第13話 華露皇貴妃からの仕事
それから数日は何事もなく過ぎた。エレノアは皇帝からの呼び出しもなく、「どうにかしなさい」と嵐に文句を言ったりもしていたが、ルカはその間に鈴から言葉や魔法を教わることができて、とても充実した時間を過ごした。
そうしてそろそろ料理にも慣れたルカが、夕食の準備をし始めた頃、華露皇貴妃から呼び出しがきた。
「なんでまた皇貴妃から呼び出しなのよ。陛下とはいつ会えるの!?」
「皇帝ですから忙しいのでは?」
呼び出された場所へ向かう間もエレノアの悪態は止まらない。ルカがどうにか宥めながら付いて行くと、先導をしている者が足を止めたのは、灰色の大きな黒雷尾たちが10匹ほどいる小屋の前だった。
「何よここ!? あれ魔物じゃないの!?」
「エレノア様。あの子たちは黒雷尾という魔物らしいですよ」
「知らないわよ! なんでわたくしがこんなところに来なくちゃいけないの!!」
「それは、あなたがこの子たちを世話するからよ」
エレノアのヒステリックな大声に返事をしたのは、廊下の角から姿を現した華露皇貴妃だった。
ゆったりと優雅に近付いてきた華露皇貴妃は、エレノアの前に立つとにこりと笑う。
「エレノア王女、可愛いこの子たちの世話を、あなたがしなさい」
「は?」
エレノアの機嫌が地に落ちたのを感じながら、ルカはひやひやしながら通訳をする。
華露皇貴妃はエレノアの怒りに満ちた表情を見ながら、いかにも楽しげに笑いながら続けた。
「この子たちは晶国にとってとても大事な子たちなの。王族は国民に奉仕する存在。黒雷尾の世話はその仕事の象徴みたいなものね」
「意味が分からないわ! 王族が国民に奉仕!? 国民の上に立ち導いていくのが王族でしょう!?」
「文句は言わせないわ。これは妃の仕事なのよ」
「わたくしが仕事!? 労働なんて下々の者がやることでしょう!? なぜわたくしがやらなくちゃいけないの!?」
エレノアの言葉をどうにか柔らかくして伝えるが、華露皇貴妃はまったく意に介した様子もなく、冷淡な視線をエレノアに向ける。
「反論は認めないわ。昼間は色々と忙しいだろうから世話は免除してあげる。あなたは夕方の食事の世話と、棲み処の掃除をやりなさい」
華露皇貴妃はぴしゃりとそう言い付けると、来た時と同じように優雅に去って行った。
「信じられない!! こんなのただのいびりじゃない!! なんでわたくしがこんなこと!!」
怒りが収まらず怒鳴り散らすエレノアが、ルカを睨み付ける。
「ですが皇貴妃様の言うことですから、素直に従っていた方が身のためでは?」
「わたくしにこんなけだものの世話をしろっていうの!?」
これが単なる華露皇貴妃のいびりだとしても、ここはエレノアの我慢のしどころのような気がする。
どうにかしてエレノアを説得しなくてはと思っていると、そこに鈴が駆け付けた。
「ルカ、どうしたの?」
「それが、皇貴妃様がこの子たちの世話をしろって言ってきたの」
「そっか……」
「これって晶国では普通のこと? やっぱりエレノア様がやった方がいいと思う?」
これが晶国の考え方であるのなら、エレノアが従う理由になる。そう思って聞くと、鈴ははっきりと頷いた。
「もちろん。この子たちの世話は王族の仕事よ」
鈴はそれが当たり前のように答える。エクール王国とは随分考え方が違うのだと感心しながら、ルカはエレノアを見た。
「エレノア様、鈴もこう言っていますし」
「それがなんだっていうの!? わたくしは絶対やらないわ!!」
「エレノア様……」
「そんなに言うなら、あなたがやればいいでしょ!? そうよ。こんなことは使用人の仕事よ!! ルカ! あなたがやりなさい!!」
エレノアはそう吐き捨てると、肩をいからせたまま帰ってしまう。
取り残されたルカは鈴と目を合わせる。
「行っちゃったわね」
「鈴、本当にこの子たちの世話は、王族がするの?」
まだ少しルカも信じられずもう一度聞くと、鈴は小さく頷く。
「そうよ。この子たちの世話ができないなら妃は務まらないわ」
「じゃあ、これって……」
「たぶん皇貴妃様はエレノア様を試しているのね」
「試す?」
「エレノア様の忍耐力とか覚悟を」
「なるほど……」
鈴の言葉に納得したルカは、しょうがないかと小屋の戸を開ける。
「どうするの? ルカ」
「仕方ないわ。私が頑張るしかない」
「ルカ……」
「エレノア様の食事のお世話、頼んじゃっていい?」
「それはもちろん。任せておいて」
快く返事をしてくれる鈴に笑ってみせると、ルカは気合いを入れて黒雷尾の小屋に入っていった。




