第10話 華露皇貴妃たち
午後になり、さっそく華露皇貴妃からお呼びがかかった。挨拶に来いという連絡役の言葉を伝えると、エレノアは自分から来ればいいじゃないと怒りごね始めた。
「エレノア様、とりあえず華露皇貴妃様は目上になる訳ですし、ここは無難に挨拶に行かれた方がいいのでは?」
「そうです。皇貴妃様は中々気難しい方ですし、逆らったらどんな仕打ちをされるか分かりませんよ」
鈴が目を吊り上げるような仕草をして言うので、ついルカが笑ってしまうと、エレノアは重い溜め息を吐いてから渋々立ち上がった。
華露皇貴妃のいるという宮に行くと、エレノアの住む場所とはだいぶ違う、華やかな装飾のある室内に驚いた。
赤い壁に大輪の花の絵が描かれている。飾りのようにある細い布が、幾重も風に揺れて美しい。調度類もどれもすべてに宝石のようなもので彩られて、キラキラと輝いている。
エレノアはそれらを見て目を見開いた後、怒りに満ちた目をその奥へ向けた。
そこには真ん中の椅子に優雅に座る華露皇貴妃がいて、両脇には玲貴妃と才貴妃がいる。その構図でルカはすぐにこの二人は皇貴妃の取り巻きのような存在なのだと理解した。
「ご挨拶が遅れ申し訳ございません」
暴言を吐くんじゃないかとヒヤヒヤしたが、エレノアは真顔で挨拶をした。ホッとして通訳をすると、華露皇貴妃は肩を竦める。
「こちらの言葉も話せないで、よく嫁いでこられたものね」
辛辣な言葉にルカは迷ったが、「もう少し言葉が話せるといいわね」と訳してエレノアに伝えた。エレノアは一瞬眉を顰めたが、すぐに表情を戻し小さく頷いた。
「まさか挨拶だけ? 華露様に何も持たずに来たっていうの?」
「丘の民の王女は礼節も弁えていないのかしら」
「程度が知れているわね」
訳さなくてもそれが悪口だと分かったのだろう。エレノアは背後にいたルカを睨み付けた。
「あ、えっと、挨拶に何も持たずに来たのかと」
「そんなことくらい分かるわよ!! 用意してるんでしょうね!?」
「え、えーと……」
「まさか用意していないの!? あなたの仕事でしょ!?」
怒りをぶつけてくるエレノアにルカは慌てた。どうしようかと思っていると、小走りで鈴が部屋に入ってくる。
その手に3つ箱を抱えていて、ルカはホッとした。
「おまたせ。間に合った?」
「うん、ありがと。エレノア様」
ルカが鈴から美しい箱を受け取る。それを見てエレノアは少しだけ安堵したような顔を見せた。
「用意してるなら早く言いなさいよ。ほら、早く渡しなさい」
「はい」
ルカは前に進み華露皇貴妃に箱を差し出す。
「エレノア王女より心ばかりではありますが、華露皇貴妃様に贈り物でございます」
「エクールの物よね。何かしら」
妖艶な雰囲気の華露皇貴妃にしては、子供っぽい仕草で箱を開ける。他の二人も箱を渡すと躊躇いなく箱を開けた。
「あら、何かしらこれ」
華露皇貴妃が摘み上げたのは、花の形をしたクッキーだった。それを見てエレノアが目を吊り上げて睨んでくる。
「なによあれ! クッキーって!! なぜあんなものを選んだの!! 宝石でもなんでもあったでしょう!?」
「え……」
ルカも驚いた。ルカが鈴に頼んだのは、美しいネックレスが入った箱だったはずだ。箱は同じはずなのでそのまま渡したのだが、なぜ中身が違うのか、意味が分からない。
「も、申し訳ありません。な、何か手違いがあったようです。その……」
ルカはどっと冷や汗をかきながら謝ろうとすると、華露皇貴妃は目を輝かせた。
「これはお菓子? 見たことがないわ。あなたの国のお菓子なの?」
「え? あ、はい! そうです。お手に持っておられるのがクッキーというものです。白いものがマシュマロ、他にもカヌレやタフィーが入っています」
「まぁ、サクサクしてる。美味しいわ」
「皇貴妃様、白いものも、ふわふわしていて美味しいですわ」
「本当?」
なぜか3人は楽しげな声を上げてお菓子を食べ始める。エクールの貴族ならば貰ったものをすぐに食べるようなことはしないので、ルカもエレノアも唖然としたが、3人が明らかに喜んでいるのが分かってルカはホッとした。
「なかなか良いものを選ぶわね、エレノア王女」
「褒めてあげるわ」
「今日はこれで許してあげる。下がりなさい」
お菓子に目を落としたままで華露皇貴妃はそう言うと、もう用はないという風に手を振る。
「で、では、失礼致します」
怪訝な様子ではあったが、エレノアはそう言うと頭を下げて部屋を出た。しばらくエレノアは黙って歩いていたが、しばらくしてピタリと足を止めた。
「ルカ、今回はたまたま上手くいったけど、今度こんなことがあったらただじゃおかないから。分かったわね」
「は、はい……。申し訳ありません」
冷えた声で言われて、ルカは慌てて謝った。
(上手く乗り越えたんだから、ちょっとくらい褒めてくれたっていいと思うけど……)
エレノアが褒めないことくらい分かっていたが、やはりがっかりしてしまう。その気持ちが伝わったのか、ふいに鈴に背中を撫でられた。
驚いて振り返ると、鈴はにこりと笑う。
「クッキー、私も食べてみたいな」
もう歩きだしたエレノアには聞こえないように、鈴が小さな声で囁く。その言葉にルカは笑った。
「後で一緒に食べましょ」
秘密の約束を交わした二人は笑い合うと、少し遠くなったエレノアの後を小走りで追い掛けた。
◇◇◇
その日の夕方、鈴に教わりながら料理を作っていると、突然そこに皇帝が現れた。
包丁を持ったままのルカはあまりにも間近に皇帝が立っていて、その美しい顔をついぼんやりと見上げてしまう。しかし皇帝がこちらを見下ろし目が合った瞬間、ハッとして慌てて頭を下げた。
「皇帝陛下!」
「邪魔をする」
唐突なことに何も言うことが思い浮かばず、頭を下げたままでいると鈴が後を続けてくれた。
「自らお出ましとは、何か御用でしょうか?」
「ああ。エレノア王女に会いたくてな」
「エレノア様に?」
穏やかな皇帝の声に、やっとゆっくり顔を上げたルカは鈴と目を合わせる。
エレノアは今部屋で昼寝をしているはずだ。ならばこのまま皇帝を部屋に通す訳にはいかない。
「少々お待ち下さい!」
ルカは慌てて包丁を置くと、寝室に走った。




