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第18話 皇帝との会話

 次の朝、夜明けと共に起き出したルカは、鼻歌混じりに朝の支度を始めた。


「おはよう、ルカ。なんだかご機嫌ね」

「おはよう、(りん)。そうかしら」


 一瞬昨日の皇帝とのことを話そうと思ったルカだが、すぐに思い止まった。あの出来事はなんとなく秘密にしておきたい、素敵な思い出として胸にしまっておきたいと思った。

 不思議そうな鈴に笑顔を向けてはぐらかすと、それからはてきぱきと食事の準備を続けた。

 エレノアを起こし、着替えを手伝い、朝食の時間になると、一段落ついた。静かに食事を続けるエレノアの後ろに控えていると、開け放たれたままの扉からてんてんが走り込んできた。


「あら、てんてん」


 短い脚を一生懸命動かして走るてんてんに笑顔を向けたルカだったが、エレノアは一瞬で顔を歪めた。


「なんでここに魔物が!?」

「あ、この子は黒雷尾(こくらいび)の子どもらしくて」

「知らないわよ! 早く外に出して!!」


 声を荒げて手をしっしっと振るエレノアに、ルカはこんなに可愛いのにと思いながらてんてんを抱き上げる。


「では、外に連れて行きますね」

「わたくしの部屋のそばをうろちょろさせないで!」

「はい」


 ルカはそそくさと廊下に出た。静かに抱っこされているてんてんは別に吠えたりもしていないのだから、そんなに嫌がることもないのに、何でエレノアはあれほど嫌がるのだろうと首を捻る。


「子犬と変わらないのに……」


 姿は少し違うけれど、もこもこで目がくりくりで、足が短くて、可愛いところしかない。小さな翼も角も、見慣れてしまえばおかしな風に思うこともない。


「エクールでは犬もペットにしていたのに、何がそんなに嫌なのかしらね」


 猫も犬も、南国の鳥も、興味を惹かれたものは皆飼っていたエレノア。世話などはしなかったけれど、可愛がってはいたのを覚えている。


「まぁいいか。てんてん、エレノア様のお部屋に勝手に入ってきちゃだめよ」


 てんてんにそう言い聞かせてみるが、てんてんは分かっているのかどうなのか、ただ耳をパタパタと動かすだけだ。

 ルカは苦笑して肩を竦めると、てんてんを床に降ろした。

 エレノアにああ言われたからには、少し遠くまでてんてんを連れて行こうと、前を楽しそうに歩き出すてんてんを追い掛けた。

 しばらく歩いていると、光が差す回廊の先に3匹の大人の黒雷尾を見つけた。


(あ、前に庭にいた子たちだ)


 いつもお世話している子たちとは違う、この水晶宮を自由に動き回っている黒雷尾たち。


「あなたたち、この前の。また会ったわね」


 ルカが声を掛けると、3匹はすぐに顔を背けてしまう。そのまま無視されてしまうかと思ったが、てんてんが走り寄ると3匹は足を止めた。


「ああ、やっぱり、てんてんと家族なのね」


 そばに寄りその場にしゃがむとてんてんを撫でる。近くで見た3匹は小型犬のような大きさだが、どれも翼と角があるし、きっと黒雷尾の仲間なのだろう。

 なんとなく戸惑った様子だが、その場から逃げる様子を見せない3匹に、ルカは笑顔を見せて手を伸ばした。

 赤い長い毛が特徴的などこか気品のある子の背にそっと触れるが、唸られたりはしない。気を良くしたルカは他の子にも手を伸ばす。


「皆、良い子ね」


 大人しく撫でさせてくれる子たちに笑顔でルカは言った。


「皆、綺麗ね」


 美しい毛並みに目を細める。ルカが掃除などの世話をしている黒雷尾は皆体格が大きく、灰色や黒い子たちが多い。だがこの3匹はそれぞれまったく違う毛色をしている。

 胴長で足が短く、どちらかと言えば愛玩動物のように可愛らしい印象が強い。

 もしかしてこの放し飼いの子たちは、皇帝のペットなのかもしれないと、ルカがぼんやり考えていると、突然てんてんがキャンキャンと高い声で鳴いた。

 ハッとして顔を上げたルカの目の前に、皇帝が立っていた。

 いつの間にいたのか、驚いたルカは慌てて立ち上がる。


「へ、陛下! おはようございます!」

「ああ、おはよう。なんだ、皆ここにいたのか」

「あ、やっぱり、この子たちは陛下の」

「他のものたちも世話してくれているのだと聞いた」

「あ、それは……、はい。でも、お掃除とか食事の世話くらいです」

「皆、感謝している。お前もルカに仲良くしてもらっているようだな」


 皇帝は穏やかにそう言うと、てんてんを抱き上げる。

 てんてんはこれまで見た中で、一番嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振って喜んでいる。


「私は勝手に“てんてん”と呼んでしまっているのですが……」

「ああ、聞いている。本当は世羅(せら)というのだが、“てんてん”の方が似合っているな」

「世羅」

「ルカは異国から来たのに魔物であるこの子らが怖くないのだな」


 皇帝に言われて、ルカは自分の方がおかしいのかと首を傾げた。


「晶国の方々は、この子たちが恐ろしいのですか?」

「大人しくても魔物は魔物だ。毛嫌いする者たちはいる」

「でも、晶国は魔物と共に生きる国だと聞きました」

「そうだな。調和こそがこの国の良いところだが、難しいところでもある」

「調和……」

「手の痛みはどうだ?」


 ふいに皇帝はそう言うとルカの手を取った。大きな手で優しく握られて、ルカの胸が跳ね上がる。


「もうまったく痛みはありません。陛下のおかげです」

「そうか」

「あの……」


 ずっと手を握られていて気恥ずかしくなってきたルカが手を引こうとした時、回廊の向こうから歩いてくる足音がした。

 顔を向けるとそこには足早に近付いてくるエレノアがいて、慌ててサッと手を引く。


「陛下、おはようございます」

「ああ。良い朝だな」

「可愛らしい子ですわね」

「ルカに“てんてん”という可愛い名前を付けてもらった」

「ルカに?」


 ギロリとエレノアに睨まれて、ルカは慌てて下を向く。


「良い侍女を連れてきたな」


 そう皇帝は言ったが、ルカは訳すことはできなかった。

 エレノアの視線が痛いほど突き刺さるが、まさかこんな言葉を自分の口から言うことはできない。

 口ごもっていると、皇帝は黒雷尾たちを引き連れて去って行ってしまう。

 笑顔で見送るエレノアの後ろに控えながら、ルカはエレノアが妙な勘違いをしていないか気が気ではなかった。

 そのまま何も言わずエレノアが自室に戻るので、後を追いかける。そうして、部屋に戻り、ふとエレノアと視線が合うと、怖ろしいほど冷えた目で睨みつけられた。

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