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第3話 エレノアの憂い

 不服そうな顔を隠しもせずにルカが部屋を出て行った。肩を落とした後ろ姿を見てエレノアはふんと鼻を鳴らす。


「それにしても盟約など初めて聞きましたわ」

「そうね。私も初めて聞いたわ」

「魔国の話なんて絵本の中の話だと思っていたわ。結界がどうとか、馬鹿馬鹿しい」


 エレノアの吐き捨てるような言葉に取り巻きたちも「そうよ、そうよ」と同意する。


「でも、どうやらお父様の冗談じゃないのは良く分かったわ。ボナール教授を呼んできなさい。魔国の話を聞くわ。あと、ギルバートも呼ぶのよ。すぐにね」


 命令をすると、部屋の隅に控えていたメイドが慌てて部屋を出て行く。


「本当にルカを連れて行くのですか?」

「ええ、もちろんよ。あなたたちももう行きなさい。遊んでいる暇はないわ」


 他人事な顔をしている暢気な女性たちに腹が立って手を振る。取り巻きたちは驚いたように立ち上がり、そそくさと部屋を出て行った。

 エレノアは扉が閉まると同時に、持っていた羽の付いた美しい扇子を壁に投げつけた。

 それでも怒りが収まらず、顔を歪めるとテーブルの上の紅茶のカップを手で払い除けた。床に落ちたカップはガチャンと音を立てて砕ける。


「わたくしが人質ですって? なんて酷い話なの!?」


 王妃になりたいと思っていた。でもそれは五大国のどれかだ。この国で過ごしてきたように、毎日優雅に暮らしたいのだ。お気に入りに囲まれて、いつも楽しいことだけをして。

 美しい自分と並んでも引けを取らない美しい夫に愛され、国民にも愛され、歴史に残るような王妃になる。それが願いだったのに。


「魔国なんて知らないわよ……」


(見も知らない異国で王妃になったからって嬉しくもなんともない……)


 それでも父親の命令は絶対だ。どんな我がままでも大抵は聞いてくれる父親だが、政治に関することで口出しできたことはない。兄ならば聞き入れてくれることも、女である自分にはそれができないのだ。

 行くしかないのは分かっている。ただ自分だけが犠牲になるのだけは我慢できない。


「失礼致します。ギルバート・オルグレン様がいらっしゃいました」

「入りなさい」


 これからどうするかを考えているところに、ノックの音が響いた。返答をすると、すぐに扉が開きギルバートが入ってくる。


「姫様、お呼びですか」

「ええ」


 そばに寄ったギルバートはちらりと床に散らばったカップの欠片を見ると、何食わぬ顔で膝を突く。

 長身でそこそこ顔の整ったギルバートは、少し前までお気に入りだった男性だ。


「あなた、ルカと婚約したんですって?」

「あ……、はい。先ごろ、婚約に至りました」


 目を細めてギルバートを見つめると、明らかに動揺を見せて言葉を詰まらせる。


「わたくしに何の報告もないなんてどういうつもり?」

「すみません。色々と忙しく……」

「ルカなんて、随分地味なところで妥協したものね」


 エレノアの言葉にギルバートは反応しなかった。その様子に苛立ちを感じはしたが、それほどのこだわりもない。どこにでもいる伯爵の息子が、父親の紹介する相手と結婚するだけの話だ。ありふれた話だし、ギルバートが惜しい相手でもない。

 それでもないがしろにされるのは面白くない。


「お気に触ったのなら謝ります。ご用はそのことで?」

「いいえ、違うわ。お父様から貴族にはこれから報告があると思うけど、わたくし、ショウ国の王妃になることになったの」

「は?」

「100年ごとの人質なんですって。人質だけど、わたくしは王妃として呼ばれるらしいわ」

「ああ、盟約のことですね。そうか……、姫様が……」


 同情的な視線を送ってくるギルバートを睨み返し、エレノアは続ける。


「それで、ルカも連れて行くことにしたから」

「え!?」


 明らかに動揺したギルバートは、驚きの声を上げる。その様子にエレノアは笑みを浮かべる。


「侍女として連れて行くのよ。あの子、外国語もできるし、魔法もできるでしょ? 使い勝手がいいからね」

「そ、そんな……、彼女はメイドではないのですよ? 身の回りの世話をさせるのですか?」

「わたくしの決めたことに文句があるの!?」

「そ、そうではありませんが……」


 ルカを守ろうとするギルバートの言葉にいらつき声を上げると、ギルバートは慌てて身を縮こまらせた。


「ルカは納得しているのですか?」

「あの子の気持ちなんて関係ないでしょ。それより、あの子が泣きついてきても、話を聞いてはだめよ」

「それは……」

「あなたからもショウ国に行くことを勧めなさい」

「ですが……、ルカは私の婚約者で」

「わたくしの命令が聞けないの!? 今までどれだけ取り立ててやったと思ってるの!!」


 叱責すると大きな身体を余計に小さくしてギルバートは項垂れる。


「分かりました……。姫様の言う通りに致します……」

「分かればいいのよ。あなたのことはお父様によく言っておくわ」

「あ、ありがとうございます、姫様!」


 エレノアの付け足した言葉にギルバートが笑みを浮かべ感謝を述べる。


(結局こんなものよね……)


 いつだって餌をちらつかせれば誰もがひれ伏すのだ。ギルバートもルカを想っているような言葉を言った舌の根も乾かぬ内に、結局出世欲を優先した。

 ギルバートを下がらせると、エレノアは紅茶を吸い込みシミになった絨毯を見つめ顔を顰める。


(なんて不幸なわたくし……。でも一人だけで不幸になんてならない。勝手に私のお気に入りを奪って幸せになろうとしているルカも道連れよ。わたくしのために一生働いてもらうわ)


「早くそこを片付けなさい! 何をぼうっとしてるの!」

「は、はい! 申し訳ございません!」


 声を上げると、怯えた顔でメイドが慌てて掃除をしだす。その様子をイライラと見つめながら、エレノアは自らの不幸を思い深い溜め息を吐いた。

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