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第15話 エレノアは考える

 晶国に来て20日あまりが経った。

 エレノアはやることもなく、祖国から持ってきたカードゲームのカードを捲る。やる相手もおらず、何も楽しくはないけれど、これくらいしか時間を潰すことがないのだ。

 ここに来てすぐ結婚式やお披露目のパーティーなどが開かれ、毎日忙しく休む暇もないと思っていた。ひっきりなしに挨拶に来る貴族たちの相手をして、羨望の眼差しの女性たちに囲まれて。

 けれど蓋を開けてみれば、妃としての何かがある訳でもなく、こうしてただ暇な時間を持て余しているだけだ。


「エレノア様、お茶をお持ちしました」

「……ルカはどうしたの」


 茶器のセットを持って部屋に入ってきたのは(りん)で、エレノアは咎めるような声を出すが、鈴は表情を変えずに答える。


「ルカは黒雷尾(こくらいび)のお世話に行きましたよ。毎日のことなんですから、そろそろ覚えて下さいね」


 お茶を準備しながら言った鈴は、小さく溜め息を吐く。その態度にエレノアは苛つく。

 まだ幼さの残る鈴は、可愛らしく大人しい印象がある。だから強く言い付ければすぐに従うと思っていたが、思いの外図太いのか、何を言ってもいつまで経っても態度が変わらない。

 こびへつらう様子もなく、淡々と仕事をこなしている。その態度がいかにも自分には従うつもりはないと言っているようで苛つくのだ。


「ちゃんと敬語を勉強しなさい! わたくしに向かっていつまでもそんな口を聞いて! 罰を与えるわよ!」

「それは申し訳ありません。なかなか大陸語は難しくて。晶国の言葉でなら、いくらでも敬語で話せるんですけどね」


 鈴は形だけ頭を下げると、さっさと部屋を出て行ってしまう。


「ちょっと! 待ちなさい!!」


 ぴしゃりと閉じられた扉に向かって叫ぶが、鈴が戻ってくることはなく、エレノアは浮かした腰を仕方なく戻した。


「なんなのよ……」


 何もかもがままならない。使用人さえ上手く従わせることができないなんて自分が情けなくなってくる。


(せめてルカがいれば、このイライラをぶつけることができるのに……)


 そう思うが魔物の世話に行ったのなら仕方ない。華露皇貴妃には腹が立つが、もし本当にやらなくてはならないことなら、ルカにしっかりやらせておく方が得策だ。

 ただのいびりだとしても素直に従っておき、いつか皇帝に告げ口することができれば、きっと華露皇貴妃は皇帝に叱られるだろう。


(告げ口するにも会わないとどうにもならないのだけど……)


 皇帝は忙しいのか、あれから一度も会いに来てくれない。宴を開いてくれると言ったけれど、それがいつになるのか知る由もない。

 もっと話がしたい。エクールのことを話したり、晶国のこと、皇帝のことをもっと聞きたい。


(でも……、ルカがいるのよね……)


 通訳として必ずルカがいる。自分でそう仕向けたことだが、今は皇帝との間にルカがいることが邪魔に思えてならない。

 それに図々しいことにルカは自分の立場も忘れて皇帝と話をしていた。何を話しているかよく分からなかったが、酷く嬉しそうに返事をしていた。

 あの笑顔が憎らしくてたまらない。

 もしかしてルカはギルバートのようにまた奪おうとしているのか。


(ギルバートもいつの間にかルカに奪われていたもの、もしかしたら陛下も……)


 そう考えると、ルカのすべての行動や言動が怪しく感じてくる。

 華露皇貴妃に媚びを売ったり、魔物の世話を嫌がらずにやったり。あれはすべて自分と成り代わろうとしているのではないだろうか。


「あの子ならやりかねないわ」


 エクールでそばにいた時も、しおらしい態度を取っていながらも、目はいつも反抗的だった。

 本心では従いたくないのだと、目が物語っていた。


「そうはさせない……」


 今のところルカは通訳としてのみしか皇帝と直接話すことはない。それなら自分が晶国の言葉を話せてしまえば、ルカの出る幕はなくなる。

 これ以上の接触が無ければ、ルカもそうそう手は出せないはずだ。なにせ相手はギルバートと違い皇帝なのだから。

 エレノアは立ち上がると、引き出しを開けて中から本を取り出す。それはボナール教授が纏めた晶国の言葉の教本だ。

 勉強する気なんてさらさらなかったけれど、とりあえずと思って持ってきておいて良かった。

 もう一度椅子に座り直すと、本を開き読み出す。


(みてらっしゃい……)


 エレノアはそれから真剣に教本を勉強しだした。



◇◇◇



 数日後、少し風が暖かく感じ、部屋の外に出て露台にあるイスに座り教本を読んでいると、そこに嵐が現れた。


「あれ、高い所は怖いんじゃなかったですか?」

「まず挨拶をしなさい」

「えーと、ごきげんよう?」


 悪びれず近付く嵐はぎこちなくそう言うと、少し距離を置いて立ち止まる。

 エレノアは溜め息を吐いてからまた教本に目を落とした。


「わたくしがどこにいようと勝手でしょ」

「露台は高くて怖いからって出なかったじゃないですか」

「うるさいわね。もうここに来て1ヶ月よ。さすがに慣れたわ」

「ああ、なるほど」

「それより、勝手に入ってこないで。目障りよ」


 呼んでもいないのに使用人がふらふらと寄って来るなんて失礼にもほどがある。エクールではそんなことをする侍女はいなかったが、晶国では鈴も嵐も自由にうろついて邪魔で仕方がない。


「この露台はあっちから続いていて、別に星露宮(せいろぐう)だけのものって訳じゃないんですよ」

「口ごたえしないで」

「はいはい。それよりルカが黒雷尾の世話をずっとしているけど、王女はやらないんですか?」


 嵐の言葉にエレノアはまた大きく溜め息を吐いた。本を閉じて嵐を睨み付ける。


「使用人の仕事よ。お前に言われる筋合いはないわ」

「でも、あれって王女の仕事でしょ? 代わりにルカがやっているだけで」

「魔物の世話なんてわたくしの仕事な訳ないでしょ!? それより、早く皇帝陛下に会わせてちょうだい! お前に言えば会えるんじゃなかったの!?」


 苛ついて声を上げるが、嵐はまったく表情を変えない。


「妃としての仕事だと言われたと思いますけど」

「妃には妃に相応しい仕事があるわ」

「なるほど……。ルカは随分忙しそうだけど、労わってやるつもりは?」


 嵐の言葉にエレノアは苦笑して肩をわざとらしく竦める。


「使用人同士で仲良くなったのね。そうね。それがお似合いよ。同情してるなら、お前が手伝ってあげればよいでしょう?」


 エレノアがからかうような口調で言うと、嵐は少しだけ表情を変えた。微妙過ぎて感情は読み取れなかったが、いつも飄々として掴みどころのない嵐を動揺させることができて、エレノアは少しだけ満足する。


「下がりなさい。使用人風情が気やすくわたくしに声を掛けないで」


 エレノアの言葉に嵐は素直に従うと、軽い足取りで露台を出て行った。


(ルカのことを気にかけているようだったわね……)


 いつの間にかルカは使用人たちと仲良くなっているようだ。あれだけ来ることを渋ったくせに、結局あっという間に晶国に馴染んでいる。


(わたくしがこんなに辛い日々を送っているっていうのに……)


 エレノアは暢気に黒雷尾の世話をしているだろうルカの姿を頭に浮かべると、顔を歪めまた大きく溜め息を吐いた。

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