗り

 なんだか色々なことが一遍に起こって疲れを感じたルカは、とりあえず部屋に入った。

 煌びやかな部屋を見渡し、とりあえず部屋の中央のイスに腰掛ける。


「ルカ様、お世話を命じられました、女官の藤真(とうま)と申します。よろしくお願い致します」


 ずらりと並んだ女性たちが頭を下げる。藤真は自分よりも少し年上のようで、きびきびとした所作とはっきりとした喋り方が、いかにも仕事ができそうな雰囲気を醸し出している。


「あ、はい……」

「何かありましたら、ご遠慮なくお申し出下さいませ。誠心誠意仕えさせて頂きます」

「よろしく、お願いします……」

「すぐに夕餉に致しますか?」

「あ、はい。そうしてくれると嬉しいです」

「敬語は無用です。では」


 藤真が部屋を出て行くと、鈴がくすくす笑ってお茶を出してくれる。


「なぁに? 変に緊張しちゃって」

「だって、ずっとあっちの立場だったのよ? なんだかこの状況に慣れなくて」

「あら、あなた貴族の令嬢だったんでしょう? こんな感じだったんじゃないの?」

「うーん……、そうだったんだけど、なんだか遠い過去のようで忘れちゃったわ」


 ルカはそう答えると、部屋の隅に控える女の子二人を見る。


「仕事はないから、下がっていていいわ」


 優しくそう言うと、少し戸惑った表情で目を交わした後、二人は静かに部屋を出て行った。

 ルカはふうと溜め息を吐いてお茶を飲む。


「何もしないで座っていると、なんだか落ち着かないわ」

「逆でしょ、それ」

「そうなんだけどね」


 もっともな鈴の言葉にルカは肩を竦める。

 それから豪勢な料理を食べた後、ゆっくりと風呂に入ると、広い寝台で久しぶりにぐっすりと眠った。



◇◇◇



 次の日、これまでとは違い華やかな着物に着替えさせられ朝食を食べると、やることもなくなってしまいルカはぼんやりと庭を見ていた。


「暇そうね、ルカ」

「鈴。ねぇ、何かやることない?」

「うーん、お菓子でも食べる?」


 苦笑して鈴が答える。ルカはそういうことじゃなくてと言うと、「あ」と声を上げた。


「ねぇ、また私“上”に行ってもいいのかしら」

「上? 上殿のこと?」

「そう。毎日お世話していた子たちが気になるの。昨日は色々あってお掃除できなかったし」


 ルカの言葉に鈴は少し驚いた顔をして、それから頷いた。


「いいわ。上殿は黒雷尾なら出入り自由なの。私がいればルカも入れるわ」

「なら、今から行きましょ」


 やっとやることを思い付いてルカは立ち上がる。そこに藤真が慌てて近付いてきた。


「ルカ様、お出掛けならばわたくしもご一緒致します」

「藤真、ルカのお供は私がやるから大丈夫よ」

「鈴様、ですが」

「大丈夫よ、上にお掃除に行くだけだから」

「お掃除、でございますか?」


 驚く藤真にルカは笑い掛ける。

 そうして鈴の案内で、また階段を上がり今まで住んでいたところへと戻ると、ルカは黒雷尾たちに走り寄った。


「みんな、昨日はごめんね。来られなくて」


 小屋に入り近付いてきた黒雷尾を抱きしめる。

 嬉しそうに尻尾を振る子たちをそれぞれ撫でていると、鈴もゆっくり小屋に入ってきた。


「綺麗な着物が台無しよ」

「いいの」


 鈴は「仕方ないなぁ」と笑いながら、飾り紐で長い袖や裾を上手く纏めてくれる。


「鈴、この子たちは人の姿になったり、しゃべったりはできないの?」

「できないわ。それはかなり特別な力なの。黒雷尾の中でも高位の者だけね」

「そうなんだ……」


 ルカはまだ魔物についてまったく分かっていないのだと知り、もっと勉強したいと思った。


「さて、お掃除しようかな」

「ルカは働くのが好きなのね」

「そうね。掃除も洗濯も、たぶん性に合ってるのね」


 箒を手に取り鈴に笑い掛ける。鈴は肩を竦めると、「手伝うわ」と一緒に掃除を始めた。

