第2話 権力には逆らえない
ルカは突然エレノアが言い出したことの意味を図りかねてエレノアを凝視した。
「何を言ってるんだ? なぜシュバルツ男爵の娘を連れて行くんだ」
国王も自分と同様に意味が分からなかったらしくエレノアに訊ねる。
「異国の、それもまったく交流のない蛮族の国に、お父様はわたくしを一人で行かせる気ですか?」
「お付きの者なら子供の頃からお前をよく知っている侍女の方がいいのではないか?」
「言葉も習慣も違う訳の分からない国に行くのですよ? お茶を入れるだけしか能のない侍女なんて何の役にも立たないわ。ルカは秀才で魔法も使えます。幼い子どもに勉強を教えたりして働くことには慣れています。わたくしの守りと助け手にはもってこいですわ」
エレノアのもっともらしい言葉に国王はなるほどと頷く。その様子に驚きルカは慌てて声を上げた。
「ま、待ってください!!」
「なに? 文句があるの?」
エレノアに睨まれるが、ルカは必至で訴えた。
「わ、私は、その、婚約しているんです! エレノア様と一緒に行くなど……」
「ルカ、これはあなた個人の話じゃないのよ。国と国との盟約の話なの。そんなことを気にしていてどうするの!」
突然殊勝なことを言い出したエレノアに、ルカは反論する言葉が出てこない。
(なんで突然私なんかを……。国のことは大切だけど私が関わるようなことでは……)
「エレノアの言いたいことは分かった。ならばシュバルツ男爵には私から話そう」
国王はそう言うと、安堵したような顔をして部屋を出て行く。その後ろ姿を見送って扉が閉まると、エレノアはルカの腕を掴んでいた手をパッと放した。
「結婚は諦めることね」
「エレノア様!」
エレノアは肩を竦めるとにこりと笑って見せた。周りの女性たちは同情的な目をこちらに向けているが、決して味方になってくれる人はいない。エレノアに反抗する人なんていない。自分も今までそうだった。
ルカは両手を握り締めて唇を噛み締める。
(この社交界で生き抜くためにどうにかエレノア様に取り入ったのが、こんな結果になるなんて……)
田舎の貧乏な男爵家の娘が、中央の社交界で生き抜くためにはこうするしかなかった。良い結婚相手を探すためにも、王女の取り巻きになるのが一番手っ取り早いと思っていた。
勉強も働くことも、少しでも家の足しになるならと頑張ってきた。けれど全部が裏目に出た気がする。
「し、失礼致します……」
ルカは肩を落とすと、どうにかそれだけ口にして部屋を出た。