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第21話 思羅皇后の卵

「わたくしは思羅(しら)というの。よろしくね」


 声さえ上品な思羅皇后はエレノアに優しく微笑む。その瞳は銀色で、よくよく見てみれば、白いと思った髪の色も、白銀の色だった。その神秘的な美しさは皇帝と並ぶと、もはやこの世の者ではないように思えるほどだ。


「エレノア・エクールにございます。皇后様。ご挨拶が遅れ申し訳ございません」


 そばにいた鈴が通訳する前に、エレノアは晶国の言葉で話し出した。


「お目にかかれて恐悦至極に存じます。お加減が悪いとお聞きし案じておりました」

「ありがとう。でももうだいぶ良いのよ。せっかく王女が来てくれたのに、わたくしの方こそ挨拶できなくてごめんなさいね」

「そんな、滅相もございません。お美しい皇后様を一目見られて嬉しゅうございます」


 エレノアはまったく通訳を必要とせず、しっかりと皇后と会話をしている。挨拶だけを覚えていたのかと思ったが、いつの間にか会話ができるほどになっていて、ルカはとても驚いた。


「少し遅くなりましたが、わたくしからのご挨拶の品をお受け取り頂けますでしょうか」

「あら、何かしら」


 鈴が前に進み出て美しい箱を皇后に手渡す。蓋を開けた皇后は目を見開いた。


「まぁ、大きな真珠」

「それは数年に一度しか取れない真珠の大粒でございます。どうぞお納め下さいませ」


 エレノアは誇らしげに語る。皇后は満足げに小さく頷くと、また満面の笑みをエレノアに向けた。


「ありがとう、王女。何やら(かい)様が面白いことをしていると華露から聞いているけれど、困っていない?」

「あ、いえ……、困るなど……」


 皇后の優しさにエレノアは戸惑った様子で首を振る。


「櫂様、王女を困らせて何がしたいのです?」

「それは、国のことを思ってだな……」


 皇后の言葉に、皇帝は困ったようにごにょごにょと返事をする。


「華露も王女に意地悪をしているのではなくて?」

「そ、そんな! わたくしは何も……」


 突然話を振られて華露皇貴妃が慌てて否定する。皇后は優しい口調だが、何だか有無を言わせない雰囲気がある。

 もしかしたら見た目よりもずっと厳しい人なのかもとルカは思った。


「いくら王女を見定めたいからといって、無理にこちらに連れてきてしまって、下で問題になっているのではないの?」

「それは大丈夫だ。これは我々にも関わる重要なことだ。文句は言わせん」


 二人の会話にルカは首を傾げる。


(“下”ってなんのことかしら……。臣下ってこと?)


「こんなことをしなくても見定めることはできますよ」


 そう言った皇后は袖から何かを取り出した。それは鶏の卵のように見えた。白色だが薄く輝きを放っているように見える。


「それは……、なぜ思羅が持っているんだ?」

「いつかこんな日が来るだろうと探しておいたのです。さ、これを王女に預けましょう」


 皇后はゆっくりと立ち上がると、エレノアの差し出した手の上にそっと卵を置いた。


「これは?」

「とても貴重な鳥の卵です。誠心誠意心を込めて温めれば、気持ちが伝わり孵化するでしょう。それができればあなたはこの国の妃です」

「気持ちが伝わると……」


 不思議そうにエレノアが卵を見つめる。


「できますか?」

「必ず、必ず孵化させます!」


 やる気に満ちた目ではっきりと告げるエレノアに、皇后はにっこりと笑うと大きく頷いた。



◇◇◇



 部屋に戻り布にくるんだ卵を見つめるエレノアを見て、ルカはなんだかずっともやもやと胸にあった疑問を口にした。


「エレノア様、おかしくありませんか?」

「わたくしに声を掛けないで」

「ですがすでにエレノア様は妃なのではありませんか? 謁見でも5番目の妃だと言われたじゃありませんか」


 どうしても黙っておくことができず話し続けると、エレノアは眉間に皺を寄せルカを見た。


「どういうこと?」

「エレノア様は妃になるために晶国に来たはずなのに、こんな風に放っておかれているのもおかしいです」

「そんな細かいこと気にしたってしょうがないでしょ。この国にはこの国の思惑があるんでしょ。そんなことより、もうわたくしに通訳は必要ないのは分かったでしょ。これからはわたくしが陛下といる時、あなたはそばに来ないで。いいわね?」

「は、はい。それはもちろん……」


 皇帝とエレノアの仲を邪魔するつもりなど毛頭ないルカは素直に頷く。エレノアは得意げな表情でふんと鼻を鳴らすと、大切そうに卵を両手で包み込んだ。


「あなたは卵が早く孵化する方法を嵐にでも聞いておきなさい。あれは魔物の世話もしてるでしょ。こういうことも知っているかもしれないわ」

「分かりました。それにしても卵を孵化させることができれば認めるって、何なのでしょう」

「知らないわよ。でもこれができれば皇后様の印象も良いはずよ。とても貴重な鳥って言っていたし」

「晶国の妃は、魔物を育てるのが仕事なんでしょうか」

「え!? これ、魔物の卵なの!?」


 ぽつりと呟いたルカの言葉にエレノアが声を上げた。嫌そうな顔で卵をしげしげと見つめる。


「まぁ、そうだとは思いますよ。貴重というなら、普通にいる鳥ではないでしょうし」

「そ、そう……」

「鈴は知らない? この卵が何の卵なのか」


 黙って話を聞いていた鈴は、話を振られると軽く首を振った。


「知らないわ。エレノア様、お茶を入れましょうか」

「そうね。そうしてちょうだい」


 素っ気なくそう言うと、鈴はお茶を入れに部屋を出ていく。何となくはぐらかされたような気がしたが、ルカはそれ以上そのことを深く考えることはしなかった。

 それよりエレノアの怒りがうやむやになってくれたことに安堵し、またいつもの仕事に戻ったのだった。

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