 それから粗方の掃除が終わる頃、突然小屋の扉が開いた。


「ルカ」

「嵐」


 中に入ってきた嵐は、ルカの姿を見ると少し驚いた後、笑いながら近付いてきた。


「部屋にいないと思ったら、こっちにいたのか」

「ごめん、探した?」

「いや。折角綺麗な格好してるのに、掃除?」

「昨日できなかったから」


 箒を片付け、端に寄せていた水桶を元の場所に戻すと、掃除はこれで終わりだった。

 充足感に満足しつつ、袖を纏めていた紐を解く。嵐はそれを見届けてから続きを話す。


「部屋で暇してると思って、遠乗りにでも誘おうと思ってきたんだけど」

「遠乗り?」


 黒雷尾の頭を撫でながら言った嵐の言葉にルカは目を輝かせる。


「ずっと宮の中にいるだけだったし、良い気分転換になると思ってさ」

「行くわ!」


 ルカの返事に嵐がパッと笑顔になる。


「その格好じゃ寒いから、一度下に戻って着替えよう」

「うん!」


 嵐と共に水晶宮に戻ると、すでに藤真が出掛けるための着物を準備して待っていた。

 着替えをして外套を着てから外に出る。庭にいた嵐のそばにはすでに翅馬(しば)がいて、ルカは驚いた。


「遠乗りってまさか、この子に乗るの?」

「そうだ。さ、行くか」


 嵐が身軽に翅馬に飛び乗り、手を差し出す。その手を掴むと、自分の身体がふわりと浮いて嵐の前に横乗りに座った。


「よし、行くぞ」

「キャッ!」


 嵐の声と共に、バサリと翅馬が翼を広げると同時に、視界が急激に上昇した。

 驚いたルカは、慌てて嵐にしがみつく。

 あっという間に水晶宮の屋根を越え、みるみる内にその全貌が見渡せるほどの高さまで上昇する。あまりの高さに恐怖を感じたが、それを上回るほどの美しい景色に目を奪われた。


「これが水晶宮だよ」


 嵐の言葉にルカは目を見開く。

 峻険な剣雷山の中腹をぐるりと囲むように建物が連なっている。赤い屋根に白い外壁、平屋の中に、塔のように高い建物も混ざっている。そのすべての軒に細長い布が垂れていて、風にたなびいている。

 そしてその美しい建物の中から飛び出すように水晶があって、太陽の光を反射させている。

 その全容の巨大さにルカは改めて驚く。エクールの王城とは比べようのないほどの規模だ。これらが山の中腹に建っているというのが信じられない。


「すごい……。なんて大きいの……」

「そりゃあそうさ。ここには大多数の晶国の民が暮らしているんだから」

「え?」


 嵐の顔を見ると、にこりと笑って手にした鞭を指し示す。


「あの辺りが政治のための場所だな。俺の仕事場所。その周辺に王族や貴族がいる。で、その隣にある大きな建物が学校。小学から大学まである。その下あたりは全部民が住んでいる場所だな。市場や商店もあって賑やかだよ」

「全員? ホントに国民全員がここに住んでるの?」


 首を巡らせれば山の裾野から深い森が広がっている。その面積はかなりのものだ。そちらに家を建てればいくらでも暮らせそうなのにとルカは不思議に思う。


「ほとんど全員かな。貴族の中のいくつかだけが森にある巨木の上に屋敷を建てて暮らしている」

「あ、秀様の家?」

「そう。森は魔物の領域だ。人は暮らせない。雪家のように魔物と対等にやり合える自信がなければ、水晶宮の外で暮らすことはできない」


 嵐の言葉にルカはじっと森を見つめる。足元に広がる濃い緑の中に魔物が潜んでいるのかと思うと、微かに恐怖を感じる。


「我らは水晶宮の守りがあってこそ、この土地に暮らすことができる」

「魔物は水晶宮には上がってこないの?」

「魔物の大半は森に暮らす。翼のある者はそれほどいないんだ。大物で翼を持つ者はいるけど、それらには縄張りがある。そこから外に出ることは滅多にない。外に住む武官たちは、その大物を監視するのが役目なんだ」


 今までルカが知った魔物は黒雷尾と翅馬だけだ。どちらも大人しくエクール王国にいる動物たちとあまり違いはない気がしていた。

 けれどやはりここには恐ろしい魔物が存在するのだ。共存というのは仲良く暮らすということでは決してないのだとやっと理解した。


「少し走るよ」


 嵐がそう言うと、翅馬が走り出す。冷たい風を切って森の上空を飛ぶ。剣雷山の他にも山はあって、遠く滝が見えたり、何かが崖を走り降りるのが見えた。

 その雄大な自然は美しくもあり、怖さも感じる。並走するように飛ぶ鳥たちは、見たこともない美しい尾羽を輝かせて追い抜いていく。


「空をよく見てごらん」


 見上げる空は雲一つない青空だ。嵐の言葉の意味が分からず、それでも注視していると、ふいに青色が歪んで七色に変化した。


「色が……」

「あれが結界だ」

「そういえば、ここに来る時、森に入る時に七色の壁のようなものを越えたわ」

「うん。森全体を囲むように大きな結界があるんだ」

「あれが魔物を出さないようにしているの?」

「そう。500年前、結界がない時代、周辺国は領土争いを繰り返していた。そんな時、森を侵略し始めた丘の国の兵士たちが、大物の魔物たちに襲われだした。戦争どころではなくなった兵士たちは、魔物たちを討伐しようとした。けれど上手くいかなかった」


 ルカは嵐の話にじっと耳を傾ける。ルカの知らない歴史だ。エクール王国ではすでに消失してしまっている。


「大物の魔物たちは次々に人を食っていった。縄張りを犯したからそうなったのか、魔物の気まぐれかは知らないが、そいつらは兵士を食い散らかした後、森を出て丘の国へ向かった。森に近い村が襲われ、町が襲われ、惨状は広がっていった」

「そんな……」

「あまりの酷い有り様に、当時の晶王は決断した。巨大な結界を作り、魔物を閉じ込めることを。それまでも魔物と上手く折り合いをつけて暮らしてきた晶国の民ならばできると考えたんだろう」


 森に閉じこもり魔物と生きる道を選ぶなんて、そう簡単に決められるものじゃない。それでも晶国がそう決断してくれたお陰で、エクール王国を含む五大国は、それから500年間、平和に暮らしていけたのだ。


「町を襲っていた魔物たちをどうにか森へ追い返し、結界は作られた。その時、丘の国の五国は結界の存続のため、人質を寄越したのだという」

「そういうことだったのね……」


 今まで結界のための人質だと言われても、どういうことか詳しくは分からなかった。ボナール教授も詳細は分からず、ただそういう取り決めになっているのだと言っていた。

 なぜエクール王国ではその歴史が語り継がれなかったのかは分からないが、やっと納得できた。


「俺は人質はいらないと思っているんだ」

「え?」


 嵐を顔を見ると、困ったように眉を下げる。


「人質なんてなくたって結界の維持はしていくつもりだ。だけど100年に一度の人質を取る期日が来て、臣下たちと何度も話し合ったが覆すことはできなかった」

「そんなことがあったの……」

「だからエクール王国からもし王女が来るのなら、精一杯良い待遇にしてあげようと思ったんだ」


 エレノアを王妃にと言ったのが嵐だという事実にルカは驚いた。政治的な判断ではなく、嵐の優しさで王妃として迎えられたのなら、エレノアはそれまでの人質の中で一番運が良い人質だったと言える。


「でも来たのは二人だった。櫂のせいでおかしなことになってしまったけど、今ではこれで良かったと思ってる」

「嵐……」


 翅馬が動きを止めたと思ったら、嵐に抱き締められた。

 嵐の身体の温かさにホッと息が漏れる。


「ルカが晶国に来てくれて嬉しい」

「……私も、晶国に来られて良かったと思ってる。嵐に出会えたもの」

「本当か?」

「うん」


 素直に頷くと、抱き締める力が強まる。

 嵐の気持ちが痛いほど伝わって、ルカは少しだけ頑なだった心を開いた。


「嵐……。私、嵐とずっと一緒にいたい。でもそうすることで嵐が批判を受けたり、立場が危うくなったりするのは絶対に嫌なの」

「そっか……」


 それきり嵐は黙り込んだ。ルカもまたそれ以上何も言わず、しばらくの間、抱き締め合っていた。

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